Professor's Columns

第48回2010年02月10日

グーグルのストリートビューについて考える

マス・コミュニケーション学専攻  松井 修視

 出かける際、その目的地が不案内の場合、最近よく利用するのが、グーグル・マップである。住所や店舗・企業名などが分かっている場合は、検索機能を使えば、それらの場所がピンポイントで表示される。正確な住所などがわからない場合でも、大体の見当で付近の地図を開き、地図の画面を動かせば、容易に目当ての場所を探すことができる。このグーグル・マップに、わが国では2008年8月から、ストリートビュー・サービスが追加された。

 このストリートビューは、車上から見た街角の映像を道路地図と組み合わせたもので、道路上の矢印に沿って風景は動き、しかもその風景は360°回転する。皆さんご存知のものである。私は、大学の近くに住んでいるが、通勤途上の風景をそのままこのストリートビューで見ることができる。道路上の車・自転車、歩道を通行する人、玄関先で立ち話をする人、物干しの洗たく物、これらは、住宅街の風景そのものであるが、自宅でマウスを動かすだけで見ることができる。同じ操作で、ニューヨーク、ロンドン、パリの街並みも、ということであるから、びっくりである。

 さて、このサービス、いろいろ便利ではあるが、「ちょっと心配」「大丈夫かな」と思われる方も、多いのではないか。いくら「公道」からとはいえ、自分の車や歩道上の自分の姿が写り、たまたまであろうが、自宅の洗たく物まで撮られる、何のためにそんなことをするのか、という疑問もわく。案の定、グーグルのこのストリートビューは、肖像権やプライバシー侵害、さらには著作権問題ともからみ、全国の自治体によって反対決議がなされるなど、その後、社会問題化する動きさえ出てきた。

 こうした中、政府・総務省は、研究会を開催し、2009年6月の「提言案」、同8月の「第一次提言」において、グーグル(日本法人)のストリートビューには、個人情報保護法の適用はないとし、また、プライバシーや肖像権との関連についても、公道から撮影されたもので、人物やナンバープレートにはぼかしがほどこされていることから、「サービスを一律に停止すべき重大な問題があるとまでは言い難い」と述べて、事実上、このグーグルのストリートビュー・サービスを認める見解を示した。

 しかし、同提言は、一方で、グーグルが行っているサービスのうち、ストリートビュー以外のものについては、個人情報保護法の適用がありうるとし、また、ストリートビュー・サービス上のプライバシー侵害や肖像権の問題についても、個々のケースによって違法性の判断をせざるをえない場合があることを示唆し、さらに、著作権侵害や映像の「二次利用」の問題があることも指摘している。そして、グーグルのストリートビューが一般市民に受け入れられるためには、同サービスの社会的意義や、同サービスに対する懸念を払拭する必要があると述べて、グーグルには、1)撮影やサービス公開に関する事前の情報提供、2)苦情申し出等サービス公開後の対応の充実、3)サービス全般に関する周知の徹底、などの取組みが求められるとした。

 これに対し、グーグルは、2009年9月、悪質な画像の二次利用については、被害を受けた本人からの申告を受け付ける窓口を設置し、違法性や利用契約違反の有無を確認した上で削除要求や法的措置を行うことを公表し、さらに、1)カメラ位置の引き下げ、一律ぼかし処理の実施など撮影態様の配慮等、2)地方自治体等への公開時期等の事前の情報提供、3)専用削除フォームやダイヤルの設置などサービス公開後の対応の充実、4)動画等を含むウェブページの新設等サービス全般に関する周知の徹底、5)プライバシーポリシーにストリートビューの章を設けるなど個人情報取扱いへの配慮などを掲げ、今日ではそれらのほとんどが実施されている。

 グーグルは、当初、公道を「公共の場所」とみなし、そこでは家庭と同じレベルのプライバシーは保護されないという伝統的考え方を根拠に、ストリートビュー・サービスを開始したが、当のアメリカ合衆国でもサービス開始からおおよそ10日後には、ストリートビューに自分の写真が掲載されている本人からの削除要請を受付け始めたといわれる。グーグルは、わが国における今回の対応のなかで、カメラの位置を40p下げて、2m5pとし、あらためて写っている車のナンバーや人の顔に一律ぼかしを入れることにしたが、表札などは個別にぼかしの要請をしなくてはならないようである。

 このストリートビューの問題は、総務省・研究会提言に基づく要請とグーグルの比較的迅速な対応によって、さしあたり、沈静化したように見えるが、インターネット社会の便利さと危うさを実感させられるものとなった。各国には、このストリートビューに大きな規制をかける国もあり、わが国のように、インターネットの自由を尊重し、なるべく企業の自主性に任せようとするところもある。今日、「監視社会」への強い警鐘もある中、技術がないことによって守られてきた人権や安全を、今後、技術の発達とどう折り合いをつけバランスをとっていくのか、私たち自身、しっかりと考えていかなければならない。

マス・コミュニケーション学専攻

松井 修視
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