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特集1 グローバル潮流を拓く 新学科と新たな知の創出

生成AI 時代に、新たな半導体教育を切り拓く「グリーンエレクトロニクス」という挑戦

システム理工学部 学部長 梶川 嘉延 教授
システム理工学部 グリーンエレクトロニクス工学科 学科長 肥川 宏臣 教授

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左:梶川学部長 右:肥川学科長

生成AI の急速な普及に伴い、電力消費の増大が世界的な課題となっています。この問題はAI に限らず、スマートフォンやEV をはじめとするデジタル社会全体に共通する課題でもあります。その鍵を握るのが「半導体」です。これからの半導体には、性能の向上だけでなく、環境への負荷をいかに低減するかという新たな視点が欠かせません。
こうした時代の変化を見据え、2026 年4 月、システム理工学部に「グリーンエレクトロニクス工学科」が誕生しました。半導体デバイスを中心に、ハードウェアとソフトウェアの両面から、省資源・省電力と高性能化を両立する環境調和型エレクトロニクス技術を学ぶ、日本初の『グリーンエレクトロニクス工学科』です。
半導体教育は今、どのように変わろうとしているのか。梶川嘉延教授(学部長)と肥川宏臣教授(学科長)に、同学科が目指す教育と研究、その学びの特色について伺いました。

半導体の未来を支えるグリーンという視点

―まずは、新学科設置の背景から教えてください。

梶川:出発点にあったのは、半導体業界の深刻な人材不足です。半導体は、スマートフォンやパソコンだけでなく、自動車、医療機器、ロボット、生成AIまで、今や社会の多くの製品やサービスを支える基盤技術になっています。一方で、世界的に半導体技術者が不足しており、日本でもその育成は急務です。そうした中、社会に必要な人材を育成することは大学として大きな使命だと考え、新学科設置の構想をスタートさせました。
 ただ、半導体そのものは、従来の電子工学系学科でも学ぶことができます。新しい学科をつくる以上、これからの時代にますます重要になる視点を取り入れたい。その答えが「グリーンエレクトロニクス」でした。

―「グリーン」という言葉には、どのような意味が込められているのでしょうか。

梶川:「環境に配慮し、持続可能な社会の実現を目指す」という意味を込めています。例えば生成AI は急速に身近な存在になりましたが、その裏側ではデータセンターが24 時間稼働し、膨大な数のサーバーの中で半導体が絶えず計算処理を行っています。AI の利用が広がるほど計算量は増え、それに伴って消費電力も増えていく。便利になる一方で、環境への負荷という新たな課題が生まれているのです。
 これからの時代は、性能を高めるだけでは十分ではありません。環境への負荷を抑え、いかに少ないエネルギーで動作する半導体デバイスや電子システムを実現するかが問われています。

肥川:その変化は、研究の現場でもはっきり感じています。以前は「どれだけ高速に処理できるか」が評価の中心でしたが近年は、処理速度だけでなく、消費電力やエネルギー効率も重要な評価軸になっています。半導体業界全体が、省電力化へ大きく舵を切っていると感じています。

梶川:そこで私たちは、従来の半導体分野の枠組みを超え、環境との関わりまで体系的に学べる教育を目指しました。全国に半導体を扱う学科やコースは増えていますが、環境という視点まで包括して深く学べる学科はまだ多くありません。こうした先進的な学びを、全国に先駆けて「グリーンエレクトロニクス工学科」という形で実現できたことは、本学科の大きな特徴だと考えています。

「知る」から「つくる」へ半導体教育の新しい形

―「半導体」という言葉はよく耳にしますが、具体的にどのようなものか説明するのは難しい、という人も多いと思います。

肥川:まさにそこがポイントです。ニュースでは連日のように「半導体不足」という言葉が使われていますが、「じゃあ半導体って何?」と聞かれると、正確に答えられる人は意外と少ない。新入生に「半導体を実際に見たことがありますか」と聞いても、ほとんど手が挙がりません。
 「半導体」と一言で言っても、スマートフォンやパソコンの中で頭脳の役割を果たす集積回路もあれば、その中で使われているトランジスタのような基本的な素子もあります。それらをまとめて「半導体」と呼んでいるので、少しイメージしにくいんですね。

―では、そんな半導体を学生たちはどのように学んでいくのでしょうか。

肥川:この学科では、最初から難しい理論を教え込むことはしません。まずは「半導体は何のために使われているのか」を体感することを大切にしています。そのため1 年生では、深い理論を学ぶ前に、実際に半導体を使ったものづくりを体験してもらいます。自分でプログラムを書いて動かしてみて、「思ったより処理が遅い」と感じた部分を専用回路で処理してみると、処理速度が大きく向上することがあります。そうした実体験を通して、「だから半導体が必要なんだ」と自然に理解できる。知識を一方的に教わるだけでなく、自分で手を動かして気づく。私は、そういう学び方が一番面白いと思っています。

梶川:そうした体験を土台にして、2年次以降は専門的な学びを段階的に積み上げていきます。カリキュラムは、素材レベルからその性質を扱う「半導体デバイス物性」、微細加工や製造プロセスを支える「装置・加工・計測・制御」、集積回路を設計する「アナ・デジ集積回路」、そしてプログラミングや数値計算を学ぶ「数値計算・情報」の4つの柱で構成されています。それぞれを別々に学ぶのではなく、互いのつながりを意識しながら体系的に学べるのが、この学科の大きな特徴です。

学科生全員が実習で使える、全国的にも希少な教育用クリーンルーム

―その実践的な学びを強力に支えるのが、教育用のクリーンルームですね。

梶川:はい。これこそが、本学科を象徴する施設です。研究用のクリーンルームを備えた大学は多くありますが、教育用として学科生全員が継続的に実習で使用できる環境は、全国的にも非常に珍しいものです。学生は2 年次から3年次にかけて、ここで実験・実習を重ね、半導体製造の一連のプロセスを経験します。

肥川:クリーンルームには、服装から作業手順、装置の扱い方に至るまで、独特の厳しいルールがあります。その一つひとつに技術的な意味があるからこそ、学生のうちから繰り返し経験し、自然に身につけてもらいたい。企業に入って一からトレーニングを受けるのではなく、在学中にクリーンルームでの作業に慣れ親しんでいることは、社会に出てから大きな強みになります。

梶川:学部の段階で半導体の製造工程を一通り自分の手で経験した学生は、日本でもまだほとんどいないと思います。産業界から本学科へ大きな期待を寄せていただいている理由の一つも、このクリーンルーム実習にあると考えています。

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▲ クリーンルームでの実習は、半導体製造の基本を身につける貴重な機会。業界で活躍するために必要な知識や感覚を学生時代から養い、実社会とのスムーズな接続を実現します。

―最終的には、学生自身がトランジスタをつくるそうですね

梶川:はい。実習の集大成として、学生一人ひとりが「マイ・トランジスタ」を素材から製作するところまで取り組みます。電子回路を構成する基本的な素子を、材料であるシリコンという半導体基板の上に不純物を混ぜ、絶縁膜を重ねることで作成します。そして、完成後に、実際に測定して動作を確認する。このプロセスを自分の手でやり切ることで、座学だけでは得られない深い理解につながります。

肥川:普通は買いますからね(笑)。トランジスタって、つくるものじゃなくて、買うものですから。

梶川:だからこそ、自分でつくることに意味があるんです。通常は部品として購入するトランジスタを、材料から自分の手でつくり上げるその経験こそが、ものづくりの面白さを実感できる貴重な学びになります。

肥川:やっぱり自分でつくったものが目の前で動いた瞬間は感動します。ものづくりの醍醐味って、その感動にあるんです。それを学生たちにもぜひ味わってほしいですね。

梶川:私たちは「知る」だけではなく、「つくる」ことを徹底して重視しています。自分の手を動かし、目で確かめ、自ら考える。その積み重ねこそが、本当の意味で半導体を理解することにつながると考えています。

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▲ 回路設計や電子工学の基礎を「手を動かして学ぶ」実習。実際の機器に触れる経験を重ねることで、教室で学んだ知識を確かな技術へと発展させます。

ハードとソフトをつなぐこれからの技術者像

―ハードウェアの学びに加え、ソフトウェアも重視しているのがこの学科の特徴です。なぜ半導体の技術者に情報系の力も必要なのでしょうか。

梶川:半導体の性能を最大限に引き出すためには、情報系の知識が不可欠だからです。ただ、本学科が目指すのは、単にプログラムを書くことではなく、「ハードウェアを動かすためのソフトウェア」を学ぶことにあります。高度なプログラミング能力を身につけるとともに、そのプログラムが半導体の中でどのように処理されるのかまで理解できる。それが、この学科ならではの学びです。

肥川:ソフトウェアだけでも、ハードウェアだけでも、これからの時代は限界があります。回路がわかり、半導体がわかり、その上で高度なプログラムも書ける。この3 つが揃っているからこそ、強いんです。

梶川:ハードとソフトの両方を理解していることは、これからのものづくりにおいて大きな強みになります。例えばAIのアルゴリズムを動かす場合でも、単に効率の良いプログラムを書くだけでは不十分です。それを動かす半導体チップにはどんな特徴があり、どんな回路構成なら最も効率良く動くのか。そこまで理解して初めて、真に高性能で省電力なシステムを構築できます。最近では、ソフトウェアをハードウェアの特性に合わせて設計する考え方の重要性が増しており、両者を横断的に理解できる技術者が強く求められています。
 こうしたハードとソフトを横断して考える力は、半導体業界だけにとどまらず、あらゆる産業で活かすことができます。今や半導体が使われていない製品を探す方が難しい時代ですからね。半導体を学ぶことは、一つの業界に特化するためではなく、これからの社会を支える技術を幅広く理解することにつながるのです。

持続可能な社会を目指す最先端のグリーン研究

―グリーンエレクトロニクスという考え方は、研究ではどのように生かされているのでしょうか。

梶川:本学科には、半導体を軸とした多様な分野の研究者が集まっています。例えば、EV(電気自動車)や電力インフラの高効率化に欠かせない「パワー半導体」の研究があります。また、光・振動・熱といった身の回りの微小なエネルギーから電力を生み出す「エナジーハーベスティング(環境発電)」の研究も進められています。
 さらに、高性能で環境負荷の小さい半導体デバイスを実現するためのナノ加工技術や新材料の開発、そして集積回路の設計も、本学科の柱となる研究テーマです。半導体というと、材料や製造のイメージが強いのですが、その性能や消費電力は、回路をどう設計するかによっても大きく変わります。エネルギー効率を高める上でも、集積回路設計、いわゆるIC デザインは、現在、世界的に特に注目されている領域です。
 情報系では、その集積回路上で動くアルゴリズムやソフトウェアの研究も行っています。これらの研究に共通しているのは、より少ないエネルギーと資源で高い性能を実現し、環境負荷を低減することです。それが、本学科が掲げるグリーンエレクトロニクスです。

―お二人の研究室では、どのようなテーマに取り組んでいるのですか。

肥川:私はデジタル回路設計が専門です。今取り組んでいるのは、あえて入力データの精度を必要最小限に抑えることで、回路を簡素化し、処理速度を高めながら消費電力を極限まで削減する研究です。少し言い方は悪いですが、「できるだけ上手に手を抜く」という発想ですね(笑)。
 同じ結果をよりシンプルな回路で実現できれば、回路規模は小さくなり、消費電力を抑えながら処理速度も向上します。いかにズルいことをしても、従来と同じ結果を実現できるか。その仕組みを考えることが、この研究の面白さです。

梶川:私の研究室では「音情報システム」をテーマに、次世代のノイズキャンセリング技術を研究しています。一般に身近なノイズキャンセリング製品は、イヤホンやヘッドホンなどの装着型が中心ですが、私たちが目指しているのは、特定の椅子に座るだけで周囲の騒音が自然に小さくなるような、空間そのものを制御するシステムです。
 これを社会に実装するためには、高度な音響アルゴリズムだけでなく、それを効率よく動かす半導体や回路設計が不可欠になります。私たちがこの学科で育てたい「ハードとソフトの両方を理解する力」は、まさにこうした未来の社会実装に直結しているのです。

実社会と世界を舞台に学びは広がっていく

―半導体分野は産業との結び付きが強い分野ですが、企業との連携についても教えてください。

肥川:1年次の必修科目「グリーンエレクトロニクス概論」では、ローム株式会社、株式会社SCREEN セミコンダクターソリューションズ、三菱電機株式会社、日本ルメンタム株式会社、株式会社村田製作所など、世界市場で大きなシェアを持つ企業の技術者や専門家を講師にお招きし、各社がどのように省電力化や環境負荷低減に取り組んでいるかを直接講義していただいています。秋学期にはパナソニック ホールディングス株式会社 グループCTO(最高技術責任者)や、キオクシア株式会社の幹部による講演も予定しています。

梶川:学科を立ち上げるにあたり、多くの企業を訪問しましたが、「ぜひ協力したい」と言ってくださる企業が本当に多かったんです。産業界からの期待の大きさを、私たち自身も強く感じています。今後は国内だけでなく、海外企業との連携もさらに広げていきたいですね。

―海外との交流にも力を入れていかれるそうですね。

梶川:半導体は世界を舞台に発展している産業ですから、グローバルな視点が欠かせません。本学科では、2年次には台湾の協定校である中原大学が開催するサマーキャンプへ学生を派遣し、台湾やフィリピン、インドネシアなどの学生と多国籍チームを組んでプロジェクトに挑みます。さらに2年次の秋学期には、英語のみで行う実習科目「グローバルPBL」を経験し、さらに、希望者は3年次以降、ポーランドなどで実施する海外インターンシップに参加できるプログラムも用意しています。

―半導体分野では、世界を見ることが欠かせないのでしょうか。

梶川:そう思います。例えば半導体大国である台湾では、学生たちにとって半導体産業は将来の進路としてごく自然な選択肢の一つになっています。大学を訪問すると、「ICデザイン」という言葉をよく耳にしますし、「ICデザインを学びたい」という学生も少なくありません。それだけ半導体産業が社会や産業に深く根付いた身近な存在になっているのだと感じます。
 台湾だけでなく、中国や韓国でも半導体分野への関心は高く、AIの発展とともに、その流れはますます加速しています。訪問先で出会う学生の中には、AIを利用するだけでなく、その基盤技術を学ぼうとする学生が多く、日本でも半導体を身近な進路として捉える機会をさらに増やす必要があると感じています。だからこそ、学生には世界の最前線を自分の目で見て、その空気を肌で感じてほしいと思っています。

肥川:送り出すだけでなく、私たちの研究室には台湾やタイ、ポーランドなどから毎年留学生や短期ラボインターン生がやってきます。日常的に海外の学生と学び、議論し、ともに研究を進める環境がありますので、日本にいながらにして自然と国際感覚を養うことができます。海外の学生たちがどのような視点で学び、将来を見据えているのかを知ることは、学生にとって大きな刺激になると思います。

―世界を見据えた学びを実現する一方で、学生一人ひとりに目が届く学びの環境づくりも大切にされていますね。

梶川:はい。本学の理工系の学科としては、入学定員が62名という思い切った少人数編成でスタートしました。その分、学生一人ひとりと教員との距離が近くなりますし、学生同士も交流しやすい環境になります。
 先日は、1年次生全員で一泊二日の合宿を行いました。チームを組んで、マイコン( Arduino )を使ってミニ四駆を自動制御するプロジェクトに取り組み、夜はみんなでバーベキューも楽しみました。まず大切なのは学生同士がお互いをよく知り、つながることです。それがこれからの学びを支える土台になると考えています。

肥川:新しく着任された先生方もフットワークが軽く、学生と一緒に楽しもうという雰囲気があります。大学生活は学業だけでなく、友達をつくり、一緒に成長できる仲間と出会うことも大切です。少人数だからこそ、そうした関係を築きやすい環境があると思っています。

※『ミニ四駆』は株式会社タミヤの登録商標です。

未来を切り拓くのは、「好き」を突き詰める力

―こうした実践的な学びを通して、どのような人材を育てたいと考えていますか。

梶川:私たちが目指しているのは、環境に配慮しながら、ハードウェアとソフトウェアの両方を理解し、社会課題を解決できる技術者を育てることです。半導体技術は今やあらゆる産業を支える基盤技術になっています。だからこそ、半導体業界だけでなく、さまざまな分野で活躍できる人材を育てたいと考えています。
 もう一つ大切なのが、世界を見据えた視野です。技術革新は国境を越えて進んでいます。学生たちにも常にグローバルな視点を持ちながら学び、成長してほしいですね。

肥川:そうした技術者になるために、私が学生たちに身につけてほしいのが、「問題を見つける力」です。現状を当たり前と思わず、「もっと良い方法はないか」と問い続けることが、イノベーションにつながります。与えられた正解を覚えるだけではなく、自ら考え続ける姿勢を大切にしてほしいですね。

―では、この学科の学びには、どのような人が向いているのでしょうか。

肥川:やっぱり純粋にものづくりが好きな人ですね。

梶川:それは間違いないですね。

肥川:それに、好奇心も大切です。身の回りの電化製品やスマートフォンを見て、「中はどうなっているんだろう」「どうやって動いているんだろう」と関心を持てる人には、とても向いていると思います。知識の有無よりも、まずは知的好奇心があること。それが何よりも大切です。

梶川:あとは、何か一つでも夢中になれるものがある人ですね。最近の言葉で言えば「推し活」の熱量でもいいんです(笑)。好きなことを突き詰められるエネルギーは、研究を進める上で大きな力になります。技術は日々進歩していますから、「もっと知りたい」「もっとやってみたい」という情熱を持ち続けられる人は、研究にも向いていると思います。

―最後に、この学科が10年後、どのような存在になっていてほしいと考えていますか。

肥川:卒業生がさまざまな企業や研究の最前線で活躍し、「関西大学のグリーンエレクトロニクス工学科で学びました」と胸を張って語ってくれたらうれしいですね。彼らの活躍を通して、この学科の名前が社会に広がっていくことを期待しています。

梶川:関西大学は、日本で初めて「グリーンエレクトロニクス工学科」を開設しました。10 年後には、この考え方が広く定着し、他大学でも同じような教育が広がっていれば、それだけ社会に必要とされる学問を切り拓くことができた証しだと思います。私たちはその先頭を走りながら、多くの卒業生を世界の舞台へ送り出していきたいですね。



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<システム理工学部 学部長 梶川 嘉延 教授(写真左)>
梶川教授は、モノづくりが好きで、さまざまなことに興味を持ちながら積極的に挑戦できる学生を歓迎されています。アクティブノイズコントロール研究の第一人者として活躍する一方、趣味のヴァイオリンや中国語学習にも取り組むなど、幅広い分野への探究心を持ち続けています。その姿勢には、専門にとどまらず新しいことに挑戦し続けることの大切さが表れています。

<システム理工学部 グリーンエレクトロニクス工学科 学科長 肥川 宏臣 教授(写真右)>
肥川教授は、模型製作や電子工作などモノづくりを趣味とされており、最近ではパーゴラの製作にも挑戦されたそうです。完成した作品はご家族からも好評とのこと。
先生のそうした姿勢からも、モノづくりへの情熱と探究心の大切さが伝わってきます。

特集2 グローバル潮流を拓く 新学科と新たな知の創出

世界最先端を追究しながら、集積回路設計をもっと身近な技術へ

システム理工学部 グリーンエレクトロニクス工学科 教授 土谷 亮(つちや あきら)

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スマートフォンや交通系IC カード、ワイヤレスイヤホンなど、私たちの身の回りにあるさまざまな製品に欠かせない「集積回路」。その設計を専門とする土谷亮教授は、現実世界とデジタル世界をつなぐ「アナログ・RF 回路」の研究に取り組んでいます。
近年は、量子コンピュータの実現に向け、− 269℃という極低温環境で動作する回路の開発に挑む一方、集積回路をより身近な技術にするため、オープンソース化や自動設計技術の研究にも力を注いでいます。世界最先端を目指す研究と、技術の裾野を広げる取り組み。一見対照的に見える二つの挑戦の根底には、「集積回路の可能性を社会へ広げたい」という共通の思いがあります。その研究の最前線と、未来へのビジョンを伺いました。

小型化・省電力化を実現する集積回路技術の進化

―集積回路とは、どのようなものなのでしょうか。

 一言で言えば、小型化・軽量化・省電力化を可能にする技術です。かつて電子機器は、基板の上に多くの電子部品を並べ、それぞれを配線でつなぐことで動作していました。しかし、集積回路技術の進歩によって、それらを一つの小さなチップに集約できるようになりました。今や集積回路は、パソコンやUSB メモリ、カメラのイメージセンサー、交通系IC カードなど、身の回りのあらゆる製品に使われており、もはや使われていない製品を探す方が難しいほどです。

―スマートフォンの中身も、やはり大きく変わってきたのでしょうか。

 そうですね。昔の携帯電話では、通信機能や演算機能などをそれぞれ別々の部品が担っていましたが、最近のスマートフォンでは、それらが一つのチップに統合されています。その進化を突き詰めたのが、ワイヤレスイヤホンです。あの小さな本体の中には、通信や音声処理、バッテリー制御などの多彩な機能が高密度に集積されています。

―小さくすることが、なぜ省電力につながるのですか。

 部品を外に出さず、チップの内部で完結させると、圧倒的に省電力になるからです。基板の上の長い配線に比べ、チップ内部での電気の移動距離はマイクロメートル単位と極めて短く、わずかな電流で動作します。そのため、消費電力を大幅に抑えることができるのです。
 ただ、その実現には大きなハードルもあります。最先端の集積回路は製造コストが非常に高く、製造できる企業は世界で数社しかありません。その代表が台湾のTSMC(台湾積体電路製造( Taiwan Semiconductor Manufacturing Company ))で、現在、世界中の企業が限られた製造ラインを確保しようと競い合っています。

―それほど製造が難しいということですね。

 最先端のチップには、数十億個ものトランジスタが搭載されています。そして、それらが正しく動作するよう、膨大な数の素子や配線を一つのミスもなく設計しなければなりません。回路設計は非常に難しく、高度な技術が求められる世界なのです。

―土谷先生は、集積回路のどのような研究に取り組んでいるのでしょうか。

 私が取り組んでいるのは、「どう設計すれば性能を最大限引き出せるか」、そして「設計をどう効率化するか」という回路設計の研究です。集積回路の性能向上というと、製造技術の進歩による微細化が注目されがちですが、それだけではありません。まったく同じ製造プロセスを使っても、回路の配置や配線の工夫によって完成するチップの性能は大きく変わるのです。新しい製造技術を開発するのではなく、世界標準の製造プロセスの中でどこまで性能を引き出せるかに挑戦しています。

外界とデジタルをつなぐアナログ・RF 回路の役割

―具体的には、どのような回路を研究されているのですか。

 集積回路の世界は、大きくデジタル回路とアナログ回路に分かれます。コンピュータは0と1のデジタル信号で動いていますが、現実世界に存在する光や音、温度、電波などは、すべて連続的に変化するアナログ信号です。私が専門としているのは、アナログ回路の中でも、電波を扱う「RF( Radio Frequency )回路」です。RFとは、無線通信で使われる高周波の電波のこと。例えばスマートフォンがアンテナで受け取った電波は、そのままではプロセッサが理解できません。そこでRF 回路がその電波を受け取り、増幅や雑音除去などの処理を行った上でデジタル信号に変換し、プロセッサへ受け渡します。
 RF回路は、チップ全体の中では一部分に過ぎませんが、外の世界とコンピュータをつなぐ「架け橋」の役割を担っています。この部分の出来栄えが、システム全体の性能を大きく左右するのです。

―アナログ回路の設計には、どのような難しさがあるのでしょうか。

 アナログ回路設計は、今なおAI でも簡単には解けない複雑な問題です。難しさの理由の一つは、考慮すべき性能指標の多さにあります。増幅率、動作速度、消費電力、雑音など、回路によっては10 項目近い指標を同時に満たさなければなりません。しかも、「速度を上げれば消費電力が増える」といったように、多くの性能がトレードオフの関係にあります。加えて、同じ回路でも用途によって求められる性能が大きく異なり、設計に決まった正解がありません。
 デジタル回路では設計手法がある程度確立され、自動化も進んでいます。一方、アナログ回路では、こうした多くの性能を総合的に判断しなければならないため、人間の設計者に代わる仕組みは今も実現していないのです。

―まさに正解のないパズルですね。

 アナログ回路設計は、今でも「熟練の職人技の世界」と言われます。性能を極限まで引き出そうとすると、デバイスの物理的な構造を頭の中で立体的に思い描きながら配線を考える必要があり、実際の現場は、数式通りにいかない物理現象との戦いです。そこを突破するためには、長年培われた知見と、物理現象への深い理解が欠かせません。

量子コンピュータを実現する極低温集積回路への挑戦

―このアナログ・RF回路の知見を活かして、量子コンピュータの実用化を支える「極低温で動作する回路」の研究に取り組まれています。

 量子コンピュータは、現在、世界中で国家規模の研究開発が進められている次世代技術です。その実用化には、計算の中心となる量子ビットという素子の数を大幅に増やし、大規模な計算を可能にすることが不可欠です。
 私は現在、ムーンショット型研究開発事業のムーンショット目標6 のもとで進められている9つの研究プロジェクトのうちの1つに参画しています。プロジェクトでは20人以上のPrincipal Investigator(課題推進者)が役割を分担しながら、量子ビットの開発から制御回路の設計、アルゴリズム開発まで幅広く研究を進めています。その中で私は「量子ビットを制御するための集積回路」の開発を担当しています。
 量子ビットを制御する回路においても、集積回路の持つ小型化や省電力化という強みは大きな武器になります。しかし、ここには通常の電子機器にはない大きな壁があります。それは、−269℃という極低温環境で回路を動かさなければならないことです。

―なぜ、そこまで極限の低温が必要なのでしょうか。

 量子ビットが、熱やノイズに非常に弱く、常温では正常に動作しないからです。室温の熱そのものが大きな雑音になってしまうため、「希釈冷凍機」という絶対零度の一歩手前まで冷やせる特殊な装置の中で動かす必要があります。
 これまでは、希釈冷凍機の外にある測定器から、何百本もの高周波ケーブルを量子ビットに接続して制御していました。しかし、大量のケーブルを引き込むと、金属を通して外の熱が内部に伝わり、十分に冷やせなくなってしまいます。その結果、量子ビットの数を増やすことが難しくなるのです。そこで期待されているのが、希釈冷凍機の中に集積回路を配置し、量子ビットの制御を内部で行う方法です。できるだけ多くの処理を冷凍機の内部で完結させることで、ケーブルの本数を減らそうという考え方です。

―普通の集積回路とは、まったく条件が違うのですね。

 そうなんです。極低温集積回路には、量子ビットの制御に耐えられる超低雑音性能と、冷凍機の温度を上げないための超低消費電力という、非常に厳しい条件が求められます。しかも、これほどの極限環境で動く集積回路の研究例は、これまでほとんどなく、「トランジスタがこの温度でどう振る舞うのか」といった基礎データすら存在しない未知の領域でした。
 そこで、まず極低温環境における素子の挙動を理論と実測の両面から明らかにし、その特性のモデル化に取り組んできました。その知見をもとに、こうした環境でも安定して動作する回路設計技術の開発を進めています。こうした研究では、過去のデータで学習するAI に頼ることも難しく、チームの経験や議論を積み重ねながら、一つひとつ設計を進めています。

―現在、研究はどの段階まで進んでいるのでしょうか。

 各要素の試作と評価を繰り返し、必要な技術はほぼ出そろってきました。現在、それらを一枚のチップへ統合する段階に入っています。数年以内には、私たちが開発したチップを実際の量子ビットと接続し、実証実験を行う予定です。国内でも、この段階まで研究が進んでいるグループはまだ限られています。5年後には世界の先端グループに肩を並べ、その先で世界と競い合えるところまで持っていきたいと考えています。

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▲ 試作したチップを測定するためのプローバ

オープンソースと自動化で設計のハードルを下げる

―もう一つの研究テーマが、アナログ回路の自動設計技術の開発です。こちらは量子コンピュータとはまた違った方向性ですね。

 こちらで取り組んでいるのは、世界最高性能の回路を自動で設計することではなく、教科書に載っているような「標準的な回路」を、誰もが短時間で設計できるようにすることです。
 実際の集積回路では、すべての部分に最先端の性能が求められるわけではありません。一方で、どれほど基本的な回路であっても、製品の用途や重視するポイントに合わせた細かな調整は欠かせません。そこで、求められる仕様に応じて最適な回路を自動で設計できる技術の開発を進めています。
 例えば、ソフトウェアの世界では、ライブラリを利用することで、その仕組みを理解していなくても高度な機能を活用できます。それと同じように、必要な機能を選んで組み合わせるだけで、目的に応じた回路を設計できるプラットフォームの構築を目指しています。これによって、アナログ回路設計の効率を大きく向上させ、集積回路が今以上に活用される土台を築きたいと考えています。

―こうした設計技術の自動化が求められる背景には、どのような課題があるのでしょうか。

 背景の一つにあるのが、集積回路設計に必要な情報の多くが、長年、企業の守秘義務のもとで公開されてこなかったことです。製造技術や設計データ、回路の特性は企業の競争力そのものですから、簡単には外へ出せません。その結果、限られた人しか設計ノウハウを身につけられず、設計者が育ちにくい状況が続いてきました。さらに、設計ツールのライセンスは年間一億円近く、試作にも数百万円以上かかります。「やってみたい」と思っても、多くの人はスタートラインに立つことすらできなかったのです。

―そうした閉ざされた状況を変える動きも出てきているのでしょうか。

 数年前から、アメリカのGoogle( Google LLC )が主導して、古い世代の製造プロセスや設計環境をオープンにし、誰もが集積回路を学び、設計できる環境をつくろうという大きな流れが生まれました。
 私も早い段階からこの活動に参加し、日本国内のコミュニティづくりに携わってきました。現在は世界最大級の電気・電子分野の国際学会であるIEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers )でもオープンソース普及のための委員を務めており、設計コンテストや教材づくりなどを通して、世界中の研究者や学生が集積回路に触れられる環境づくりを進めています。

―研究だけでなく、教育や普及活動にも力を入れておられるのですね。

 そうですね。ただ、情報をオープンにしただけでは十分ではありません。いくら設計環境が整っても、アナログ回路設計には今も多くの暗黙知が残っており、熟練技術者の経験に頼る部分が少なくないからです。だからこそ、そうした職人技を言語化し、誰もが利用できる形にする自動設計技術が重要なのです。

―具体的には、どのような分野や企業での活用を期待されていますか。

 大学や研究機関での利用はもちろんですが、私は中小企業による活用に大きな可能性があると考えています。例えば、小型センサーや医療機器を開発している企業には、「この機能をチップ化できれば、もっと小さく、軽く、省電力にできるのに」という優れた技術が数多くあります。自動設計によって開発コストを下げられれば、こうした企業も独自のチップ開発に挑戦しやすくなります。
 実際、オープンソース化が始まった当初に強い関心を示したのは、航空宇宙分野でした。人工衛星では、数グラム軽くなるだけで打ち上げコストが大きく変わります。何千万円もの投資は難しくても、数百万円でチップが試作できるなら挑戦したいという企業は少なくありません。
 さらに、集積回路は消費電力が極めて小さいため、外部から受けた電波だけで動く「バッテリーレスセンサー」も実現できます。家畜の健康管理や高齢者の見守り、農業や海洋環境のモニタリングなど幅広い分野で活用でき、特に土壌や海洋のような電池交換が難しい環境では大きなメリットがあります。
 また、集積回路は小型化や省電力化によって、システムそのものの消費エネルギーだけでなく、製造や輸送に伴うエネルギーの削減にも貢献します。自動設計によって集積回路の活用が広がれば、新たな応用分野を生み出すだけでなく、グリーン社会の実現にもつながると考えています。

―アナログ回路の自動設計は、今後どこまで進化すると考えていますか。

 将来的には、かなりの部分が自動化されるだろうと考えています。ただ、現在主流の「大量のデータを集めて学習する」というAI のやり方だけでは難しいとも感じています。アナログ回路は考慮すべき条件があまりにも多く、単純な力技では解けません。物理現象への深い理解や熟練者の知見をどうAI に取り込んでいくか。そこに新しいアプローチが必要になるのだと思います。
 実際、国際会議でも「AI は本当に回路設計を変えるのか」という議論が盛んに行われており、まだ結論は出ていません。しかし、人間はこれまでも難しい課題をいくつも乗り越えてきました。だから私は、「いつか誰かがきっと解決してくれる」と楽観的に捉えていますし、その実現に少しでも貢献できたらうれしいですね。

専門家だけのものから誰もが自由に使える技術へ

―自動設計やオープンソース化の先には、どのような未来を描いていますか。

 私が目指しているのは、集積回路の「民主化」です。集積回路設計を一部の専門家だけのものにするのではなく、もっと身近な技術にしたいと思っています。
 3Dプリンターが登場したことで、誰もが自宅でオリジナルの部品を作れるようになりましたよね。集積回路も同じです。「こんなチップがあったら面白い」という個人の発想を、専門的な知識がなくても気軽に形にできる世界をつくりたい。極端なことを言えば、小学生が夏休みの自由研究でチップを作るような未来が来てほしいと思っています。
 今の子どもたちは、大人に教わらなくてもYouTubeを見ながら「マインクラフト」の中で複雑な論理回路を作って遊んでいます。集積回路も、最初は難しい物理を知らなくていいんです。ボタンを一つ押せば、自分だけのチップが数か月後に届く―。そんなワクワクする体験から始まってもいいはずです。
 子どもたちが自由な発想で集積回路に触れられる環境ができれば、大人には思いもつかないようなアイデアが生まれるかもしれません。そして、その中から将来、量子コンピュータのような最先端技術を担う研究者や技術者が育ってくれたら、これほどうれしいことはありません。

―そうした未来の実現に向けて取り組まれている量子コンピュータとアナログ回路の自動設計という二つの研究には、どのような共通点があるのでしょうか。

 二つに共通しているのが、誰もが使える「設計基盤」をつくることです。量子コンピュータの研究では、これまで手探りだった極低温環境での回路設計について、再現性のある設計手法の確立を目指しています。一方、アナログ回路の自動設計では、熟練者のノウハウを言語化・自動化し、より多くの人が最初の一歩を踏み出せる仕組みづくりに取り組んでいます。
 世界最高レベルの性能を追究しながら、誰もが集積回路の設計に挑戦できる環境をつくる。この両輪を全力で回していくことが、未来の日本の科学技術を支えると信じています。なにより、楽しそうなことは、とりあえず全部やる。それが私のスタンスですからね。



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<プロフィール>
趣味のお菓子作りでは、これまで多くの作品?を手掛けてこられた土谷先生。今回は特別に、その中からお気に入りのものを写真でご披露いただきました。
レシピ本などを参考にしながらも、ご自身ならではの工夫を加えてアレンジされることも多いとのこと。 研究だけでなく、お菓子作りにも豊かな発想と深い造詣が感じられます。

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