地下水をコントロールして安全・快適な都市づくりに貢献
楠見 晴重教授

工学技術が視点を変えれば自然を守る技術になる古都の歴史の謎に迫り、省エネを実現する地盤工学

地下水をコントロールして安全・快適な都市づくりに貢献

工学部都市環境工学科

地盤システム工学研究室

楠見 晴重教授

Harushige Kusumi

京都盆地の地下には巨大な水がめがあり、約211億トンもの地下水が蓄えられている。楠見教授が明らかにした京都の町の地下構造は、平安京以来1200年間にわたり文化都市として存続してきた歴史の謎に迫るとともに、未来の水利用に指針を与えるものでした。その研究の成果に基づいて、NHKスペシャル「アジア古都物語千年の水脈たたえる都」が制作され、2002年6月に放映されました。その後も地下水に関する研究は進められていて、「現在の都市における地下水利用による蓄熱システムの構築」にまでテーマが広がっています。20世紀は石油の時代でしたが、21世紀は水の時代と言われています。専門の地盤工学をベースに、水の問題に取り組む楠見教授に取材しました。

地下水の維持・管理から京都盆地の地下構造の解明へ

地盤システム工学研究室の研究対象は幅広く、「GISによる京都盆地の地下水維持・管理システムの構築」「都市地下水の利用による蓄熱システムの構築」「地下水・地盤汚染に関する研究」など水に関する研究は、10以上ある研究テーマの一部です。楠見教授自身、もともとトンネルやダムなどに関する岩盤工学、地盤工学を研究してきました。「そういう技術が視点を変えれば自然を守る技術になるのです」という言葉通り、防災や環境にかかわる研究にも力を入れています。「景観・樹木を保全した自然斜面の安定工法の開発」では、樹木を伐採せずに残して斜面の安定性を追求しています。自然に優しい技術と設計手法の確立を目指し、民間企業との共同研究を進めています。
 地盤・岩盤の剛の世界と水という柔の世界が、この研究室では深くつながっています。それは今に始まったことではありません。楠見教授が「京都水盆」と呼ぶ京都の地下に広がる水がめ構造に着目し、仮説的な論文を書いたのは10年以上前です。京都の地下水の研究を始めたのはさらに以前にさかのぼります。
 京都市の南にある城陽市の上水道の約80%は地下水でまかなわれています。八幡市でも上水道の50%を地下水に頼っています。地下水の維持・管理は重要課題で、楠見教授は城陽市と八幡市から委託されて、20年以上にわたり研究を続けてきました。地下水の利用はその市の中だけで考えるわけにはいきません。近隣の市や京都盆地全体で使える地下水の量がどれくらいあるのか、把握しておく必要があります。
 NHKのディレクターから「現代の科学技術の力で、地下の世界を私たちに見せてください」と依頼されたのは、このような研究を積み重ねていたからです。

広範な地下データを収集し、水資源を立体的に可視化

京都水盆の全容を解明するのに、城陽市や八幡市で長年、地下水の有効利用に携わってきた経験がどのように生かされましたか。

城陽市は100m以下の地下水を、八幡市は150m以下の地下水を、それぞれ上水道に利用しています。直径が30cm、深さが300mの井戸で、1日当たり2000~2500トン汲み上げます。4人家族で1日に使う量が約1トンですから、2000~2500世帯分をその井戸でまかなうことができます。約80%を地下水に頼っている城陽市で、汲み上げ量は年間約800万トンです。これだけ汲み続けても、まだ余裕がある地下水脈に対して、興味は深まるばかりでした。
 京都盆地全体が巨大な古生層の基盤の上にあり、古生層は極めて硬い岩盤で、水を通しにくいため、その上に大量の水が蓄えられていることは想定できました。盆地のあらゆる地点を掘り下げて、岩盤までの深さを調べれば岩盤全体の形が分かるわけですが、実際には不可能です。

では、どのような方法で地下のデータを集められたのですか。

まず、ビルなどの建築時に行うボーリング調査に着目しました。京都市などの協力を得て、8000カ所近いボーリングデータを入手し、1本1本丹念に解析しました。ところが、そのデータはほとんど地下20~30mで、深くてもせいぜい200~300m。岩盤すなわち水盆の底まで届いたのは、山に近い数本だけでした。
 ちょうど阪神・淡路大震災をきっかけに、京都でも活断層の調査が実施されていました。「反射法地震探査」という方法で、人工的に地震を起こしてその影響を受振器で測定し、地下の構造を明らかにする調査です。それで岩盤の深さを知ることができるのです。
 ただこの調査は京都市内でしか実施されなかったため、京都盆地全体の地下構造をとらえることはできません。不明な地点を補っていく必要があります。そこで、地上の重力の差によって地下の岩盤の深さを推測する「重力探査」を用いました。これは地球の内部が均質だと仮定した場合の計算上の重力値と、実測値との差(重力異常)から地下構造を推測する方法です。

これらのデータを組み合わせて、地下の姿を目に見えるようにすることができたのですね。

ソフトウェアの改良を重ねながら、立体的なCGを作り上げるのはかなり大変でした。その結果は予想通り、まさに水をためるのに理想的な地形が現れました。東西12km、南北33km、最深部は地下800m近くに及ぶ巨大な水盆です。地下水の出口は、天王山と男山に挟まれた幅1kmの狭隘部のみ。それもごく浅いものであることが確認されました。試算すると、この水盆には約211億トンの地下水が蓄えられています。琵琶湖の約275億トンに匹敵する水量です。
 京都は井戸の町で、平安時代の井戸の遺跡が1万以上あります。池は昔の高級官僚のステータスシンボルでした。京都では地下水を使いながら文化を生み出してきました。茶道も友禅も、酒や豆腐、お菓子なども良質の水が欠かせません。
 今後、京都の地下水の循環システムがどうなっているか、研究を続けていく予定です。

「都市地下水の利用による蓄熱システム」も、一種の循環システムですね。

東京都や大阪市は地下水を汲み上げるのを規制してきました。その結果、地下水位が上がり、構造物を破壊したり浮き上がらせたりする問題が起きています。また、地震が発生したときに地下水位が高いと液状化が起きます。地盤沈下を起こさないように地下水をコントロールして利用することが、地下の構造物に悪い影響を与えず液状化も防げる有効な方法だと思います。
 地下水は常に温度が一定です。外気温との温度差を利用すれば省エネに役立てることができます。外気温が30~35度になる夏は、まず20度の地下水を上げて、30度くらいまで温もらせる。これを地下に戻しておき、外気温が10度になる冬に暖房用に使う。今度は10~20度になるから、夏が来るまで置いておいて冷房用に使う。現在、夏の冷房は、この熱を外に放出していることから、都市のヒートアイランド化の大きな原因の一つとなっていますが、この熱を地下水が蓄えるので、ヒートアイランドの軽減策にもつながります。
 このシステムをビルの中に組み入れます。地下水をいったん上げてまた地下に注入しますから、地盤沈下が起こりにくくなります。それを今、シミュレーションしているところです。ビルのエネルギーの20%くらいはそれでまかなえます。そうすれば電力消費も抑えられて地球温暖化も防げます。地盤沈下を制御しながら蓄熱を進める方法です。
 研究を始めて2年くらいで、まだ基礎的研究の段階です。新しい町づくりに地下水を使うこのようなシステムによって、過去の地盤沈下の教訓を生かし、安全性を高めることができます。
 上海、台北、ハノイ、バンコクなど、アジアの都市では上水道を地下水に頼っていますが、やはり今、地盤沈下が起こっているのです。日本の技術が求められています。

都市の地下水を積極的に利用して省エネを図る新技術が、実用化されることを期待しています。


工法の概要

植生の回復状況


  • ネット施工直後
    (平成13年4月3日撮影)


  • 2カ月後―ネット施工区域と未施工区域で植生
    繁殖に差が生じている。(平成13年6月5日撮影)