文学部教員コラム
『ビートルズ老子を歌う?』
中国語中国文学専修 教授 二階堂 善弘
『老子』といえば、『論語』と並んで有名な中国の古典であり、道教でもっとも重んじられる経典の一つである。さてビートルズの曲にこの『老子』が引用されていると言ったら、驚くだろうか?
正確には、ビートルズ名義ではあるが、ジョージ・ハリスンが作った「ジ・インナー・ライト」という曲がそれである。かつてのレコードではシングル「レディ・マドンナ」のB面に収められていた。いまは「パスト・マスターズ2」というCDに収録されている。ジョージはビートルズ時代、インド音楽に傾倒し、いくつかのインド風の曲を発表しているが、これもその1つだ。
ドアから一歩も出なくても、世界のすべてのことを知ることはできる。
窓から外を見なくとも、天の道を知ることは可能だ。
遠くへ出かけるほど、得られる知識はむしろ少なくなる。
(道を体得した者であれば)旅行などせずに、どこでもたどり着ける。
ことさらに見なくても、なんでも知ることができる。
何もなさなくても、すべてを行うことができる。
歌詞をそのまま引用するわけにいかないので、ちょっと拙い超訳で示すが、これはつまりは『老子』第47章の文章である。漢文を読み下すと次のようになる。
戸を出(い)でずして天下を知り、?(ゆう)を窺(うかが)わずして天道を知る。
その出(い)づることいよいよ遠ければ、その知ることいよいよ少(すくな)し。
ここをもって聖人は、行かずして知り、見ずして名づけ、為さずして為す。
もちろんジョージ・ハリスンが原文を読んでいたわけではない。これは『老子』の英語訳から取ったものである。
欧米では、かなり『論語』だの『老子』だのといった古典については、われわれ日本人が考えるよりよく知られているのだ。またこれらはかつてポップカルチャーの文脈でもよく使われた。そう考えると、東洋思想に興味があったジョージがこの文章を引用するのは、別に不思議でも何でもないのだが、ただ意外に知られてないようなので、ちょっと紹介した次第である。 そういえば、ジョン・レノンも「ゴッド」という歌の中で、「バイブルを信じない」「ブッダを信じない」など、いくつも「信じられない」ものについて言及した後、「ボクは『易経』は信じない」ともいっていた。これは別にあちらに易者がいるわけではなく、たぶん占いに使うカード式の「易」のことを指していると思う。
意外にこういったポップカルチャーと東洋古典の接点は多いのである。堅いばかりが漢文じゃないのだ。


