建築の歴史資産の活用を目指して
西澤 英和 准教授

歴史的建造物の保存とリノベーションに取り組む

建築の歴史資産の活用を目指して

伝統木造─時代を超えた英知を伝承するために

環境都市工学部

西澤 英和 准教授

Hidekazu Nisizawa

2007年4月、関西大学環境都市工学部の創設とともに、建築学科には建築保存工学研究室が開設された。西澤英和准教授は耐震工学や鉄骨構造学の実証的な研究をベースに、神社仏閣などの歴史的建造物の保存修復にかかわってきた。昨今古い建物の修復や保存活用への関心が高まっている一方で、戦前からの伝統木造家屋などは次々と姿を消し、伝統技能を受け継ぐ優れた技能者の減少と高齢化が目立つ。そんな中、伝統木造をはじめとする歴史的建物の保存活用やリノベーションへの取り組みについて聞いた。

伝統的な木造建築は本当に地震に弱いのか?

1995年の兵庫県南部地震以降、日本の伝統木造建築に耐震性がないという風評が広まり、瓦屋根が重いとか構造が弱いとか随分議論されていますが。

日本の伝統的な木造建築がもし本当に耐震的に劣っているとしたら、江戸時代に建てられた民家や町家などの古い木造家屋が、幾多の激震に耐えて全国に残っているはずはないと思います。
 ご承知のように神戸は大戦末期の大空襲で焼土となった後、戦後に復興されました。つまり兵庫県南部地震で甚大な被害を発生したのは戦後の建築基準で作られたいわゆる現代木造ばかりで、戦前からの伝統的な家屋はほとんど存在しなかったのです。私たちが普段目にする筋交いや釘金物を多用する木造家屋は、明治以降に洋風木造の考え方を取り入れたもので、本来の伝統的和風住宅とは仕組みが全く異なっています。瓦屋根で畳の部屋があれば伝統和風家屋だと思われがちですが、現代の木造家屋の大部分は実は伝統木造とは似て非なるもの。今では伝統的な木造家屋は全国的にみて数%しか存在しないといわれています。その意味で、地震のたびに伝統木造家屋が大被害を受けたとする報道には問題がありそうです。
 なぜ戦後の新しい木造建築に甚大な地震被害が発生したのか。その理由を探りながら、民家や町家など古い建物の調査や実験を続けていますが、震災に絡んでは木造以外に大阪教会や川口教会などの古い煉瓦造り建築の復旧にも携わりました。また、現在、私どもは南森町のそばに昭和初期に作られた天満教会の現地調査を行っています。これは隠れた名建築です。

建築物の強度を実証する方法は?

歴史的な建物の保存修理などの研究を始める前は、耐震工学や鉄骨構造学のほか、X線回折法や磁気的応力測定、ロボットや自動制御など、建築とは縁のなさそうな実験に没頭していました。大地震を受けた鉄骨建物の損傷を微視的、物理工学的に調べたかったからですが、そんな中で小型の高速X線応力測定装置とか地震を受けた建物の揺れを立体的に再現するシミュレータ装置の試作開発などを行いました。今では本当に楽しい思い出です。
 本当のことを言うと、もともと歴史的建造物などには何の興味もなかったですが、恩師の指導を受けながら京都や奈良の国宝や重要文化財の社寺建築の現地調査に携わるうちに、日本建築のすばらしさや奥深さを実感。気がつけば若かったころに取り組んだいろんな実験手法を展開させながら、伝統建築の構造の謎解きに挑戦し始めていました。研究テーマは興味の赴くまま、寄り道ばかりですが、ちょっと珍しいところでは、京都・大山崎にある千利休が作った国宝の茶室─妙喜庵の待庵を伝統技能者と一緒に再現。神戸の直下型地震の波形で激しく揺らせたことがあります。びっくりしたのは建物が強い衝撃で一瞬飛び上がって茶室が地面を動き回ったのですが、か細く見えた建物には何の被害も見あたりませんでした。そのとき茶室はひょっとしたら伝統的な耐震シェルターかもしれないと直感しました。もっともこの説は誰も支持してくれませんが…。
 1年前の2007年3月の能登半島地震の震源に近い門前や黒島は、兵庫県南部地震よりはるかに強い加速度があったにもかかわらず、伝統的な木造家屋には目立った被害がない。おびただしい住宅が倒壊したあの神戸の惨状とは全く違う。テレビでは大被害を受けた建物のショッキングな映像が繰り返し放映されましたが、全体的に見ると被害は軽微。文化財などの古い家屋の復旧に普段から関わっている者の眼から見ると、短期間に直せるものがほとんど。ただ問題なのは地震後の応急危険度判定で赤紙を張られると、簡単に直る建物でも解体に突き進んでしまうことです。地震の直接被害よりも地震後の過剰解体がいたずらに経済損失を拡大させる現実が今回も繰り返されたことは残念でなりません。
 いずれにせよ、地震で大被害を受けるのは、長年維持修理されずに部材が腐ったりして本来の実力を発揮できなかった建物や地盤が非常に悪いところの建物に集中します。この点を踏まえた事前の対策を怠らなければ地震被害は大幅に軽減します。


  • 日本基督教団大阪教会


  • 日本聖公会川口基督教会


  • 日野町曳山


  • 振動台で三重塔の揺れを立体的に再現

保存修復の技能教育と文化財ビジネスを!

薬師寺東塔の研究をはじめ、平城宮朱雀門、薬師寺大講堂など大きな社寺の建築工事にもかかわってこられた西澤先生が、民家の保存修復にも力を入れておられるわけは?

文化財や文化遺産というものは、国宝や重要文化財など、既に価値が認められたものだけを指すのではありません。たとえ一般には評価されていなくとも、戦前からの庶民の「住まい」や「町並み」など、要するに、ごく身近なちょっと古びた建物やそれらが造る景観も、大切な国民の共通財産といえます。何も伝統木造に限りません。鉄筋コンクリート、鉄骨、煉瓦造などのレトロな建物も、保全して活用していけば面白い。
 建物は人間の英知の結集。時代を超えて伝わってくるものがある。棟梁や左官など伝統の技能者の世界がしっかりと伝承され、それを土台にして日本人の美意識が育まれ、そして次の時代の天才が生まれるのだと思います。歴史資産は知識の母なるものだと思います。

建築保存工学研究室のこれからの課題は?

テーマとフィールドは星の数ほどあります。今、研究室では滋賀県日野町の曳山をみんなで調べています。二百数十年間使われれてきた実に立派なものです。それらの安全性や構造特性を調べるために、町の人たちと一緒に春のお祭りの巡行を先日雪の中で再現。巡行やギンギリまわしのとき、曳山はどのように揺れ、そしてどんな力や衝撃が発生するのか計測しました。これから数年がかりで16基の曳山を調べる予定。この研究は、まさに生きた耐震工学ですよ。
 これから最も力を入れていきたいのは、歴史建造物の保存活用とリノベーションです。ヨーロッパでは保存活用の教育が熱心に行われ、ビジネス対象として大きな市場規模を誇っていますが、日本ではまだまだ。
 私は歴史建造物を文化財として祭り上げるのを好みません。建物は使ってはじめて値打ちがでます。その意味で使い続ける技術としての保存修復やリノベーションに力をいれて、将来は“文化財ビジネス”として大きく広げていきたい。そうすれば伝統の棟梁や左官にも安定的に仕事が出る。自分達の郷土や国土への誇りをもって仕事ができる。古いものと斬新なものが互いに調和しつつ世の発展を図る─そんな国にしたいと思います。