循環型社会のニーズに応え「生活廃棄物類の再利用」を実用化
戸倉 清一 教授

浅皿培養法、紡糸技術を開発 キチン、バクテリアセルロースの研究をリード

循環型社会のニーズに応え「生活廃棄物類の再利用」を実用化

工学部 教養化学教室 環境機能化学研究室

戸倉 清一 教授

Seiichi Tokura

田村 裕 助教授

Hiroshi Tamura

環境機能化学研究室の前身は高分子合成研究室です。1998年に戸倉教授の就任とともに改名されてスタートしました。廃棄物を再利用することが化学の大きな流れになったのは、1960年代後半から起こった公害問題に端を発しています。環境汚染源をできるだけカットし、生活環境の改善に役立つ新技術を開発することは、化学が真価を発揮する重要な分野です。特にキチンやバクテリアセルロースを利用し、ゲル状の分子が結晶性繊維に変わる過程の研究を進める同研究室は、この分野をリードする存在です。戸倉清一教授と田村裕助教授のお二人に研究成果と課題について伺いました。

環境汚染のリスクを除き 有用な資源に変える化学

バクテリアの働きで作られた再生不織布、イカの背骨で作った紙、カニの殻でできた化粧用クリームの材料…。テーブルの上に置かれた「成果物」は、ちょっと見たところ、どこにでもある不織布や紙、クリームに見えます。しかし、既存のものとは素材が違うのです。そこには創意工夫と研究の成果が集約されています。
 不用物が姿を変え、再生されて新しい繊維となり、その糸が繰り出される様子はマジックに近いものがあります。
 戸倉教授によると研究室の主要なテーマは、「化学をベースにした環境問題」です。
 「身の回りの廃棄物をいかに再利用するか。生活廃棄物は環境汚染につながりますので、それを有効に活用し、新たな資源に変えていく研究です。例えば、廃棄された紙の再生を何回か繰り返すと、繊維が細くなって紙として使い物にならなくなります。そこでバクテリアに働いてもらってセルロースをもう一度分解し、繊維やフィルムに作り直せば製品として供給できるようになるわけです」
 化学なしに現代の生活は成り立ちませんが、化学にはマイナスのイメージも根強く存在しています。「何かあるとすぐに『化学物質は…』と槍玉に挙げられますが、それには抵抗感を覚えます。人類誕生以来、私たちは化学物質に囲まれて暮らしてきました。化学物質だから有害だと思うのは誤りで、それをうまく使って共存してきたのです」と、田村助教授の話は人と化学の深いかかわりから始まりました。
 化学や生物学が明らかにした情報を使えば、環境汚染源である有機物質や重金属などを濃縮や凝集等の操作で集め、化学反応によって人間生活に有用な物質に転換することができるのです。
 このように環境汚染のリスクを除き、有用な資源を作り出す一石二鳥の仕事が、化学には可能です。それが地球環境を生物に優しく保つことにつながります。
 環境機能化学研究室では、食品・農産廃棄物や回収古紙などの有効再利用を目指して、キチンやバクテリアセルロースのような多糖類に焦点を絞って研究を行っています。

●戸倉清一教授と田村裕助教授に聞く

生体内で消化されるキチンは医療用に使える安全な材料

キチンはカニやエビなどの甲殻類の殻や、イカの背骨などの主要構成成分。他にも同じような化学構造の仲間は?

カニやエビ等の甲殻類の外皮を構成しているのは、主にムコ多糖類のキチン、それと結合しているたんぱく質、そして炭酸カルシウムです。この三者がうまくかみ合って固い外皮を形作り、甲殻類の生命を守っているのです。昆虫にも同様な構造が考えられますが、炭酸カルシウムの量は少なくなり、たんぱく質の量が増えています。
 キチンの化学構造はセルロースという植物の支持組織の中心である単純多糖とほとんど同じです。生物の進化を考えると、植物の支持組織の中心がセルロースであり、進化した動物の支持組織がコラーゲンなどのたんぱく質で、植物と進化した動物の中間に位置する甲殻類の支持組織がキチンということになります。

キチンはどうして今まであまり利用されてこなかったのですか。

キチンは強固な結晶構造のため、ほとんどの有機溶媒に対して難溶性で、成形性に欠け、化学反応性も低いためほとんど利用されませんでした。
 
 最近ではキチンをカルボキシメチル化や硫酸化などの化学修飾で溶媒可溶性にする研究が行われ、ガン転移抑制剤などへの応用研究も行われています。動物の二次防御機構の中に加水分解する酵素(リゾチーム)が大量に含まれているため、動物の体内にキチンを投与しても、動物の免疫機構を活性化することなく代謝されます。したがって、キチンは「生体内消化性医用材料」として安心して使えるのです。

この研究室でキチンの研究はどこまで進んでいますか。

現在、キチンの生体適合性を最大限に利用するために、さまざまなキチンの化学修飾体の調製を行っています。なかでも、リン酸化キチンは水溶性誘導体として貴重であり、カルシウムイオン吸着性、血液凝固促進作用、歯牙細胞増殖促進作用などの特異な性質を示します。
 また、海藻の構成成分であるアルギン酸ナトリウムがリン酸化キチンと同じ溶解性や凝固条件を示すことに着目し、両者の混合湿式紡糸を行いアルギン酸繊維の物性改善についても検討しています。リン酸化キチンを含む混合繊維は光沢に富み、乾燥状態よりも湿潤状態における結節強度が高いという特異な性質を見いだしており、本繊維の生体機能材料への応用を模索しているところです。


ゼラチン繊維の乾式紡糸

連続して糸を紡ぐ培養法で 新繊維の工業生産も視野に

回収古紙や農産廃棄物などをセルロース系多糖類に再構築して資源化する研究について、現在の成果と課題は?

酢酸菌をグルコース培地中で培養してバクテリアセルロース(BC)を産生させる研究は古くから行われています。ところが、生産コストが非常に高く、市場性が低いのが問題です。
 そこで、収率の向上をはかって生産コストを低減させるとともに、BCの付加価値を高めることを目指しています。その結果、従来の静置培養などに代わる新しい培養法として「連続巻き上げ装置付き浅皿培養法」を考案し、BCを連続的に繊維の形で培地から直接取り出すと、収率も従来法より向上させることができました。
 図のように深さが7mmの培養皿に4〜5mmの深さまで培地を加え培養すると、産生されるBCは培地の表面張力で均一に培地表面に広がり薄いゲル膜を作るので、そのまま連続的に巻き上げる方法です。さらに、繊維を巻き上げる場合の逆の方向からBCゲル膜を巻き上げるとフィルムの連続巻き上げも可能となりました。

繊維を作り出す独自の方法は、ゼラチンでも大きな成果を上げています。従来は優れた生体吸収材料であるゼラチンから繊維を作るのは不可能でした。しかし、この研究室はゼラチン繊維の湿式紡糸に初めて成功したのです。耐水性と強度も向上しました。また、乾式の紡糸でも将来的に工業的生産に対応できる成果を上げつつあります。化学はまさに不可能を可能にする研究なのです。


  • 繊維とフィルムの巻き上げ部


  • 浅皿培養装置