ナノテクによる高密度・垂直磁気記録
新宮原 正三 教授

超高密度化・大容量化されたハードディスクの実現へ

ナノテクによる高密度・垂直磁気記録

1テラ/平方インチのナノ磁性体配列・垂直磁化の発現に成功

工学部 機械工学科 応用物理研究室

新宮原 正三 教授

Shoso Shingubara

情報通信、医療、エレクトロニクスなどさまざまな分野での応用が期待されるナノテクノロジー。21世紀の最重要技術の一つとして、大きな注目を集めています。このナノテク技術の最前線で研究開発を進めている新宮原正三教授に取材し、超高密度化・大容量化された「夢のハードディスク」実現につながる研究にスポットを当てました。

21世紀の最重要技術「ナノテク」とは

「ナノテク」とは「ナノテクノロジー」の略で、原子や分子の配列をナノスケール、つまり10億分の1メートルスケールの領域で自在に制御することで可能になる技術やモノづくりのことです。1ナノメートルは、例えば髪の毛の太さの約10万分の1、赤血球の千分の1という超微細な単位です。ナノの世界では、物質の特性や機能が変化すること、これまで不可能と思われていた現象が起こることが確認されています。これを利用して、望みの性質を持つ材料や機能を発現するデバイスを実現し、さまざまな産業に生かすことができます。
 ナノテクによって実現されると考えられる具体例としては、アメリカのクリントン前大統領がかつて演説で述べたように、鉄鋼よりも10倍強く、しかも軽い素材の実現、国会図書館の情報を角砂糖大のメモリに収容すること、がんを極めて早期の段階で検出すること、なども挙げられます。ナノテクは、ITやバイオテクノロジー、素材、エレクトロニクスなどさまざまな産業の基盤にかかわるものであり、これらと融合することで、21世紀の最重要技術となります。わが国では「ライフサイエンス」「情報通信」「環境」と並んで、最も将来を嘱望される科学技術分野です。

強磁性のコバルト・ナノロッドの垂直配列を実現

ナノテクを利用することで、IT分野のさらに大きな進歩が期待されています。

高画質の動画を小型の携帯機器に取り込むことも可能になりますが、そのためにはハードディスクの高密度化、大容量化が不可欠です。ハードディスクなどの磁気記録の方法は、磁石がたくさん並んでいるというイメージです。現在のハードディスクは磁石の向きが磁気記録と同じ面内に入っている面内磁気記録方式がとられています。これだと磁気記録ユニットを微細化すると磁性体の体積が減少し、熱ゆらぎによる磁化消失が生じるため、あまり高密度化することは不可能です。
 高密度化には、磁石の向きがディスク面に対して垂直になっている垂直磁気記録方式への切り替えが求められます。そのほうが磁性体の体積の減少が抑制され、熱ゆらぎに強いからです。2005年に製品化されて以来、垂直磁気記録方式を採用しているハードディスクも増えてはいるのですが、次世代の1平方インチ当たり1テラ(テラは1兆)ビットといった超高密度化に対応する技術はまだ完成していません。

どういう点に着目して研究を進められたのですか。

まず、陽極酸化技術に取り組みました。アルミニウムの陽極酸化によって得られる自己組織化ナノホール配列(ポーラスアルミナ・ナノホール配列)を活用し、コバルト・ナノロッドを高密度で配列させました。ホールの直径と間隔の制御については、アルミニウム基板のエッチング時間と陽極酸化電圧で行っています。陽極酸化電圧を低くするとホール直径と間隔が小さくなり、ホール密度が増大します。
 7ボルト以下で埋め込み形成した場合、強磁性体ナノ柱配列の面密度が1平方インチ当たり1テラ個になることを確認しました。ホールの深さも陽極酸化時間で調整できますし、直径も5~100ナノメートル程度の範囲で制御可能です。その後、形成したナノホールをもとに交流電解めっき法によってコバルト・ナノロッドを作製し、このロッドを基板に垂直な柱として並べることで、垂直方向の磁化の発現にも成功しました。

磁性ナノロッド単結晶化による保磁力増加も視野に

実用化に向けての大きな一歩ですね。さらに残された課題は?

情報の記録・消去には保磁力が必要です。1平方インチ当たり1テラビットの記録密度を実現するには、垂直磁場下で8キロエルステッド以上の保磁力が必要とされています。ところが、コバルト・ナノロッドの場合、垂直磁場下でアスペクト比(高さと直径の比)3.3で保磁力は2キロエルステッド。また、アスペクト比を3以上に高めたとしても、保磁力は横ばいになることも分かりました。加えて、個々のナノロッドの保磁力のばらつきも大きく、このままでは実用化には難点があります。
 理論計算値によると、単結晶コバルトではアスペクト比3で保磁力が8キロエルステッド以上になりますから、保磁力の増加のためには、コバルト・ナノロッドの単結晶化に取り組まなければなりません。もっとも、コバルトではありませんが、単結晶化には成功していますし、コバルト・ナノロッドの単結晶化も、めどはついています。
 このほか、表面をいかに平坦にするか、電圧が低くなるほど配列が乱れてくるナノホールをいかにきちんと配列するか、ということも実用化に向けての課題です。ナノホールに不規則な配列部分があると、1平方インチ当たり1テラビットの記録密度にはなりません。規則的なホール形成が高密度化には不可欠です。これらは大学の研究だけでは難しいところもありますから、企業との連携も必要となってくるでしょうね。

「研究マインド」を持たせるために

研究指導に当たって力を入れていることは?

いかに「研究マインド」を持たせるか、ということです。学部の学生は授業を聴くのが精いっぱいかもしれませんが、大学院に進学する人は今後の研究の担い手でもあるわけですから、社会に通用する研究への取り組みを十分に教育し、きちんとした成果を出させてやりたい。そのためには本人が自覚を持って研究に取り組まなければなりません。やる気を出すこと、研究に興味を持つこと、これが研究マインドの基本です。この研究マインドを学生に持たせるよう、一生懸命工夫をしているつもりです。

今まで不可能だったものが可能になるという点では、難しくても面白い世界ですから、学生も興味を持つのではないでしょうか。

ただ、ある程度研究を進めていかないと結果が分からない世界ですから、モチベーションが重要です。さらに、自分で自分の実験の組み立てができるということも大事です。これは学部の卒業研究を1年ぐらいして、やっと分かってくることなんです。
 あとは、さまざまな学会に出席して人の話をよく聴くこと、そして自分が発表する経験を持つことです。たとえ不完全でも人前で話す経験を持たせる、いわば外部への武者修行ですね。私の研究室では、ほぼ全員に修士課程1年のうちに発表する経験をさせるようにしています。質問されると十分に答えられなかったとか、人がどのように説明するかを聴くなどの経験を重ねながら、徐々に研究マインドが育ってきているように思います。