KANSAI UNIVERSITY

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父母の声

成長

 みぃ君卒園あめでとう。
 おめでとうと思う反面、もう卒園かと思うとさみしい気持ちにもなるね。3年間いろんなことがあったね。
 ぷくぷくしたほっぺで、お兄ちゃんから譲り受けた大きな体操服を着てむかえた幼稚園生活。言葉がゆっくりだったあなたを私はとても心配していました。そんなあなたも大切なお友達にめぐり会い、今では幼稚園での出来事をたくさん話してくれるようになりましたね。かわいいお歌もきかせてくれるようになりました。
 私は年長でのあなたの成長に何度かびっくりしたことがありました。決して人前に出て何かをするタイプではないあなたが、参観日沢山の人の前で堂々と紙ひこうきを作っていましたね。この日を迎えるまで私は、家でも何度も練習していたあなたを知っていたので、立派な姿に胸が熱くなりました。ボタンがうまくできなかったり、みかんの皮さえむけなかったあなたが、たった一日でなわとびを仕上げたと聞き、そのがんばりにとても驚きました。運動会で必死に走る姿あなたの真剣な表情を見たときは、涙が出そうになりました。
 3年という年月はあなたを大きく成長させてくれました。それはあなたの力でもあり周りの人たちのおかげでもあります。あなたの傍らにはいつも優しく見守ってくださる先生方やお友達がいました。私はそんなあなたの成長を心から嬉しく思っています。これから新しい環境にいっても、自分の力を信じて困ったときには素直に誰かに助けてもらいながら前に進んでいってくださいね。私はいつでも応援しています。
 長男の入園から次男の卒園まで私にとっても人の温かさにふれた6年間でした。初めての幼稚園生活で心配が先行し、周りがみえなくなっていた私に「待つこと」の大切さを教えてくださった先生方、役員をさせていただいた時には助け支えてくださったお母様方のおかげで、いつの間にか園に行くのが楽しくなりました。沢山の行事に参加する中で、全ての子どもたちを愛おしくおもい、大きな目で子どもを見つめることができるようになりました。たくさんの思い出をありがとうございました。
 卒園し一番さみしいのは私かもしれません。「早くお兄ちゃんと学校に行きたい。学校で折り紙をするのが楽しみ。」小さな瞳はかがやかしい未来を見つめていました。

年長組 母親

8学期を終えて

 初めて関大幼稚園を訪れた時に感じた衝撃は、今も忘れられません。失礼ながら幼稚園に対して全く期待していなかった私は「どこの幼稚園も同じ」と思い込んでいました。二つほど他の幼稚園も見学し、やはり何も感じる事なく、「まあこんなものか」と半ば納得し、半ば失望していました。それなのに、何気なく見学に来た関大幼稚園で「絶対ここしかない!」という気持ちになり、説明会に参加することなく、直感だけで入園させていただくことになりました。入園してからも、先生方のお言葉や立ち居振る舞い、様々な場面での園長先生のお話し、保護者のお母様方、そして何より息子の姿を見て、人生の根っことなる大事な時期に、息子に対して最善の選択が出来たのだと、日々確信する生活を送っています。
 ある人から「我が子を見ていて胸がキュンとなった時が、子供の成長を感じられた時」と言われたことがあります。関大幼稚園に入園するまでは、少しでも、何でも早く出来るようにという世の中の風潮のなか、常に他人との比較で息子を見ていたような気がします。その結果、何か新しい事が出来ても、ただ私の自己満足だけで、胸がキュンとなるような感覚などありませんでした。それなのに、関大幼稚園で何度そんな気持ちを感じさせていただけたことか・・・嬉しいような、切ないような、誇らしいような、何とも言えない、他では味わえないようなこの感じ・・・初めて一度もこちらを振り返らず改札口へ向かう後ろ姿を見た時。七夕の笹飾りを一緒に作っていたら「みんなが元気でいられますように」と、つたないながらも、それらしき事を祈る短冊を心を込めて作る姿。今までは、自分の事ばかりの願い事だったのに。そして最近では、お風呂であざに気付き「その怪我どうしたの?」と聞くと「そんな事いちいち聞かないで。こんなん大したことない。」と言ったり、「今夜から一人で寝る。」と目覚まし時計片手に自分の部屋に入って行き、これには私の方がさみしくて、引き止めそうになってしまったり・・・どれも何気ない事ばかりですが、目に見える成果ではなく、こういう事こそ成長なんだと感じられるのは、関大幼稚園で月齢に合った成長を見守る大切さ、ゆっくりと成長を楽しむ事に気付かせていただけたからこそで、今ではむしろ「頼むから急いで大きくならないで」とさえ思うほどです。「本当に今必要な事は何なのか?」と気付かせていただけた事に本当に感謝です。
 卒園まで残りわずかとなってきました。このタイミングで「はぐくみ」を書かせていただいた事で、幼稚園生活を振り返る良いきっかけになりました。去年の秋に30個余りのムスカリの球根を息子と一緒に植えました。同じように太陽をあび、お水をあげたにも関わらず、芽を出した時期は本当にバラバラで、その数から何となく幼稚園のクラスの子供達とだぶって見えてしまい、「植物も芽を出す時期は球根ごとに違うのだから、人間は尚更そうなんだろうなあ」と思わされました。遅れて芽を出した球根ですが、それでも春が来れば、きちんと花を咲かせます。これからも様々な事があるでしょうが、息子なりの芽を出す時期を見守り、幼稚園生活最後の9学期を、親子共に楽しみたいと思います。 

年長組 母親

言葉を減らす努力

 関大幼稚園に入園して1年半が経ちました。園生活は、入園早々の登園拒否から始まりました。4月は集団登園できず、私と二人歩いて登園していました。そんなある日、道中で頑として動かなくなってしまった息子。しばらくすると、そろーり、そろーり、家の方へ歩みを進め、結局その日は登園できませんでした。
 今となってみれば登園できないほど拒否したのはその1日。当時の私は、これから毎日行きたくないと言い出したらどうしようと不安でしかなく焦って『たくさんの言葉』で説得しました。
 後々わかったのですが、息子は昨日まで「公園行く?お散歩行く?」と選択肢があったのに、幼稚園には「行かないといけない!」になってしまうのか理解できなかったようです。なるほど確かに・・・。とちょっと納得してしまう自分もいましたが、あんまり難しく考えなくていいのになあと、理屈っぽい息子の性格を面倒に感じていました。
 物事がスムーズに流れ出すと、“人目”を気にしたり、“普通”という言葉に惑わされず、息子の心に向き合って、息子のペースで解決させてあげればよかったと反省しますが、いざその場に直面すると解決への近道として、言葉が多くなってしまいます。
 その一方で、息子の中に根付いてきたゆったりとした“関大幼稚園時間”のようなものが少しずつ私にも影響を与えてくれている気がします。
 悩みも喜びも多い“息子育て”ですが、もう少し余裕をもって『たくさんの言葉』ではなく、見守れるお母さんになれるよう、私自身も成長していきたいです。
 先日、うれしいお土産がありました。家に帰るなり、リュックからお弁当箱を取り出し、ふたを開けると、そこには種が!「これざくろの種だよ。一緒に植えよう。」
 きっと幼稚園で「植えたら出てくるかな?」なんて話をしながら食べて、小さな種を大事にお弁当箱に忍ばせたのでしょう。幼稚園での出来事を私に伝えるだけではなく、感じて想像して動いたんだなあ、その種がとても大事に思えました。
 お山のしっとりした土・大切に育てられたお花・大木たち、食べられる果実、季節ごとに出てくる虫たち。見て、聴いて、嗅いで、触って、食べて!五感をフル回転させられる。そのような環境の中に毎日通えることは、とてもありがたいことだと今更ながら気づかされました。
 温かい環境の中で、大好きなお友達や先生に囲まれ、たくさん感じて成長していける様、見守っていきたいと思います。

年中組 母親

遊びの知恵

 息子が関大幼稚園に通い始めてもう1年が過ぎました。今思うことは、息子が日々幼稚園で学んだこと、体験してきたこと全てが、今の息子を形成していると感じることです。
 毎日の徒歩通園では、家の前の坂道をお友達のみんなと整列して歩けるようになったこと、園生活では、先生のお話をまっすぐ顔を見て聞いていられるようになったことや、クラスのお友達とおもちゃの譲り合いが少しずつできるようになったこと、そしてお友達にとても興味を持つようになり、家では毎日のように「今日は○○ちゃんの誕生日なんだ!」、「○○ちゃんと○○して遊んだよ!」と楽しそうにお話しすること、また息子自身に幼稚園を休まないで行きたいという強い気持ちが生まれ、シール帳を見せては全部シールを貼ってもらうんだと張り切っているところ、これら全てのことが息子の成長に繋がっていると実感します。
 そして、そのような中でも、私が特に感心していることは、幼稚園で遊びの知恵を学んできているところです。年少組ではイスを並べての乗り物ごっこやお店やさんごっこ、ソフトブロックでの基地作り、年中組では新しく加わったアーチ形の積木を並べた車のレース、園庭の砂遊びでの餅つき大会、限られた物の中で自分達で考えて、楽しく遊んでいることです。家に帰っても、ぬり絵を切り取って人形にして遊んだり、テーブルの下に好きな物を集めたキャンプごっこをしたり、また、「あっそうだ!」とひらめいては、私達に新しい遊びを提案してくれます。このような遊びから得る経験が、新たなものをつくりだそうとする創造力や、自分の経験や知識をつなげて思いを描く想像力を育んでくれるものと思います。
 関大幼稚園でのこの1年間で成長してくれたことに感謝しつつ、これからも園生活の中で、息子がひとつひとつの小さなことからでも達成感を得て、少しずつでも自信を深めていけるよう、一緒に喜びを感じながら見守っていきたいと思います。

年中組 母親

息子がおしえてくれたこと

 降園時に保育室まで迎えに行くと顔をくしゃくしゃにし満面の笑みでかけてくる息子を見て、元気そうだ良かった、とほっと安堵の胸をなでおろします。
 家に帰ると覚えたてのこいのぼりやお弁当の歌を口ずさみながら、電車や積み木で幼稚園の様子を再現してくれます。シールや絵本の内容、友だちの話、とにかく毎日が楽しそうです。
 ある時息子が「今日ね、幼稚園で泣いたの。給食が食べられなくて、えーんって泣いたんだよ。」と小さな小さな声で体から絞り出すように話してくれました。「歯みがきもできなくて歯ブラシも袋からだせなくて、また泣いたの。」とたどたどしく言葉を重ねました。とにかく話したかったのでしょう。夜になってもその話をしていました。かわいくて思わず笑ってしまいました。でも涙も出てきました。
 人一倍恥ずかしがり屋で輪に入るのにもとても時間がかかります。早生まれでもあり二年保育と迷った時期もありました。母にはべったりな甘えん坊。でも外ではあまり感情を出すことのなかった息子が、幼稚園で「泣けた」ということに大きな大きな成長を感じて、一生懸命頑張っている、とわかったら嬉しい涙が出てきました。心が温かくなる瞬間でもありました。
 息子が我が家の次男として誕生した頃慣れない毎日にとにかく必死でした。何かに追われているようで周りの人が生き生きとまぶしく見え、見たり聞いたりすることが迷いともなり身動きが取れなくなるときもありました。でもやはり楽しかったことや嬉しかったことの想い出の方が沢山あります。赤ちゃんだった息子はあっという間に年少になり何気ない日々のことがこんなにも嬉しいものだと気付かせてくれる存在になりました。
 登園時に母とつないだ手をぎゅっとにぎりしめて途中まで一緒に歩いていたけれど、自分から離せるようになりました。年長の男の子と手をつないで歩く息子の後ろ姿はほんの少しだけ大きくなったようにも感じます。
 おだやかな日常も当たり前ではなく立ち止まる日がくるかもしれません。そんな時は新しい環境の中で一生懸命踏ん張っている今の息子の姿を思い出し、寄り添っていけたら良いなと思います。
 特別なことは何もできないけれど、毎日笑顔で見送り、そしてまた笑顔で出迎える、そんな小さな幸せを大切にして、今日もまた息子の笑顔や無事を願いながら迎えの列に並ぼうと思います。

年少組 母親

母からの星の子さん

 「星の子は、お空の上からこのお母さんを選んで降りてきました…」
  入園してすぐの四月のお誕生祝いの席で先生が語られたお話に、思わず涙がこぼれそうになりました。娘は結婚して七年目にようやく私たちのところへやってきてくれたたったひとりの星の子です。病で母を亡くして二年目のことでした。きっと母が、お空の上で声をかけてくれたのではないかしら。そんな風に思ったものです。
  難産の末なんとか無事に元気に生まれてきてくれましたが、よく泣き寝てくれずいつも睡眠不足。自分が倒れても預けられる人はいない、あったとしても心配で離れることなど出来ないと緊張感からいつも張りつめていた私は、決してどーんと構えた太陽のようなお母さんでなかったと思います。
  それなのに、娘は私達に笑顔を運んでくれるおおらかで素直な子に育ってくれています。近所のお友達と一緒に関大幼稚園に進むことが出来、毎日私に優しいお歌や触れた自然の木の実やお花の話をお土産に持って帰ってくれます。仲良しさんも日に日に増え、園から出ると「もっと遊びたかった。」と元気がなくなるくらい楽しくて過ごしているようです。心配性だった私ですが、娘の楽しそうな様子に安心して笑顔で「いってらっしゃい」が出来るようになりました。
  関大幼稚園の先生方は、星の子から人間の子になる途中のその時々に必要なものとそうでないものをきちんと見極めて、子ども達に与え見守って下さいます。その安心感と信頼感から少しずつ自分の気負っていた気持ちがほぐれていくのを感じ、私以外の人たちにも囲まれてそのはぐくみの中で色んな経験をし、自分の力で考え乗り越える力を身につけ地に足をつけ大地に根をしっかりと張って育って欲しいと願うようになりました。
 帰ってくると「おかあさぁん」と腕の中に飛び込んでくる娘を抱きしめると、私が昔母に与えられた愛情がふぅっと蘇るのです。傍に居なくても、私の体に母の愛情はしっかり根付いている。直接相談や話が出来ないけれど、娘の成長の中でこれからもそれを何度も感じることでしょう。娘の中にもそんな暖かいものを残してあげられる母になることが、今の私の目標です。
  お母さん、娘をありがとう。あなたがそうしてくれたように、たくさん抱きしめて育てていきます。

年少組 母親

幼稚園からのおみやげ

 三歳になって間もない娘が、幼稚園に入園しました。
 二言目には「もうすぐ幼稚園にいくから」と何でも頑張り、準備してあった体操服も入園前からくたびれるくらい着てみたり、それはそれは楽しみにしていましたので、親の方もとくに心配なく過ごせました。しかし実際に園生活が始まると、今日は無事に過ごせたのだろうかと心配になって、子どもの世界のことを色々聞き出したくなります。
 入園前は、雨でも雪でも出かけられそうなときは散歩するのが日課で、道ばたの草の名前を教えることもありました。もちろん覚えさせる気はないのですが、娘のほうも名前には興味がないようで自分から聞いてくることもなく、ただじっと見たり、見た目に面白い草を摘んだりするくらいでした。入園後は、毎朝、同じ道を、集合場所の駅まで道草しながら歩くようになりました。最初は群生しているタンポポの花や綿毛に夢中だったのですが、5月に入ると「あれはカラスノエンドウ」と教えてくれました。今年の春も毎日みていたはずなのに、なぜ急に興味がわいたのだろうと見ていると、「カラスさんもお豆を食べるのかな」と名前にまで疑問を持ちながら熱心に見ています。後日、園で大きい組さんたちがカラスのエンドウの笛を吹いていたと知りました。このことが大きな興味を持つきっかけとなったのでしょう。
 園での発見や喜びを伝えてくれる方法は、ことばより少し遠回しですが、このような様子や実演で知ることができるとわかり、それを園からの「おみやげ」と私の毎日の楽しみにもなっていきました。
 外に遊びに行く時は、きしゃぽっぽをするからと家族で並んで縄跳びを持たされ、公園まで蒸気を上げながら歩いて行きます。絵本を読んであげようと手に取ると、私が読むからと体育座りするように言われ、絵本をめくりながらお話をしてくれます。
 また、歌が好きな娘は園で歌ったものを毎日、最初は小さい声だったのが、今では大きな声で繰り返し歌うようになりました。こちらがお願いするとあまり歌ってくれないのでそっとしておくと、たんぽぽ、おかえりの歌、たけのこの歌、郵便配達の歌など、繰り返しています。先日はお誕生日会をやるからと自分が先生の役をし、私を隣に座らせて、歌いながら何かの儀式のような仕草をしていました。手元を眺めていると丁寧に4回しており、ろうそくを灯しているのだと途中で気づきました。まだ見たことはないお誕生会の情景が思い描かれ、真剣に見入ってしまいました。
 娘に園で何をしたか、つい尋ねてしまいがちですが、まだ多くはことばで返ってきません。しかし、帰宅した娘は毎日、夢中で幼稚園のおさらいをします。私はそういう「おみやげ」を見せてもらって、娘にとっての園は本当に楽しくて大切な場所なのだなと感じ、それが娘からの返事なのだと、嬉しく思っています。

年少組 母親

見守る事の大切さ

 「早く幼稚園で遊びたいなぁ」夏休みや冬休み中に息子がよく言う言葉です。その後、必ずこう続きます。「だって、ぼく幼稚園が大好きなんだもーん」と。思い返せば入園前、私は息子がお友達と遊べるだろうか、幼稚園へ行ってくれるだろうかと心配ばかりしていました。私の横にぴったり張り付き離れない、極度の人見知りをする子供だったからです。お友達としゃべろうとしないどころか、近寄られるだけで遠くへ逃げます。私は自分の育児に自信が持てず、育児書を読みあさっては悩む日々をおくっていました。そんな息子が進んで幼稚園へ通いだした時には拍子抜けしたものです。 あの頃の悩みはいったい何だったのか、今となっては冒頭の言葉の後「早く連れて行って」と駄々をこねる嬉しい悩みへと変わりました。
 しかしなぜ息子がこれほどまでに幼稚園を好きになれたのだろう?その答えを、入園してすぐお誕生日会に呼んで頂いた時に知る事になります。
 やさしい陽の光が差し込むお部屋で一人一人お顔を見て先生とご挨拶。皆に見守られる中、前に出て一つ大きくなったことを祝ってもらえる喜び。どこか誇らしげな息子の笑顔を見た時は、なんていい顔をするのだろうと感動しました。「親子の特別な日」としてくださる園の対応にも胸が熱くなりました。その後のお部屋遊びで伸び伸び遊ぶ姿を見て、ゆったりと穏やかに流れる時間がどれだけ大切かを知りました。ありのままを受け止めてくださる先生方の温かい眼差し、声かけ一つにも子供の事を想った温もりを感じます。私はたった数十分居ただけですが、なるほど、とても居心地がいいのです。息子もきっとこの温かさを肌で感じていたのでしょう。日々丁寧に積み重ねてくださる保育のおかげで、息子はいつからか自然体で遊べるようになり、こんなにも幼稚園を大好きになれたのだと知る事が出来ました。
 もしかするとこんな風に遊べる日を待ち望んでいたのは息子自身だったのかもしれません。先生から息子の頼もしい一面を伺った時、私は嬉しくて涙が溢れたと同時に、今まで心配ばかり一人歩きさせていた自分を恥じました。「ジャンプする前は一度しゃがむように、子供も成長する前にもがく時があるものだ。」入園前の私に足らなかったものは、出来る・出来ないに注目するのではなく、“息子の力を信じて見守る事”だったのだと、園長先生の言葉に気付かされました。
 私の心配を見事に裏切ってくれた息子は、今日も生き生きと園で遊び、輝く笑顔でその日の話を聞かせてくれます。たくさん汚れた体操服やズボンの丈が短くなっていく様子に微笑ましく思うと同時に、その成長の早さにはいつも驚かされます。これからもこの一瞬を見逃さず、一緒に育んでいきたいと切に思います。たくさんの大切な事に気付かせてもらい、親子共に成長させて頂いている関大幼稚園と先生方に心から感謝したいと思います。

年少組 母親

父母の声