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こころの健康に関するコラム
読書ノススメ~オススメ本を添えて~

皆さん、本を読むことはお好きですか?
私は大好きです。これまでずっと本を読んできました。幼かった頃の、骨身に染みるような、世界が違って見えてくるような読書体験はもうなかなかありませんが、今もそれを求めて本を手に取ります。



私はカウンセラーを職業としていますが、それも読書がきっかけでした。
高校生の頃に聴いていたラジオ番組で、カウンセラーを名乗る先生が、相談を受けては「あなたは〇〇(書名や作家名)を読むと良いですよ」などとお勧めしているものがあったのです。読書好きだった私は、自分が好きな本をお勧めすることで誰かの役に立てるのなら、それは素晴らしいことだと考えましたが、それが現在地に繋がっています。もちろん、実際の仕事はそういったものではありませんでしたが...。



それでも読書が人の役に立ち、助けとなることは実感として確信しています。
古代ギリシャの図書館入り口には、「魂の癒し所」といった意味のプレートが掲げられていました。また、イスラエルには「読書療法士」なる国家資格が存在し、実際にあのラジオの先生のようなサービスも提供するそうです。



本を読むということは、優れた他者との出会いであり、対話です。
私は本を読むとき、その著者が自分に向けて語りかけてくれているように思いながら読んでいます。実際に会って話すわけではありませんが、良い本からは、著者が語るリズムや息遣いを感じることが出来ますし、著者の理解や志はむしろ凝縮され、整理されています。



「書を捨てよ、町へ出よう」という言葉もありましたが、読書するよりも経験することの方が大事だという向きもあります。しかし、本を読むことと実際に行動することは相反するものではありません。本を読んでいると、身体知、暗黙知の次元にあったものが、優れた著者によって言語化された文章に出会うことがあります。そうした時の、「そうそう!」と腑に落ちるようなあの体験にはとても勇気づけられます。本を読むことは、自分の経験したことを確認しやすくしてくれるものだと考えます。



本を読むことで、コミュニケーション能力の向上も期待できます。
コミュニケーションとは、自分と異なる考え方や感じ方を持った他者と、アイデアやイメージを共有しようとすることです。日常的に本を読み、著者の言葉からイメージを膨らませたり、語られていることの論旨、骨子を掴もうと努めることは、コミュニケーションの練習になるでしょう。
例えば誰かと話すとき、あなたが受け取ったものを、ご自分なりの実感に即した角度をつけて相手に返すことが出来たなら。その相手も自分の話が受け止められ、活かされていることを感じ、嬉しくなって、関係が深まっていくかもしれません。



コミュニケーションとは、言うまでもなく自己形成に不可欠なものです。
本を読み、コミュニケーションに開かれていく中で、目標や希望など、生きていく上での大事なものが見つかるかもしれません。



とりとめなく綴ってきましたが、もう良いことしかありません。ベストセラーや話題の本からでかまいません。まずは読みたい本を見つけることから始めましょう。本を読む時間がないと嘆く皆さん、手に入れた本をバッグに忍ばせておきましょう。まとまった時間にゆったりと本を読むという贅沢はなかなか得られませんが、電車で移動中に10分、寝る前に眠くなるまで15分。そんな風にして、スキマ時間に読書を落とし込むことができたなら、気付けば心の中がいくらか暖かくなり、ほんの少し視界が開けていることと思います。



最後に、私がお勧めの本を3冊挙げて、紹介してみたいと思います。
それはきっと、"オールタイム・ベスト3"ではありません。ベストは、目的、自分の人生のステージ、その時の気分、などなどで入れ替わってしまうからです。以下は、すぐ思いついた好きな本です。



「火を熾(おこ)す」ジャック・ロンドン
ジャック・ロンドンは、小学生の頃からずっと繰り返し読んできているので、読んだ回数は、全作品を合わせるとナンバー1だと思います。おそらく好きな作家のベストに入ります。そんな中で選んだタイトルが上記の短編です。舞台はアラスカ、ある旅人が犬を連れて極寒の森に迷い込みます。その描写は鬼気迫るもので、男の凍る吐息が見え、聞こえてきそうです。最近になって新しい翻訳も出ました。ご一読ください。



「三屋清左衛門残日録」藤沢周平
藤沢周平も大好きな作家です。華美な修辞ではなく、平易な言葉で情感に訴えかけてくる筆致がたまりません。私は勝手に自分の文章の師匠としています。たくさんある好きな作品の中から一つ選んだのが上記になります。乱暴に言うと、「終活」のお話なのです。晩年を迎えた主人公が澄んだ気持ちになっていく過程には、清々しさと侘しさが入り混じり、精神性が香ります。



「モテない男~恋愛論を超えて」小谷野敦
 最後に読みやすい新書のご紹介。ポップソングやトレンディドラマでは、恋愛するのは当たり前であるとして、その素晴らしさが謳い上げられ、物語られている。そういう時代に「もてない」ということは恥ずべきことなのだろうか?という大真面目な論考です。著者の小谷野先生は、古今東西の文学作品に精通した文学者であり、文芸評論家でもあります。この本でも博識を披露し、ご自身の赤裸々な体験も交えながら、テーマについて縦横に語ります。極論、暴論もありますが、それもまた勢いで最後まで面白く読めます。読書ガイド的な趣もあって、お勧めです。



関西大学心理臨床センター 千里山カウンセリングルーム 相談員 森屋匡士