福祉のまちづくり条例の検証通じ『使える技術』を提案
馬場 昌子 専任講師

高齢者や障害者が自立して暮らせる住環境を整備

福祉のまちづくり条例の検証通じ『使える技術』を提案

身近な技術でトータルな生活サポートを目指す

工学部建築学科

馬場 昌子 専任講師

Masako Baba

社会の高齢化が進むにつれて、住まいや都市のバリアフリー化がますます重要な課題になってきます。福祉に対する認識も「弱い人への施し」から「誰もが住みよい社会を目指し、QOL(Quality of Life:生活の質)を向上させるためのサービス」へと変わってきています。高齢者や障害者が自立しつつ安全で快適な暮らしを実現するためには、どのような住居改善やまちづくりが必要か。「使える技術を提案するには、当事者の視点と身近な技術を生かすというローテク意識が必要です」と、高齢者や障害者の日常生活の実態調査を続けている建築学科の馬場昌子専任講師は答えます。保健・福祉・医療など、他分野と連携した住居改善に関する研究について聞きました。

■身近なローテク技術に目を向ければ問題解決のヒントが見つかる

高齢社会における住環境整備のテーマに取り組み始めたきっかけは何だったのでしょうか。

工学部建築学科では、人々の生活の場である都市住宅、集合住宅などを対象に、長年多面的な研究を行ってきました。その中でも高齢者の住環境に関心を持ったのは、病気や事故によって障害を持った人たちが日常生活に戻るためのサポートをするボランティア活動にかかわったことからです。
 作業療法士や理学療法士と一緒に脳卒中で身体が不自由になった方の家を訪問した際に、杖をついて自立歩行はできても、健常者が10秒で移動できる距離に数分かかるのを目の当たりにしました。敷居や家具、ちょっとしたものが妨げになるからです。それまでのバリアフリーは主に車椅子の人が対象でしたが、車椅子使用者に限らず身体に何らかの障害を持つと日常不便なことが多くあることを痛感し、「建築分野の研究者が本格的に取り組まなくてはいけない」と実態を調査し始めました。
 そこで分かったのですが、高度経済成長期以後に建てられた住宅には共通の問題点があります。ベッドが置いてあるだけで使い勝手の悪い寝室、部屋から遠くて寒くて狭いトイレ。浴室も同様で、元気なうちはさほど問題ではない箇所が、身体に障害を持つとバリアになり、日常生活を安全・快適に過ごすための基本的な性能が備わっていないのが現状です。また、これらの問題を解決するには建築分野だけでなく、医療や福祉など他の領域からのアプローチも必要。例えば、バリアフリーというと段差をなくすことを思い浮かべますが、身体の状況によっては他の方法がベターな場合もあります。紋切型の誤ったバリアフリー概念の払拭から始めなくてはいけないんですね。大量の資金を投入してハイテクの社会を築く以前に、ローテクと言える当たり前の技術を使って、生活しやすい社会を築くことのほうが大事なのではないでしょうか。盲点となっていた部分に目を向けて意識改革することこそが、最も必要で難しい点でもあると実感しました。

「福祉のまちづくり条例」を検証使う者の視点欠如が明白に

取り組みの一つが、大阪府がバリアフリー化を提唱した「福祉のまちづくり条例」の検証ですが、それはどのようなものだったのでしょうか。

条例制定からほぼ10年後に、建築基準の改定のための委員を務めたんです。その後、大東市からの依頼で152の民間建築物について条例への適合状況を調べました。
 
 出入り口の高低差や通路の幅、手すりの有無など158の細目別に、NPOの建築士グループと研究室の学生、市の関係部署の方と共同で調査を行い、同時に車椅子使用者、視覚・聴覚障害者による使用評価を実施したところ、すべての項目をクリアする建物はゼロでした。条例施行前に建てられた建造物が多かったことも一因でしょう。
 とりわけ、どの施設も移動面での不適合が際立っており、使用評価の結果では、基準はクリアしていても使いづらいものが全体の2割を占めました。例えば、点字ブロックは至る所に敷かれているものの、使いこなしている視覚障害者は少数です。外出時にボランティアが付き添うから必要性は乏しいですし、おまけに車椅子や、ベビーバギー・買い物カート使用者にとっては邪魔になることもあります。また、駐車場では車椅子用スペースを建物出入り口近くに設けることになっていますが、駐車場の位置によっては出入り口から遠くなり、横断の際に危険が伴うことも多い。建築の技術レベルの問題ばかりではなく、条例制定時に使う者の視点が欠けていることも明白になり、がく然としました。
 検証を終えて、公的建物のいくつかは当事者のニーズに合致した「使える技術」の提案を行っているところです。また、大東市の全世帯に配るバリアフリーマップを制作したところ、対象となった建物の管理者が積極的に改善に取り組んだ例もあります。当事者の団体が引き継いで調査を行っており、啓蒙活動としてはかなり成功したのではないかと思います。

医療・福祉など他領域との連携がQOLを高め、自立した生活を生む

他分野との連携の中で発見されたこと、新たな課題などについて聞かせてください。

住まいの特殊な問題を解決したければ専門領域からアプローチすればいいのですが、高齢者・障害者のトータルな生活を支えようと思えば、多面的な検討が欠かせません。医療や福祉、保健など他の領域との連携により、背後に潜んでいる困りごとを見極めるわけです。私は住空間の整備については知識がありますが、困難を抱えている人の身体的状況については素人です。ただし、医学についても基礎知識を備えるなどして、おかしな事象を発見する目は持っていなくてはならないと思います。頸椎損傷の人の寝返りの仕方が変だったら、ベッドや車椅子に問題があるのではないかと気付く目を持ち、そこから先は医師や理学療法士などの専門家に任せます。
 そうした連携によって暮らしやすい住宅を整備していくと、不自由な生活を余儀なくされていた人たちが、持てる身体の機能を使いこなして、他人の介助に頼らなくても自力で生活できるようになることが分かりました。ほとんど自分では動けない方の自宅にリフトと電動車いすを導入し、床のフラット化と家具の配置の見直しによって動きやすい動線を考えたところ、それまでヘルパーに委ねていた排泄や乗り移りが家族の介助だけでできるようになったという例があります。さらに、屋内の移動が自力でできるようになったばかりでなく、外出も可能になりました。ケアマネジャーによる介護費用の算定でも、住居改善後は改善前より大幅に金額が減ることが分かりました。
 この方の場合は公的な助成の予算内で整備できることが目標でしたが、それぞれの方の経済事情に合わせて、最善の方法を考えるということも私たちの役目です。しかし、今後は特殊な状況にある人たちへの生活支援技術ではなく、高齢化時代に広く一般的に役立つ技術の提案を行っていくことが目標です。すべての住宅が安全で快適な方向に向くための研究が大事だと思うからです。
 年を取ったり、障害を抱えるとあきらめることの多い人生になってしまいがちですが、「使える家」に住めば生涯現役でいることも可能なのです。最低限の生活を保障するのではなく、QOLを高めていくのがこれからの福祉の役目。それを実現するには、当事者自身が「自立した市民」として育っていけるよう、サポートしていくことが私たち研究者の使命でもあります。

この分野を目指す学生へメッセージを。

建築デザインは大いなる雑学の集大成であることを知ってほしいですね。特化した専門性ではなく、建物を使う人、建物を構成する環境を視野に入れて、空間をつくるために欠かせないさまざまな知識を持つことが必要です。力学、材料などの建築全般の基礎を備えていて、かつ心理、芸術、政治、経済といったさまざまな分野の引き出しを持っていれば、豊かな空間を創造することができます。福祉の根源にある「楽しくて幸せ」というキーワードを忘れず、貪欲に興味を持って学んでいけば、いずれは取り組んでいる課題が実を結ぶでしょう。


  • フローリング床への張り替えと家具配置変更で動線を確保


  • エレベーターホール⇔廊下の段差を解消するための板の設置


  • リフトによるベッド⇔車椅子間の乗り移り


  • 寝室から玄関までの電動車椅子での移動