遺族を支援する心理療法の確立を目指す
富田 拓郎 准教授

現代社会に適したグリーフ・カウンセリングの啓蒙

遺族を支援する心理療法の確立を目指す

悲嘆の心理学的援助法や、青少年の反社会行動に対する介入技法を日本へ

社会学部 社会学科

富田 拓郎 准教授

Takuro Tomita

心理学専攻の富田拓郎准教授は、かつて国立精神・神経センター精神保健研究所の科学技術特別研究員として、「子どもを亡くした親の調査」の中心となった人です。以来、死別体験と悲嘆に関する実証研究を行い、その心理学的援助法として近年では特に、“構成主義”を日本へ啓蒙することに力を注いでいます。また、公立中学のスクールカウンセラーの経験から、青少年の反社会行動に対する心理療法として、米国で開発されたMSTの導入などにも取り組んでいます。

構成主義的な心理療法の啓蒙への取り組み

「子どもを亡くした親の調査」について。

この研究では約170名のアンケート調査と約100名の面接を行いました。遺族にはからだの不調や離婚など、付随していろいろな経験が起こります。死別の経験を人に話し、悲しみ自体は癒えることはないけれど、前を向いて生きたい。そのきっかけにしたいからと話してくれた人が多いと感じました。SIDS(乳幼児突然死症候群)やインフルエンザ脳症はほんの数時間の出来事です。客観的に見ると親のせいではないのに、地方の風土として周囲から「あんたがもう少しちゃんと見ていれば」と攻められてしまうこともあります。子どもを亡くした親には強い自責感が伴い、それを抱えたまま暮らすので、周囲の人間関係がぎくしゃくします。あなたのせいではないと言われてそう思える人もいれば、なぐさめが言葉として入ってきても実感として伴わない人もいます。これが死別に対する「悲嘆」の意味づけとなります。近年の研究で、専門家はこの意味づけが人によって異なることを認識したうえでアプローチし、面接しなければという考え方が強まってきました。

それが構成主義的な心理療法なのですね。

そうです。米国の臨床心理学者ロバート・A・ニーマイアーが、構成主義の世界的な権威です。啓蒙の意味をこめて、我々が彼のオリジナル本を抜粋して訳したものに『喪失と悲嘆の心理療法~構成主義からみた意味の探究』(ロバート・A・ニーマイアー編・金剛出版)があります。ここに書かれているのは「喪失(死別)、悲嘆というものは一様に決まるものではなく、人によっていろいろな意味合いを持つものである」ということです。ある人にとっては絶望的であり、そこから得るレジリエンスから別の生き方を見つけていくという人もいます。編者によれば「悲しむこととは、喪失が直面させた意味世界の再確認、あるいは再構成を必然的にもたらす」ということになり、「喪失によってこの世界の意味の再構成が生じる」という意味です。

従来の心理療法とどこが違いますか?

従来の臨床は決められた理論枠の中で行われていましたが、構成主義はむしろ枠組みを作らず、面接では決まった定式的理論に縛られることなく、クライアントの認識論を重視します。そのうえで世界に対する意味づけをどう考えているのか、感じ方考え方を聞かせてもらい、そこから見えてくるものを知りたいという形で進めていきます。

専門家の現状とこれからの展望は?

日本ではこのような視点で臨床を行っている人が非常に少なく、専門家のアプローチとして「悲しみ」が一定のプロセスを経て解決に至るものという見方もあります。ある新聞記事に「あなたはもう2年経ったから、悲しみから回復するはずよ」と、臨床心理士による遺族の方へのコメントが紹介されていました。これにはがっかりしました。悲しみに期限などありません。「悲しみ」に対する意味づけは、まさに個人の選択です。ある人はそれを機に前へ前へと生きていこうとします。また、生きている価値もないと死の一歩手前のような考え方を起こす人もいます。専門家には時期や段階にこだわってほしくありません。
 被害者支援、遺族支援が重視されている今の世の中で、死別への理解と知識のある臨床家を育て、それを高めつつ啓蒙活動を行うこともこれからの私の大きな仕事だと考えています。
 また、すべてのケースが構成主義に合うかどうか、まだ日本では検証されていないので、それを含めて自助グループなどと連携をとりながら、苦しんでいる人が前向きに生きていけるような支援をシステムとして動かしていくことをトータルに考えていきたいと思っています。


•富田准教授の訳書
『喪失と悲嘆の心理療法』(写真左)
『児童・青年の反社会的行動に対するマルチシステミックセラピー(MST)』(写真中央)
•富田准教授のことが書かれている本
『いのちって何だろう』(写真右)

青少年の反社会行動に対するMST(マルチシステミックセラピー)の導入

もうひとつの取り組みであるMSTとは?

米国サウスカロライナ医科大学のスコット・ヘンゲラー教授らが開発した青少年の暴力、破壊、非行、犯罪行動に対する心理学的介入技法で、問題行動を起こした本人の家族を中心に様々な介入を行います。欧米諸国では、思春期の児童や青年期の反社会的行動への介入技法として最も知られた技法のひとつであり、科学的にも効果が実証されています。

青少年における問題と導入による展望は?

近年、日本の学校現場で増加している問題として不登校、発達障害への対応、暴力行動などがあります。なかでも暴力は、不良仲間とのつながり、非行少年の夜間徘徊、家族の問題など要因が様々であり、トータルに扱える専門家が少ないのが現状です。
 また、少年犯罪の矯正処遇制度の問題もあります。法を犯した少年は少年院や少年刑務所に入ります。しかし、そこを出て現実社会に帰ったとき、好むと好まざるとに関わらず、元のよくない家族、友達といったマイナスの環境に戻ってしまいます。結果的に何年かの矯正処遇は水の泡となるのです。日本で唯一機能している施設外処遇として保護観察制度がありますが、保護観察官ひとりで相当な数のケースを担当するため、地域のボランティアである保護司が実際には少年と接することになります。本来であれば保護観察官と保護司の間を取り持ち、子どもに専門的知識を持ってアプローチしつつ、地域コーディネイトをする役割が必要ですが、こうした専門家は日本にほとんどいません。
 MSTのプログラム導入により、問題を抱える子どもに対し環境全体をターゲットとするアプローチが可能であると考えています。スタッフの育成や財政基盤の確保など課題も多いのですが、まずは啓蒙活動を続けることが重要と思っています。