体温でゲル化し、高い力学的強度を実現
大矢 裕一 教授

生分解性インジェクタブルポリマーの研究開発

体温でゲル化し、高い力学的強度を実現

次世代医療を革新するスマートバイオマテリアルの創出

化学生命工学部 化学・物質工学科

大矢 裕一 教授

Yuichi Ohya

文部科学省平成22年度私立大学戦略的研究基盤形成支援事業に採択された「次世代医療を革新するスマートバイオマテリアルの創出」では、先端科学技術推進機構・化学生命工学部の8人の研究者が中心となり、高分子材料化学と生体医工学の境界領域的研究に取り組み、両分野にわたる特色ある研究拠点となることが期待される。今回の研究最前線は、当プロジェクトの代表者である大矢裕一教授の研究室を訪問した。

新材料による先進的な医療を提案

私立大学戦略的研究基盤形成支援事業に採択された研究プロジェクトのキーワード、「スマートバイオマテリアル」とは?

スマートとは「賢い」という意味で、インテリジェントという言葉を当てる場合もあるのですが、「応答する」あるいは「認識する」という意味を込めています。スマートマテリアルとは、温度やpHなどの外部環境や刺激に応答して物性を変化させたり、分子を識別したりして機能を発現する「知的材料」を意味し、生医学領域で使用することから「スマートバイオマテリアル」と呼んでいます。

研究プロジェクトの目的や目標は?

これまでの医療技術の進歩の歴史を振り返ると、医学や分子生物学の発展と、医療用の材料・機械の進歩が両輪となって、新しい治療法が生まれてきました。私たちは、新たに開発した化学的な材料(スマートバイオマテリアル)によって初めて可能となる「材料主導型」の先進的な医療、新しい治療・診断の方法を提案することを目的に研究チームを組んでいます。
 関西大学化学生命工学部では、高分子系バイオマテリアルの分野で実績を持つスタッフがそろっています。それぞれターゲットにしている材料は違うのですが、今回のプロジェクトは単なる個々の研究の寄せ集めではありません。例えば、私の材料に他の先生が開発した材料を組み合わせることで新しいシステムを生み出すことが可能になり、共同での研究も進めています。5年の研究期間中に新しい材料やシステムが医療の現場で使用されるところまでは難しいと思いますが、今までになかった性能の材料を作り出して、それが医療用に役立つことを治療現場に近い人たちから認知してもらい、共同して研究を行う基盤を作る段階を現実的な目標と考えています。

室温から体温への温度上昇でゾルからゲルへ

有効なバイオマテリアルとして大矢先生が開発された「温度に応答して体内でゲルを形成する生分解性ポリマー」とは?

まず、ゲルとゾルの違いから説明します。ゲルというのは、水を含んだような塊で流動性のなくなったもの、例えばゼリーやこんにゃく、固まった寒天などです。ゲルに対してゾルとは、溶液状のもので、例えば石けん水や牛乳、固まる前の寒天など。流れるかどうかが一つの判断基準になり、傾けたときに重力に従って流れるものはゾルであり、流れないものがゲルです。
 私が扱っているものは、室温程度の低い温度では水によく溶けて、体温ぐらいの温度(37℃)になるとゲル状になる生分解性のポリマー(有機化合物の分子が重合して生成する合成高分子物質)です。
 一般にゼラチンなどは、高い温度で水に溶け、冷やすと固まってゲルになります。私たちのポリマーの類は逆の現象で、室温から体温へ温度を上昇させるとゾルからゲルへと変化するので、このポリマー水溶液を注射器などで生体内に打ち込むと、体温まで温められてその場でゲル化が起こります。しかも、ゲル状態がかなり丈夫で、これまでに知られているものよりも高い力学的強度を有しているのが特長です。それによって医療分野のさまざまな用途が考えられます。


温度応答性ゾル -ゲル転移を示すポリマー

薬物徐放システム、再生医療用足場材料に応用

「生分解性インジェクタブルポリマー」の主な用途は?

腹腔(胃・腸・肝臓などが収まっている腹部内の空間)内や皮下などにゾル状態のポリマー水溶液を注入すると、その場所でゲルになるという性質を利用して、ドラッグデリバリーシステム(薬物徐放システム)を実現する薬物キャリアーに用いることができます。ゲルの中に入っている薬は一気に広がらないで、ゲルが分解すると同時に少しずつ放出されるので、投与回数を減らすことによる副作用の軽減や患者のQOL(quality of life)の向上、薬物濃度を一定に保つことによる治療効果の向上をもたらします。
 また、細胞や細胞増殖因子と共に体内注入することにより、その場でゲル化して良好な組織再生の足場を形成することが可能になり、再生医療への応用が期待されます。形成された足場は、組織再生に伴って分解消失し、正常組織と置換され、組織が修復されます。細胞は足場がないと増えません。ゲルはもともと体の中で分解する材料でできていますから、ゲルの分解と細胞の増殖が並行して起こるわけです。ゲル内部で細胞の増殖が可能であることは、既に確認できています。今後、学外の先生方とも連携し、実験動物などを用いて組織再生機能の評価と検討をすることが、このプロジェクトの研究課題の一つです。さらに、手術後の臓器面に噴霧することにより、術後の癒着を防止する癒着防止剤としても応用可能です。

生分解性インジェクタブルポリマーの用途

力学的強度、安全性に優れたポリマー

従来の技術と比較して、新技術の特長は?

従来の生分解性ゾル-ゲル転移ポリマーは、ゲル状態における力学的強度が低かったのです。私たちは分岐構造の導入などの分子設計上の工夫により、今までより約100倍高い力学的強度を実現しました。
 また、ゲル化に要する時間が短く、ゾル状態の粘性も低いうえ、望ましい転移温度、望ましい生分解速度、高い生体適合性を達成しています。もちろん、分解物はすべて代謝可能であり、安全性に優れています。
 治療の現場で実用になることが最終目標ですから、さらに性能を高めていく必要があります。臨床医と連携しつつ企業とも協力し、安全性試験から厚生労働省の認可までもっていきたいと思っています。