村上  喜貞

(1884〜1945)

教授 英文学

明治17年(1884)3月15日大阪に生れる。
北野中学校から第三高等学校を経て、明治41年、東京帝国大学文学部英文科を卒業した。翌年帰阪し、第三仏教中学の教員をしながら京都帝国大学大学院に進む。 明治43年、平安中学校に転じ、同年12月、北野中学校の教諭となる。翌年真宗京都中学校に転職。
 関西大学との関係は、大正3年、講師に迎えられた時に始まる。大正10年に教授となり、大正14年には法人協議員に選ばれた。昭和2年から約2年間、英文学及び西洋文化史研究のため欧州各国に留学。昭和9年、予科長に就任、10年間の永きにわたって予科の運営に尽くし、名予科長の誉れ高かった。昭和19年3月に定年退職。その後も引き続き、非常勤講師として教壇に立った。 昭和20年(1945)2月1日没した。60歳。