骨粗鬆症に新たな治療法の可能性~ポリリン酸エステルの効果とは~
岩﨑泰彦(化学生命工学部 化学・物質工学科 教授)
(2024年07月30日)

1.概要
- エストロゲンを担持したポリリン酸エステル(E2-PPDE)を合成しました。
- 本論文では、骨粗鬆症にともなう骨吸収にE2-PPDEがおよぼす影響を調査しました。
- E2-PPDEが骨芽細胞の分化を促進し、破骨細胞の分化を抑制することをin vitro試験で明らかにしました。
- E2-PPDEをマウス尾静脈より注入したところ,骨組織に集積することが認められました。
- 骨粗鬆症モデルマウスにE2-PPDEを尾静脈投与することで、骨吸収が顕著に抑制されることが明らかとなり、骨粗鬆症の予防や治療への応用の可能性が示されました。
2.背景
世界的に人口高齢化が進む中、健康寿命の期間を引き延ばすことは喫緊の課題です。高齢者が健全な生活を失う第一の原因は運動器疾患で、これには骨組織の脆弱化が起因しています。骨強度の指標となる骨密度は30〜40歳をピークとしてその後年齢とともに減少しますが、この傾向は女性の方が男性に比べ顕著で、これはエストロゲンの急激な枯渇が一因となっています。骨はリモデリング*1によりその恒常性を保ち、古い骨は破骨細胞によって吸収され、新しい骨が骨芽細胞によって形成されています。このリモデリングのバランスを維持するためにエストロゲンは重要な役割を担います。エストロゲンが枯渇すると、骨吸収が骨形成を上まわり、骨吸収が亢進されるため骨粗鬆が進行することが明らかになっています。我々は、最近、骨の主成分であるアパタイトに強い親和性を有するポリリン酸エステル(PPDE)の合成に成功しました。PPDEはアルコールを重合開始剤として得られ、PPDEの末端に開始剤が必然的に担持されます。そこで、エストロゲンの一種であるエストラジオール(E2)を開始剤としてE2-PPDEを合成しました。本論文では、骨粗鬆症にともなう骨吸収にE2-PPDEがおよぼす影響を調査しました。
*1 骨のリモデリング:骨は、2種類の細胞の働きにより常に古い骨を壊し、新しい骨を作る入れ替えが繰り返し行われている。これを骨の代謝、リモデリングという。 |
3.成果
17-吉草酸β-エストラジオールを末端に有するE2-PPDE(図1)は、水に易溶の粉末状固体として得られました。E2-PPDEが骨芽細胞および破骨細胞の分化に与える影響をin vitroで評価したのち、骨粗鬆症モデルマウスを用いたin vivo試験も実施しました*2。
図2は破骨細胞分化の様子を示しています。マウス骨髄由来単核球 (BMNC)は破骨細胞分化因子(RANKL,M-CSF)を含む培地中で所定期間培養することにより細胞融合し、破骨細胞に分化します。分化培養した結果を示しています。図2に見られる巨大な多核細胞が破骨細胞です。E2-PPDEを培地に添加することにより多核細胞の形成は抑制され、その傾向はE2-PPDEの濃度にともない顕著に認められました。すなわち、E2-PPDEによって破骨細胞の形成が抑制されることがわかりました。一方、骨芽細胞の分化はE2-PPDEを添加することにより促進されました。これらの結果から、E2-PPDEが骨リモデリングを司る細胞に作用し、これらの機能を制御する可能性が示されました。
図2 E2-PPDEが破骨細胞分化に与える影響
続いて、卵巣を摘出した骨粗鬆症モデルマウスに2週間間隔でE2-PPDEを3回尾静脈注射し、最後に注入してから2週間後に骨組織を観察しました。図3は大腿骨遠位部ならびに脛骨の切片像です。写真の青色は細胞の核、緑色はE2-PPDEをそれぞれ示しています。E2-PPDEは海綿骨*3および皮質骨*4双方に認められました。特に、皮質骨中には緑の3本線が確認でき、E2-PPDEの投与回数と合致したパターンが観察されました。このことはE2-PPDEが吸着した表面で骨形成が起こっていることを示唆しています。
図3 E2-PPDE投与後の非脱灰骨切片像
最後に、E2-PPDEの注入による骨量の変化について示します。図4は図3と同様にE2-PPDEを3回投与してから2週間後の大腿骨遠位部のCT像になります。Sham(偽手術)群に比べ、卵巣摘出マウスの骨量は著しく減少していることがわかります。一方、E2-PPDEを注入した群の骨量はSham群よりも多く、卵巣摘出による骨吸収が抑制されていることがわかります。すなわち、E2-PPDEがエストロゲンの減少を補填する可能性が示唆されました。E2-PPDEは骨以外の組織集積性は認められず、高選択的にエストロゲンを骨に輸送できることも明らかになりました。E2-PPDEの作用機序の解明については更なる検討が求められますが、本研究により、骨粗鬆症の予防や治療に資するポリマー医薬を提案することができました。
*2 本実験は関西大学動物実験委員会の承認を得て行いました。 *3・4 骨は、表面の硬い骨皮質と内部の網目状の海綿質のいう部分の2層構造からなっています。 |
図4 大腿骨遠位部のCT像
論文情報 論文名:Suppression of bone resorption in ovariectomized mice using estrogen-immobilized polyphosphodiesters (エストロゲン担持ポリリン酸ジエステルによる骨粗鬆症モデルマウスの骨吸収抑制) 著者名:Y. Iwasaki, S. Fukaura, S. Mabuchi, Y. Okuno, A. Yokota, M. Neo 雑誌名: Materialia DOI: 10.1016/j.mtla.2024.102166 公表日:2024 年 6 月 28 日(オンライン公開) |
◆著者プロフィール 岩﨑泰彦(化学生命工学部 化学・物質工学科 教授) 1995年日本大学大学院理工学研究科博士前期課程修了,1998年 博士(工学). 2013年 日本油化学会 オレオサイエンス賞,2020年 日本バイオマテリアル学会賞(科学),2020年 Fellow of Biomaterials Science and Engineering. |
◆研究室情報 生体材料学研究室 |