Interview no. 07

人間の内面的な性質から、経済行動を読み取る。

森 知晴
  • 森 知晴
  • Mori Tomoharu
  • 立命館大学総合心理学部 准教授

Chapter 01

自信を持ちすぎるのは危険だが、良い面もある

私は行動経済学に関するさまざまな研究をしています。最近では、金融リテラシーや人間のバイアス、あるいはリスクに対する好みなどが金融の意志決定にどう影響を与えるかについて研究をしました。RISS機構長の本西先生をはじめとした先生方と共同で取り組んでいたものです。投資行動には合理的な部分も多くある一方で非合理な部分もあります。その中で、特に個人の金融行動について原理を解き明かすべく研究を進めています。分析した行動は株式投資などの金融行動で、お金を借りすぎてしまう、怪しい金融商品に手を出してしまう、などの危うい投資行動にもフォーカスを当てています。

具体的には、これまで実験室でよく行われていた経済実験をWebアンケートに落とし込み、実験要素を含んだ一般の方々向けのアンケートを実施しました。アンケートの中では、「自信過剰」の度合いも測定しました。Web上で計算課題に取り組んでいただき、その結果に基づいて「他の人よりもいい結果だと思いますか?」といった質問をしてその回答を収集しました。金融に限りませんが、リスクに関する選択に関しては自信過剰というバイアスが普遍的に存在します。自分の能力が人よりも高いと思い込み、金融投資でも上手くいくと考えるのですが、実際には能力がそこまで高くないことが多いのです。また、自信過剰のもう一つの形として、自分の予測が正しいと思い込むという傾向もあります。今回の研究では、実際、自信過剰が高いと危うい投資行動をおこなってしまうことを明らかにしています。

しかし、自信過剰は悪いことばかりではありません。行動経済学では、自分が他人よりも優れているというイメージが効用に影響を与えていると説明されることがあります。自分が優れていると思い込むことで精神衛生を保っているのです。とはいえ、過剰な自己評価に基づいて大事な意思決定をすると大きな失敗を招きかねません。精神衛生を保ちつつ冷静な判断を行えるとベストですが、金融の世界ではネガティブな結果を確実に避けられるわけではないため、かなり難しいことのようにも思えます。将来的には、この分析が危うい投資行動を避ける手掛かりになれば幸いです。

Chapter 02

手探りの日々が、共同研究という形で実を結ぶ

立命館大学総合心理学部の准教授に着任する前はRISSに在籍しており、それが私の研究者としての博士号を取得した大学を出て初めてのキャリアでした。RISSに来た当時はちょうど経済実験室を立ち上げている最中で、小川先生が創設や運用・拡大に奔走されている近くで、私も運用ルールの策定などに携わりました。初めの半年間は小川先生と私と、事務室の方が何名かいらっしゃる程度の規模だったため、すべてを手探りで進めていたことを懐かしく思い出します。いま振り返ると、大変良い経験だったと感じています。

例えば、学生や一般の方を実験室に呼ぶにあたって、どうすれば人が集まるのかといったところから考えて試行錯誤しました。また、学外に開放するという方針も当初から立てていたので、外部の研究者が施設を利用するためのルール整備や、実験室の使い方をレクチャーするといったこともしていました。現在は利用される外部の研究者もほとんどの方が慣れておられるかと思いますが、当時は利用される方に私が逐一対応をしていました。その甲斐もあって、RISSを通じて私自身のネットワークが広がりました。

当時はカンファレンスもよく開催しており、海外の研究者を招いていました。それも含めて、2年半でさまざまな濃い経験をさせていただきました。現在のRISSは内部に研究会なども確立されており組織立っていますので、ある程度の地位は確保できたのかと思っています。若手の研究者にとって単独で経済実験などを実施するのは難しいこともしばしばあり、私の場合は共同研究に取り組むことが多いです。そういった意味でも、RISSでさまざまな研究者と出会い、いまも交流させていただいていることは私の財産になっています。

Chapter 03

長期スパンでのデータ作成に邁進したい

高校生の時から、大学院に進み研究をするビジョンを持っていました。そして、大学の商学部でさまざまな学問に触れた中で、経済学の考え方に興味を持ったのがきっかけで、大学院進学の際は経済学研究科を選択。行動経済学を扱う研究室に入りました。当時、ナッジ※に関する著書を読んでいたことがかなり影響していたと思います。人間の行動原理など、基礎的なところから研究をしたいと考えていました。行動経済学を主なフィールドとして、これまでは長らく経済実験を中心とした手法で研究をしていましたが、現在は民間企業のデータを用いた研究を含め様々なデータ分析をおこなっています。

また、最近では「自分自身の将来予測」といったことに興味をもっています。人間は自分の将来をどの程度予測して行動出来ているのか、という内容で、その研究に関する準備を進めているところです。例えば、自分が将来どの程度の確率で就職、結婚、出産するのかなどをどれくらい正しく予測できているのか、追跡調査によってデータを取っていきたいと考えています。ある人にある時点で「あなたは1年後には何をしていますか?」といった質問をして、1年後に実際の結果を見るという形を構想しており、現在は依頼する調査会社を探している段階です。ただし、こういった研究はどうしても定義上時間がかかります。調査期間は少なくとも3~5年ほどは欲しいところです。大変ではありますが、長期計画としてこういった調査を行うことで、作るのが難しいデータを作成できればそれ自体も評価されることかと思います。取得したデータを分析して論文を書きますので、研究自体はより長いスパンになります。こういった研究のように、今後は良いデータ作りの方向に時間や労力を費やしていきたいと考えています。

※ナッジ:人々を強要するのではなく自然に良い方向へ誘導し、自然な形で行動変容を促すようにするという介入方法。ナッジ(Nudge)は「肘でつつく」「背中を押す」の意。

Mori Tomoharu

Interview no. 07

Profile

2009年、一橋大学商学部卒業。2014年、大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。大阪大学社会経済研究所特任研究員、関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構ポスト・ドクトラル・フェローを経て、2017年から、立命館大学総合心理学部准教授。博士(経済学)。専攻分野は「行動経済学及び労働経済学」。主に経済実験を用いながら、労働生産性と税金の関係についての研究や、大学選択と入試メカニズムに関する実証分析等を行っています。