文学部教員コラム
『関関戦(サッカー)によせて』
身体運動文化専修 教授 武智 英裕
関関サッカー定期戦が、復活されてより今年で第52回を迎える。大変輝かしいことである。重ねられたこの回数もさることながらその歴史を顧みるにつけ、この間両校が、学生サッカーの雄として常に鎬を削り合ってきたことに、今更ながら歴世の重みを感ずる。 このところの、わが国をとりまくサッカー界の動向、事情のなかで、大学サッカーも様変わりしてきてはいる。特に、戦いの中心志向がリーグ戦や選手権へと傾き、クラブの目標がリーグ戦・選手権の優勝・制覇に向けられて、普段の練習や活動がなされている。この傾向を否とするわけではないが、一方で時として対抗戦・定期戦との温度差が見え隠れする。 勝負の世界にあって試合に勝つことは素晴らしいことである。しかし、勝つことを総てとせず、勝利への執念を通して勝者が真の室力者となるため、自らを鍛え、磨き続けようとする「ひたむきな姿勢」に勝るものはない。 定期戦には長い間に培われた真のライバルとしての「意地と誇りをかけた戦い」がある。「負けてたまるか!」と、勝つというより「負けるわけにはいかない戦い」に関関サッカーの「らしさ」がある。そしてまた、そこにはリーグ戦や公式戦にはない「計算を許さない勝敗の重み」を覚えると同時に、伝統校の持つ真の友情と闘魂に満ちた学生サッカーの爽やかさを感じる。 私は、常々定期戦が単なる年中行事で終わってならぬと思っている。東の早慶戦、西の関関戦は学生スポーツの華であることに今も昔も変わりはない。むしろ、今だからこそそうあって欲しいのである。


