知財でも世界はつながっている
山名 美加 准教授

インドとイギリス、アメリカの知的財産制度を比較研究

知財でも世界はつながっている

知的財産制度は途上国の経済発展の原動力にもなる

法学部

山名 美加 准教授

Mika Yamana

知財(知的財産)、特許といえば、激しい技術開発競争を展開している先進国の話と思う人が多いだろう。しかし、それは経済発展が遅れた地域が発展するために、非常に重要な役割を果たしていたのだ。インドを核にイギリスやアメリカの知的財産法制を比較する研究から、知財制度のあり方が経済発展の武器にも鎖にもなる世界が見えてくる。

なぜ知的財産制度の整備を優先するのか

山名准教授は大阪大学法学部の学生時代から、さまざまな国の知財の専門家が出席するJICA(現国際協力機構)のシンポジウムに参加し、各国の知財専門家たちとの交流を深めていった。そこで、知財が先進国だけではなくて途上国の経済状況にも影響を及ぼしていることを感じ、知財の国際的な調和について研究したいと思うようになったという。
 それ以前にも、同志社大学の文学部に在籍してインドを舞台とする英文学を学び、「人が人を支配する植民地とは、富の独占とは何なのか」ということに関心を持っていた。
 「知財とはまさに独占権なんです。『知(知的創作物)』に対する独占です。権利を持っている者以外は、自由にその『知』を使えないということですから。これから発展していく途上国にとって、知的財産制度の整備がどのような意味を持つのか。独占を認める制度なんて必要じゃない、特許権があるから医薬品の価格は高く、貧しい国民が買えないのだ、などと諸国の国内には依然として反発があります。しかし、知的財産制度の整備こそが、諸国への技術移転も促し、経済発展に大きくかかわっているという実態に触れ、もっと研究をしてみたいと思いました」
 今日の先進国の中にも、かつては経済発展で遅れをとっていた状況を、知的財産制度の整備により挽回した歴史を持つ国もある。
 「イギリスの1624年専売条例(Statute of Monopolies)は、体系的にさかのぼれる最も古い特許法の一つだと考えられていますが、当時、17世紀の初めぐらいまでは、イギリスよりも大陸ヨーロッパ諸国のほうが技術的に発展していました。しかしながら、この特許法が職人や技術者をイギリスに呼び寄せるきっかけとなったのです。当時の大陸は宗教戦争で国土が荒廃し、技術者が安心してものを作れない時代が続いていました。その時、イギリスがこういう特許法を作り、『どうぞ海を渡って来てください、われわれは安心して職人の皆さんがものを作れるような環境と独占権を与えます』ということをアピールし、それで技術者が大陸からイギリスにどんどん渡り、後の産業革命につながったと考えられます。
 日本でも明治時代、憲法よりも先に特許制度(専売特許条例)ができたのです。何も技術がない日本。欧米列強から技術を導入するには、やはり知的財産制度が整備されていないと列強諸国は安心して技術を移転してくれない、知的財産制度の整備が発展の原動力だということを、明治政府の指導者たちはよく理解していました。知的財産制度は何も先進国だけのものではないということが分かります」

インドの知財法制

現在、多くの途上国はWTO(世界貿易機関)のTRIPs協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)に基づいて、先進国と同水準の知的財産法制を確立することを余儀なくされている。WTOの加盟国であれば遵守せざるをえないのだ。
 「先進国に対峙する途上国の代表として君臨してきたインドも、TRIPs協定を履行するためにインフラを整備しつつあります。しかし、最後までこだわり続けてきた問題が、物質特許制度導入の是非でした。従来、インドでは製造方法さえ変えれば、同じ成分の製品を製造することが認められたため、研究開発費にほとんど投資することなく、あらゆる医薬品が製造されてきました。そして、その制度(物質特許を認めない制度)のおかげで、インドは途上国を中心に、世界中に安価な後発医薬品を供給する製薬大国に上りつめます。しかし、2005年度の特許法改正で、そのような状況に終止符を打つ物質特許制度の導入に踏み切りました。もはや『模倣の上の繁栄』では、国家として成長がないことをインドは認識したのです。現在は、インド発の新薬の開発、技術革新を重視した国家戦略への転換が進んでいます。
 また、インドでは経済成長とともに中流階層が増加し、“より安い医薬品”を求める層以外に、“より質の高い医薬品”を求める層も着実に増えますので、技術革新を重視する社会構造へと向かうことでしょう」


ニームの木が茂るマドラス高等裁判所(インド)

途上国の伝統的知識を利用する先進国

一方で、途上国から先進国に対する宿題が突き付けられている。その宿題とは、山名准教授の研究テーマの一つである「伝統的知識」「遺伝資源」等の「財産的情報」(価値ある情報)の保護にかかわる問題だ。
 「国際社会における知的財産法制をめぐる議論は、技術を持つ国と持たざる国の対立構造から、『財産的情報』を持つ国とそれを利用する国、すなわち情報を持つ者と持たない者の対立構図に変わりつつあります。
 途上国には、技術はなくても情報はある。インドの伝統的医療であるアーユル・ベーダの世界では、この植物はこういう病気に効くという学問が成立し、伝えられてきました。これも情報ですね。いわば何千年も前からの臨床実験の結果を伝承してきているわけです。そういうデータをもとに近年、欧米の製薬メーカーが薬を開発したといって特許を取り、独占権を得る。だけど、情報発信源である途上国には何の利益配分もない。知財とは何のために、誰のためにあるのかという問題が国際社会に突き付けられているのです。
 先進国で取得された特許の有効性が途上国の伝統的知識の存在を根拠に否定された最初の例として、1997年のアメリカでのターメリック(ウコン)に関する特許の取消しがあります。インドの国立研究機関が、ターメリックが数千年に及んで傷や発疹の治療薬として使われてきたことを示す古代サンスクリット語の文献などを示して、『先行技術』の存在を主張したのが認められたものです」

「財産的情報」の利用には対価を

インドのモデルとアメリカのモデルを比較している山名准教授は、知財研究でもフィールドを重視した実証研究が大事だという。
 
 「インドは貧しい層が多い国ですから、『遺伝資源、伝統的知識の保護』という問題は、生活水準のレベルアップにつながればという公共政策的な位置づけが非常に強い。それを理解しないで、法律の条文だけを見ているとインドの強硬な姿勢ばかりが目立つ。だけど、環境も保全しつつ、10億人の国民の生活もレベルアップさせたい、時はWTOの時代、先進国主導で進められた知財の保護水準をインドだって何とかフォローしようとしているじゃないか、そう考えると、価値ある情報の利用に際しては、先進国の企業だって対価を支払わないのはおかしい。また、1992年にリオデジャネイロの地球環境サミットで採択された『生物多様性条約』で、微生物や菌類を含む遺伝資源や伝統的知識は各国の主権の下に属し、先進国といえども勝手に使って研究開発を行うことは認められないことが定められましたが、アメリカはこの条約に批准していません。
 しかし、ヒアリングをしたりして調べていくと、アメリカは最もこの生物多様性条約に迅速に反応している国であること、国際的な世論を非常に気にしていることが分かります。アメリカ国立衛生研究所(NIH)や国立がん研究所(NCI)は、抗がん剤の開発のために世界中から遺伝資源や伝統的知識を集めてきましたが、生物多様性条約に合わせてガイドラインを再編成し、それを遵守することを研究機関に徹底的に奨励しています」
 今年7月17日、千里山キャンパスでJICAと財団法人比較法研究センター、関西大学法学研究所が共催し、「国際知的財産権シンポジウム」が開催された。中国、ベトナム、ミャンマー、インドネシア、ウクライナ、セルビア、チュニジアの専門家らが、各国における知的財産制度の現状と課題を報告し、意見を交換した。
 「関大の学生も多数参加し、書いてもらった感想のなかに、『知財でも世界はつながっていたのですね』とありました。まさにそのとおりで、現在の知財に関わる問題は一国だけでは解決しません。知財問題をきっかけに国際的なシステムを理解し、自分達も未来のシステムを作り上げていく一員なのだという目を養ってほしいと思います」