デンマーク・オールボー大学への研究留学滞在記

研究 欧州留学体験記2023/03/31

基本情報
氏名 :白石 順哉 (Ph.D.)
所属 :関西大学大学院理工学研究科博士課程後期課程3年(留学当時)
:Dept. of Electronic Systems, Aalborg University, Denmark(現在)
滞在期間 :2022年4月1日~2022年9月29日
滞在先大学:デンマーク・オールボー大学
専門 :無線通信工学(IoT機器の省電力化)

 


研究留学体験記


1.    はじめに
 私は2022年4月から同年9月末までの半年間,デンマーク・オールボー大学への研究留学を経験しました.本体験記を執筆しているのが2023年3月,早くも6カ月の月日が流れていることに驚かされます.思い返してみても,デンマーク・オールボーの街での生活,オールボー大学に通い研究生活を通して得たものを計り知れず,幸せな時間であったことは間違いありません.本稿では,当時博士課程後期課程に在籍していた私のレンズを通して見た研究留学や国際共同研究の魅力,研究留学のイメージを,読者の皆さん(博士課程後期課程の学生さんを想定)と共有できたらいいなと考えています.
 本稿の構成は以下の通りです.第2節では,デンマーク・オールボーでの生活について紹介します.第3節では,半年間にわたるオールボー大学での研究生活を紹介します.そして第4節では研究留学を通した国際共同研究について具体的なエピソードを交えて紹介します.最後に第5節にて研究留学で得たことをまとめ,本稿を総括します.

 

 

2.    デンマーク・オールボーでの生活


2.1    美しき街並み
 2022年4月1日日本の成田空港を出発しパリ,シャルル・ド・ゴール国際空港で一泊,アムステルダム・スキポール空港で乗り継ぎ,4月2日午後,オールボー空港に私の搭乗していた飛行機が到着しました.初めてみたオールボーの街並み,大荷物を抱え乗り込んだタクシーの窓から見える景色は,美しく心を躍らせる景観で,この都市で半年間生活ができるのだとのワクワクした気持ちだったのを覚えています.


2.2    英語でのコミュニケーションについて
 研究留学し,英語を母国語としない様々な国の出身の人と話すにつれ,いろんな種類の英語があることに気が付かされます.母国語によって英語の発音のクセというのは少なからずあります.最初のうちはこのアクセントの違いに大変戸惑いました.簡単な英語であるはずなのに相手の話している言葉を認識できないことが多々あります.勿論,逆も然りです.私のしゃべる英語はJapanese-based Englishと言えるでしょう.ただこうした発音に関してはそこまで気にする必要がないと思います.多少の誤りがあっても文脈によって補間・理解して貰えます.私の滞在した環境が良かったこともありますが,最初の数週間を除いて英語で苦労することはありませんでした.特に研究に関連する専門的な話であれば,お互いに共通で理解している言葉,前提があるので非常にスムーズに話が進みます.簡単な日常会話も別に問題がありません.難しいのは,専門的ではないが,教養等が必要となる高度な会話です.これは英語の問題というより,知識・教養の問題です.


2.3    英語を使わざるを得ない状況
 4月中旬のこと,私は地下にある博物館に1時間程閉じ込められました.閉じ込められたというのは正確ではありませんが,地上へ上がるためのエレベータを開けるためのタッチボタンを認識できなかったのです.この博物館に入るには地上にある機械にカードで支払いをしなくては入ることはできません.当時,博物館には私しかおらず,地上から人が来る気配すらありません.次第に焦りを覚え,なんとか見つけた近くの歴史博物館の電話番号,私はそこに電話をしました.もうそれは必死になって英語で事情を説明し,脱出できないのだと訴えました.英語を使わざるを得ない,それしか道はない状況でした.結果的に,その歴史博物館のスタッフの方が駆けつけてくれ事なきを得ました.少しヒヤリとするエピソードではありますが,とりあえず英語を使用できれば生活できるそういった自信にもつながりました.


2.4    Aalborg Karneval
 デンマークに来て驚いたのは誰もマスクを着用していないことです.半年間の間久しぶりに私もマスクなしの生活を送りました.食堂でも向かい合って普通に食事をしており,飛沫防止シートのようなものも一切ありません.日本でのCovid-19以後の生活に慣れていた私にとって衝撃的なことが多々ありました.その一つとして毎年5月に開催される「Aalborg Karneval」が挙げられます.図1にAalborg Karnevalの様子を示しています.仮装したたくさんの人がお酒を台車等で運びながらオールボーの街を闊歩しています.ノリノリの音楽に合わせ大量の群衆が最終地点に向けて一斉に移動する様子は壮観です.興味がある方はYoutube等で検索してみてください.私も一部でありますが,見物してきました(図2参照).
 
図 1 Aalborg Karnevalの風景

図 2 Aalborg Karnevalを見物する著者

※写真は本文末に掲載しています。

 

2.5    ワーク・ライフバランス
 日本と異なりデンマークでは,昼の16時頃からオフィスに残っている人が極端に少なくなります.こちらでは例えば16時に仕事を終え,子供を迎えにいったり,家族との時間を過ごしたりするとのことです.遅くまで残っていて,仕事をすることもできますが,日本とは異なり,その態度は一切評価されません.むしろ,仕事ができない人だと認識されてしまいます.日本では,夜遅くまで研究室で研究をすることが多い私でしたが,こちらでは無理をしてでも16時から17時にはオフィスを離れ,帰宅するように順応に努めました.さらに日本では土日関係なく研究室に赴き研究活動を行っていましたが,こちらでは土日は論文の執筆やプレゼンテーションの資料作成など自宅でできる仕事のみを行い,極力研究以外のことをし,リラックスするように心掛けました.このように時間の使い方を改め,研究を行う時間に制限を設けると,その限られた時間を如何に最大限に活かすかを考えざるを得なくなります.何も考えずいたずらに日々を過ごすのであれば,時間はいくらあっても足りませんが,自分でしっかりデザインし効率的な時間の使い方をすれば,思っている以上に仕事をこなすことは可能であることに気が付きました.日本の文化ではなかなか難しいところもあるかもしれませんが,私がデンマークで学んだのはこのようなワーク・ライフバランスに基づく時間の使い方です.


2.6    研究者に囲まれた生活
 研究留学中,私はPh.D.の学生,ポスドク,助教授など研究者のみが生活しているアパートで半年間を過ごしました.アパートですれ違えば,アイコンタクトを取り,「Hej」(こんにちは)と挨拶をします.自宅に戻っても少し離れた場所で研究者が生活している,そんな環境で生活できたのは,心地よいものでした.
 自宅・オールボー大学間はバスで移動します.バスの中では,国際会議の締め切り,論文投稿など研究に従事しているのであろう方々の会話をよく耳にしました.ある時には,発音からインド系の方でしょうか,後ろの座席で,情報理論に関連する最適化に関して朝8半時くらいのバスの中で議論している声が聞こえてきました.英語とはいえ研究に関連する話だと自然に耳に入ってきてしまうから不思議なものです.
 このように,私の研究留学中,研究者に囲まれた生活を送ることができました.

 


3.    オールボー大学での研究生活


3.1    オフィスの雰囲気
 私はデンマーク・オールボー大学 Petar Popovski教授の研究グループ(Connectivity section: CNT)にGuest Ph.D. studentとしてメンバーとして加えていただきました.CNTは博士後期課程以上の研究者(ポスドク,助教授,准教授,教授を含む)で構成されており,留学当初はポスドク7名,博士後期課程の学生15名が在籍していました.メンバーの出身地は多様性に富んでおり,具体的には,デンマーク,イタリア,スペイン,メキシコ,中国.ベトナム,ネパール,ブラジル,ウクライナ,など,様々な国の研究者が集まる国際色豊かな研究環境でした.教授,准教授はそれぞれ自身の個室を持ち,助教授,ポスドク,Ph.D.の学生は部屋の大きさに応じて2から6名程度でオフィスをシェアします.最後に大きめの部屋がGuest Ph.D. student等の客員研究員用に用意されていました.CNTメンバーのオフィスは全て同じ建物内の同一フロアにあり,部屋を出てすぐ近くに他の人のオフィスがあります.議論をしたければオフィスのドアをノックして気軽に議論を開始する,そういった自由に議論ができる雰囲気がありました.私のオフィス(Guest Ph.D. student用の部屋)を一歩外に出ると,すぐ隣の右側にコーヒーマシーンがあります.本研究グループ専用のマシーンで,Guestも含めCNTのメンバーは自由においしいコーヒーが飲めます.アメリカンコーヒーやエスプレッソ,カフェラテなど選択肢も豊富です.私も,朝オフィスに到着したら先ず一杯,昼食後にも一杯は必ず飲み,一日あたり5杯,大変お世話になりました.オフィスを出て真正面には大きなテーブルがあります.私が滞在した当時はそこで,研究ミーティングが頻繁に行われていました.毎週月曜日には,その大きなテーブルの上に果物(バナナとリンゴ)が置かれています.図3に示すようにバナナは大量にあるのですが,非常に競合が激しく,水曜日の午前中には全て無くなっています.ちなみに,木・金にはバナナがテーブルから無くなることを学習した私は毎週木曜日朝8時から自宅近くのスーパーREMA1000でバナナを調達してから,大学へ向かうことを習慣にしていました.


図3 バナナとリンゴ

※写真は本文末に掲載しています。


3.2    同世代のPh.D.の学生との交流
 前述したように私は,Guest Ph.D.用の比較的大きな部屋で研究をすることができました.本オフィスは様々な国からのVisiting Scholarが使用しており,私の滞在中には中国からきた博士課程の学生,インド,トルコからのインターン生,ブラジルからの博士課程の学生などと部屋を共有しました.同じPh.D.の学生であり年齢も近く,オフィスではよく雑談をしたのを覚えています.それぞれの国の文化,食べ物や考え方,言語,教育システム,博士課程ならではの話とかもしました.博士課程進学後,研究室の同期は全員就職したこともあり,久しぶりに同期と話しているような感覚を覚えました.同じ日本語を話していても,立場や境遇が異なれば分かり合えないことは多々あります.それはある意味寂しさを伴います.一方,英語とはいえこうして意思疎通をできる,これは大変幸せであるとともにコミュニケーションとは何かを改めて考えさせられるものでした.
 研究に関しては,オフィスの時間の使い方が変化したことを除けば,基本的には,日本と同じように進めました.例えば,我々の部屋には一つ大きなホワイトボードがあり,私はよくそれを用いてモデルの構築や理論解析について考えたりしていました.毎日のようにホワイトボードに異なる内容が記述されていることから,インドからきたインターンの学生に「昨日あなたがオフィスに来たがどうかはホワイトボードをみればわかる」と言われました.それ以外は例えば,机に向かい論文を読む,執筆,スライド・シミュレーションの作成など研究を行います.また天気が良ければ毎日のようにキャンパス内の散歩にも出かけました.
 上述したように研究留学生活を送っていましたが,やはりオフィスに毎日通い,そこでポスドク,Ph.D.の学生達と一緒に研究できたのはとても刺激的で幸せな日々であったことは間違いありません.自身の机で論文を読んだりしていると,部屋の外でホワイトボードを使い研究討論をしている様子が視聴覚を通し認識されます.また皆さん当たり前のように,国際会議や論文誌投稿用の論文を執筆しています.こういった姿を目にすると内なる闘志に火が付き,私も負けじと研究には熱が入りました.


3.3    ランチタイムとコーヒーブレイクの時間
 こちらでの研究生活をする中で驚いたことの一つとしてランチ時の文化,コーヒーブレイクの時間があげられます.まずランチ時についてですが,12時になると,各自オフィスから出てきて廊下に集まり,全員で食堂 (Kantine)へ移動します(徒歩5分程度).Kantineでは,各自自分の好きな食事を皿に入れ,グラム数に応じた額の支払いを済ませたのちテーブルへと移動します.ちなみに,一回あたりの昼食代はいい値段になります.デンマークでは消費税が25%であることに加え,物の値段がとにかく高い,日本での生活に慣れているとかなり驚くことになると思います.さて,食事に関してですがこちらでは同じグループのメンバー,すなわち,CNTに属する博士後期課程の学生,ポスドク・助教授・たまに准教授や教授も同じテーブルで食事をします.おそらく自炊の方が安上がりだと思いますが,せっかくの貴重な機会を失ってたまるものかと,昼食は毎日Kantineで取りました.
 ランチ時の会話は,様々なテーマで話が為されます.科学的な知識は勿論のこと,歴史,宗教,文化,国際情勢を含め広く興味関心を持っておく必要があります.勿論,自国について知識・教養も必須です.多岐に渡る話題があるため学びになる一方,自国の文化等について上手く説明できなかったり,話を理解できなかったり悔しい思いもします.もっと国際レベルの教養を高めていかなければなりません.
 食後は,すぐに仕事に戻るわけではなくオフィスへ戻り前述したコーヒーマシーンで注いだコーヒーを飲みながら雑談をします.誰かが持ってきたケーキなど甘いものがある時は,テーブルを囲うように座り,少し長めにコーヒーブレイクの時間が取られます.ブラックジョークのようなものも結構飛び交ったりしていました.コーヒーブレイクが終わるとみんな自分のオフィスへと戻り,リラックスモードから切り替え研究活動を再開します.オン・オフのメリハリをつけて研究に取り組み,16時には帰宅する,そういった文化がありました.ちなみに私は食後どうしても眠くなるため,コーヒーブレイク後は,キャンパス内の散歩によく出かけました.


3.4    Social 活動
 研究留学中は同じ研究グループの方とのSocial活動にも参加させていただきました.4月には,脱出ゲームやレーザーを用いたShooting Gameをグループメンバーと行いました.Shooting Game では2つのチームに分かれ,自分自身が相手に撃たれないように隠れながら敵をレーザーで倒すというもの.いわゆるサバイバルゲームのようなもので,これが非常に楽しい.久しぶりに走り回りました.他にも,オフィスでの研究活動終了後,city centerにあるボードゲームカフェに行き,世界中の有名なボードゲームを行ったりもしました.それから,同じオフィスで仕事をした3名の中国出身の博士後期の学生に家に招待してもらい,Hot Potという伝統的な食事をご馳走してもらいました.

 

 

4.    国際共同研究


4.1    導入
 本研究留学の最も大きな収穫は,国際的な研究環境での日々の生活を通じ,国際研究を行うために必要な力を強く認識するようになったことと,国際研究を行い,成果を上げ,論文執筆し採択されるまでの一連の経験を積むことができたことです.本節では私の国際共同研究の体験を紹介したいと思います.研究留学中,ポスドク(留学当初はPh.D. defense待ちの博士課程後期の学生)のAnders,助教授であるFederico,Israel,派遣先指導教授であるPetar教授,そして私の博士課程の指導教官である四方教授の計6名で国際共同研究に取り組みました.


4.2    国際的な環境で研究する上で乗り越えるべき壁
 忘れもしない2022年4月4日(月)私は,午前10時ごろに初めてオフィスに赴きました.初めての環境で,お土産あるのでよかったら食べてねといいながら研究グループのそれぞれのオフィスを訪問しました.その日の午前中お世話になるPetar教授とお会いし,午後14時頃に私の研究計画に関してプレゼンテーションを行うことになりました.参加者は,私,Petar教授,Israel,Federicoの計4名,ミーティング中はたくさんの意見・アイデアを出してくれました.どちらかが意見を言った後,それが終了するや否や重ねるように意見が発せられます.正直非常に難解でした.第一に話される英語には彼らの母国語であるスペイン,イタリア語の訛りがあり,(慣れれば問題なくなるが),一つの言葉を理解するのにある程度遅延を要することに加え,内容も非常にレベルが高くその理解にも時間を要します.これらの遅延が積み重なり,話についていけない状態に陥ってしまいました.これはもう衝撃的で,情けなく非常に落ち込みました.半年間やっていけるのだろうか.そんな気持ちでいっぱいになる初日だったと記憶しています.
 研究留学中,特に最初の数カ月は,程度の差はありますが様々な面でこうした,上手くいかず,悔しい経験をします.例を挙げるときりがありません.ですがこれは,なれ親しんだ日本を離れ,異なる環境に飛び込んだからこそ経験できたことです.勿論大変な思いをすることも多々ありますが,課題と向き合い,自分なりの解決策を見つけてく中で少しずつ成長できるのかなと思います.私の場合は改めて,本研究留学で自分の目指すもの・優先するものを整理しました.優先すべき事項が明確になると,悩んでいる暇はありません.


4.3    研究ミーティング・その効率化
 研究を進めていると,議論をしたい内容が当然出てきます.研究留学中は10分程度のホワイトボードを活用した議論やOfficialなミーティングの場でそれらの内容を議論していました.
 ホワイトボードを活用した議論では,特にAndersと数式,モデルの構築や,研究の方向性など多岐に渡る議論をしました.自分の中である程度あたためたものを順序よく,図等を用いながら説明し,議論を重ねていきます.短時間でありますが,こうした議論をきっかけにまた思考が始まり,新しい着想が生まれたりもします.
 Officialミーティングはある程度進捗があり,議論すべき事項があった場合にoutlookのInvitation機能を用いて依頼をしていました.ミーティング時間は30分から1時間程度です.無駄な議論は行われず,効率的な議論が行われます.こちらでは,研究は文章ベースで進んでいきます.具体的には,ミーティング開始前日までに,これまでの議論内容や現在の進捗状況を含めて,システムモデル,問題定義,解析モデルなど事前にオンライン用エディターを用いて文章化(論文化)します.これらは,共同研究者に事前共有されており,ミーティング参加者は事前にこの論文内容に目を通した上で参加されます.そのため,参加者が内容を理解した状態で議論が進み,短い時間でも効率的な議論を行うことができます.研究ミーティングでは,まず私の方からパワーポイントを用いたプレゼンテーションを行い,それを基に議論を行います.特に,研究の土台部分の構築に関わる箇所はたくさん議論を行い,コメントをいただきました.モデル構築や想定シナリオ等,それが妥当か,正当化できるか,学術雑誌に発表する上でも大切な要素を一つ一つ吟味・議論していきます.研究を一つずつ積み上げ,形にしていく,その積み重ねが大切であることを深く実感しました 研究ミーティングを重ねるにつれ,次第に,議論を理解した上で,自分の意見,考えも話せるようになっていきました.


4.4    研究活動で大切にしたものと自身の専門性
 国際的な環境で研究活動を行う場合,4.2節で述べたように最初はなかなか上手くコミュニケーションがとれず戸惑うかもしれません.多様な英語を聞き取る力に関しては,時間が解決,話す方は,何かを伝えたいという情熱さえあればなんとかなるのではないでしょうか.
 こうした話す,聞くといったものより,国際研究という枠組みで大切になってくるのは,自身で問を立て,問題を定義する力,プレゼンテーションで人にわかり易く伝える力,論文執筆能力といった研究遂行能力です.恐らく博士後期課程に在籍しているのであれば,日々の研究活動の中でこれらの力を養い培ってきていると思います.私の場合,四方教授からの,研究室の輪講やゼミ,研究ミーティング,論文執筆,学会発表などの様々な機会での指導を通し,これらの力が身についてきたと実感しています.この培った力があったからこそ,半年間,国際的な場で戦い抜くことができたのだと思います.研究留学中,特に私が重要視したのが,ミーティングでのプレゼン& Discussionと論文執筆です.これらは,手抜きをせず,かなり力を注ぎました.Guestとして研究グループに迎え入れられたとはいえ,博士後期の学生として研究力,それから自身の研究の専門性とその知見に関しては,研究留学中にしっかり示し,信頼関係を構築していくことが肝要です.その意味で,上述したミーティングでのプレゼンテーション(Discussionも含む),論文執筆はそのための最も効果的な手段だと考えています.


4.5    国際雑誌への論文投稿
 研究成果に関しては,共著論文として論文にまとめ,国際学術雑誌に採択を得ることができました.前述したように,ミーティング後等に議論事項をこまめにまとめていたりするので,最初から論文執筆するより遥かに効率的に執筆できます.勿論これまでの論文執筆経験も活かされたのだと思います.ちなみにこの執筆にあたって一つエピソードがあります.研究留学を開始してから3から4カ月程度たった時,成果の論文化等に関してPetar教授とFedericoとオンラインでミーティングを行いました.ちなみにその前日も異なる研究に関するオンラインでのミーティングがあり少し忙しかったことを記憶しております.ミーティングでは現在の結果と理論解析のアプローチ,論文の投稿先(国際会議かレター論文かも含めて)について議論しました.投稿先候補の国際会議の締め切りが近かったたこともありますが,投稿用論文の第一稿を「一週間以内に」私が作成するということで話がまとまりました.さすがに1週間じゃ無理では…といった気持ちもありましたが,国際的な環境で戦っていくためには,しがみついてでもやるしかないとの思いで,覚悟を決め執筆に取り組みました.
 上記の論文執筆をする中で,理論解析に関して一つアイデアが浮かんできました.それは私がマスター時代に少し研究していた内容で,それが上手くいけば,提案方式の特性を理論的に記述できるのではないか,私の中では非常にワクワクする内容です.アイデアが浮かんだら試したくなるものです.ということで,これらのアイデアを論文にまとめつつ理論解析のシミュレーションも作成していきました.正直この1週間は記憶にありません.結末だけ述べると,上記の理論解析の妥当性も確認し,無事第一稿の執筆も期限内に完成しました.記憶が吹き飛ぶぐらいの忙しさでした.
 投稿先に関して色々検討した結果,国際学術雑誌へレター論文として投稿しようと決断しました.投稿先が決定してからは,特にAnders,Israelからのコメントをいただきながら論文の推敲を行い,研究留学期間中に論文の投稿を行うことができました.帰国後,博士論文を執筆しながら,査読コメントへの対応を行い,2回目の投稿で採択を得ることができました.このように国際共同研究として,論文として成果を上げるまでの一連の経験を積めた点は,貴重な経験であり,大きな収穫であると考えています.


4.6    様々なイベント・Summer schoolへの参加
 研究留学中,ワークショップに3回,Ph.D. defense聴講を3回,2週間に1回開催されるCNTのsectionミーティングなど,積極的にイベントに参加しました.このように,研究留学期間中は,Guestという立ち位置ではありますが,グループメンバーである意識を持ち,できる限り同じ視点を持てるように,様々なイベントへの参加・活動を行ってきました.
 本研究留学中,スウェーデン・リンチェピングにて4日間に渡ってIEEE /EURASIP主催で開催されたSummer schoolにも参加しました.参加費や渡航等の費用は関西大学大学院「考動力」人材育成プロジェクトから支援いただきました.本Summer schoolは,ヨーロッパを中心に100名を超える世界中のPh.D. studentが集まり,無線通信の分野の最先端の技術・アイデアの講義をその分野のトップとして国際的に活躍されている研究者から直接受講できる非常に贅沢なイベントです.今回のSummer schoolのテーマは私の研究分野との関連度が高く,私自身非常に興味がある領域と合致していました.

 

図 4 Summer school参加の証

※写真は本文末に掲載しています。


 移動は,オールボー空港からの直便がなかったため,アムステルダムを経由しリンチェピングへ赴きました.前日入りできる便だったこともあり,アムステルダムからの飛行機は,研究活動に従事していると思われる方が多数搭乗していると感じました(不思議なもので同業者であることが佇まいや雰囲気で分かります).実際,コーヒーブレイク中に多くの方とお話し,私の直観・推測が正しかったことが分かりました.ちなみに経路は異なりますが,CNTから博士後期課程の学生が3名参加しており,現地で合流し,開催期間中夕食や朝食を一緒に取りました.
 本Summer schoolでは,オプションではありますが参加者が自身の研究をポスター発表する機会が設けられていました.私は共著者の了承のもと,Work in Progressの内容をポスター形式で発表しました.コーヒーブレイクの時間にお話した方や非常に近い研究に取り組んでいる方が話を聞きに来てくださり,有意義な議論を行うことができました.
 本Summer Schoolでは,今後の自身の研究の発展に繋がるような,通信分野の最先端の研究の方向性・技術・動向を吸収できただけでなく,多くのPh.D.の学生と同じ時間を共有し交流することができ大変充実した4日間でした.

 


5.    デンマーク・オールボー大学への半年間の研究留学を振り返って


5.1    オールボー大学への研究留学で得たもの
 研究留学で得たものは計り知れず本体験記に全てを記載することはできません.その中でも本留学を通し,重要性を認識し,大きな収穫となったなと感じるのは下記の事項です.
•    外国文化・言語・宗教・歴史への理解の重要性・興味関心の増加
•    プレゼンテーション力・論文執筆力の重要性
•    ワーク・ライフバランスに基づく時間管理能力
•    理論解析手法・研究手法等の研究遂行能力
•    国際的な研究環境で成果を上げていくための国際研究力


5.2    さいごに
 本稿では2022年4月から9月の半年間に渡るデンマーク・オールボー大学での研究留学の体験記を記しました.振り返ってみても,半年間の間に大変密度の濃い日々を過ごすことができたなと感じています.私の中では,本研究留学は,自身の見聞を広めただけでなく,国際的な研究推進に必要な力を養い,目指す研究者像やこれからの研究・キャリアについて思いめぐらす貴重な時間でした.研究留学は間違いなく自身の視野を広げ,国際的な人脈を形成でき,国際的な研究に必要な力・要素に気が付かされます.本稿を読まれているあなたがPh.D. Studentであれば,国際的な環境で研究するための専門性,それから研究遂行のための必要な能力は兼ね備えていることと思います.本文中にも述べた通り,英語力とかも気にする必要がありません.ですから是非自信をもって国際的な研究環境に飛び込んでみてください.拙文ではありますが本稿をきっかけに多くの若い大学院生の方が海外への研究留学に興味を持ち挑戦していただければ嬉しく思います.

 

謝辞
 本研究留学は多くの方のサポートを通し実現し,大変貴重な経験を積むことができました.特に私の博士時代の指導教官である四方博之教授には,本研究留学の機会を含め,様々な助言をこれまでたくさんいただきました.この場をお借りして,四方教授に心より感謝申し上げます.研究留学を受け入れていただいたオールボー大学Petar Popovski教授には本研究留学の貴重な機会を与えていただき深く感謝申し上げます.本研究留学並び,国際研究活動はJSPS若手研究者海外挑戦プログラム,関西大学大学院「考動力」人材育成プロジェクト(JST SPRING, Grant Number JPMJSP2150)の支援を受けました.最後に本研究留学にあたり,サポートしていただいたすべての方に感謝申し上げます.

 

 

著者紹介 ※写真は本文末に掲載しています。
白石順哉(Junya Shiraishi, Ph.D.)博士(工学)
 2023年3月関西大学にて博士号を取得.専門分野は無線通信工学.2022年1月から2023年3月関西大学SPRINGスカラシップ研究学生として研究活動・国際研究活動に取り組む.2022年4月からの半年間,JSPS若手研究者海外挑戦プログラムの助成を得てGuest Ph.D. studentとしてオールボー大学へ研究留学.所属学会は電子情報通信学会,IEEE.

 

 図1 Aalborg Karnevalの風景

図1 Aalborg Karnevalの風景

図 2 Aalborg Karnevalを見物する著者

図 2 Aalborg Karnevalを見物する著者

図3 バナナとリンゴ

図3 バナナとリンゴ

図 4 Summer school参加の証

図 4 Summer school参加の証

著者近影

著者近影

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