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ピースおおさか見学と大阪城戦跡巡り(校外学習)

 本校の人権教育は、「生徒一人一人が独自の存在であると認められ、人間らしく生き生きと光り輝く生き方をしていくように教育していくこと」を目標に、各学年のテーマに沿って人権ホームルームを中心に取り組んでいます。第2学年では「公平な社会に目を向ける」をテーマに、いじめを含めたさまざまな社会的差別や、戦争・紛争について学んでいます。2学期短縮授業の最終日には、ピースおおさか見学と大阪城戦跡巡りの校外学習に出かけました。この校外学習は、第3学年時に沖縄県で行われる研修旅行に向けた平和学習の事前学習として、まずは大阪に残る戦跡から戦争の悲惨さや戦争の非人間性を実感すると共に平和の重要性を考える機会にすることを目的として例年行っています。

 最初に全員でピースおおさかに入館し、昭和20年の終戦間際に大阪城周辺に大きな被害が出た「大阪大空襲」についての映画を鑑賞しました。その後、3クラスずつに分かれてピースおおさか見学と大阪城戦跡巡りを行いました。ピースおおさかの特別展示室では特別企画展「ピースおおさか収蔵品展Ⅱ~モノ語り"寄贈者ノ声ヲ聞ケ"~」から、戦時の生活の様子や特攻隊、沖縄戦について学びました。展示室Bでは「15年戦争」を中心に展示を見学し、展示室Aでは「大阪大空襲」で使用された1トン爆弾の複製模型や空襲の規模の大きさ、被害に遭われた方々の証言を見ながら、なぜ大阪城周辺が空襲されたのかという理由を展示資料から考えました。また展示室Cでは「運命の日時計」から核兵器の恐ろしさと世界の平和について学びました。大阪城戦跡巡りでは、大阪観光ボランティアガイド協会の火曜日班のみなさまに案内をお願いしました。太平洋戦争時に大坂城前に旧陸軍第四師団司令部が、また京橋付近に大阪陸軍造兵廠(大阪砲兵工廠)が設置されたことや、昭和20年には本土空襲に備えて司令部から大阪城のお濠の下を通って大阪城外へ脱出できる地下壕が掘られたことなどをガイドさんからお話しいただきました。大阪大空襲時に大阪城に爆弾が落とされたためにずれてしまった石垣や、石垣にあけられた機銃掃射の跡などを案内していただくと、生徒達から驚きの声が上がりました。また、戦争の生々しい傷跡を見るにつれ、言葉が少なくなっていく生徒もいました。

 今回の学びは、生徒達の心に改めて平和のありがたさと大切さを強く感じる機会となったようです。引き続き、平和・人権学習に丁寧に取り組んでいきたいと考えています。

 以下に、生徒達の感想を紹介します。

「大阪大空襲を体験した方たちの体験談などから、戦争の恐ろしさや悲しさが伝わってきて、戦争はあってはならないものだと改めて感じました。現在の運命の日時計が5分となっているので、これから核廃棄の実現や環境問題への取り組みが進んでほしいなと思いました。また大坂城周辺に戦争の傷跡があるなんて思ってなかったので驚きました。戦争は多くの犠牲者や被害をもたらし、多くの人々の心に永遠に焼き付けられるので、とても醜いものだと思いました。平和というものがどれだけ素晴らしいことなのかを改めて感じることができました。」

「大坂城へは小学校の遠足で1回行っただけなので、こんなにも戦跡が残っていたなんて全然知りませんでした。今回初めて見た1トン爆弾の複製模型を見たとき、その大きさ、破壊力に声が出ませんでした。なんて言葉にあらわしたらいいのか、今でもよくわからないです。当時の方たちは、毎日空襲におびえ不安だったことを思うと、今の時代に生きている私たちは幸せすぎると思いました。今日見たり聞いたりしたことは、これから先、忘れてはいけないと思いました。」

「今回の校外学習で、戦争の中身は知らなかったので、知ることができて良かったです。とても多くの被害があって、沖縄という小さな島の中でこれだけの大変なことがあって、本土の身代わりになってしまったことは、かわいそうだと思いました。」

「14歳から陸軍や海軍に志願できて、そんなことをする人なんているのかと思ったけど、国民のほとんどが戦争に賛成させられて、戦争そのものも恐いけど、そう思わせる国家の考えはもっと恐いと思いました。」

「改めて平和は本当に尊いものだと思いました。戦争に行った軍人さんや被害にあった民間人の方にもそれぞれ家族があり、みんな心配して待っているので、命は大切だと思いました。"The Two Mules"のパネルが訴えるように、世界中のみんなが命を大切にしてお互いに仲良くしたら、戦争という悲しいことは起こらないと思います。この時代では「特攻隊」のように国のために命がけで戦うことが当たり前のことだったことにびっくりしたし、今では考えられないと思いました。昔の方々がこんなに頑張って下さったおかげで今私たちが生きているので、私たちはもっと命を大切にして戦争の悲しさを次の世代に伝えていかないといけないと思いました。」

                                                            以上

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