南海トラフ地震の予知可能性と防災
林 能成 教授

科学の知見を防災・減災に生かす研究

南海トラフ地震の予知可能性と防災

地震学者が難しいと考える予知の現実とは

社会安全学部

林 能成 教授

Yoshinari Hayashi

今後30年以内に、70~80%の確率で発生すると言われている南海トラフ沿いの巨大地震。避難や防災に役立つ予知情報を期待する人は少なくない。しかし、地震の発生時期や場所・規模を予測する科学的な手法はまだ確立されていない。社会安全学部の林能成教授は、地震学者は地震予知がいかに難しいと考えているかを、見える化するアンケート調査を実施。大きな反響を呼んだ。

予知発表までの段階ごとの確率を調査した

ご専門は地震学ですか?

学生時代は理学部で物理を自然現象に応用するような地球科学を学び、地震学で博士を取りました。関西大学社会安全学部に着任してからは、地震の理学的研究から出てくるさまざまなデータや知見を、実際の防災に役立たせるための策を考えるといったことをしています。
 文理融合の社会安全学部で、地震の発生メカニズムを研究しているのは私だけです。ここに所属する地震防災の研究者は、土木、建築、心理学などもともとの専門分野が多彩です。幅広い分野の研究者と連携して、新しい研究を進めています。

世間には、南海トラフ地震などの巨大地震の予知を期待する人もいますが、実際のところ地震予知は可能ですか?

現時点では、地震の発生時期や場所・規模を高い確率で予測する、科学的に確立した手法はありません。「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」の平田直会長も「地震予知はとても難しいから、地震は突然来るものだと思って備えましょう」と強くおっしゃっています。でも、その一方で、地震予知は難しいということが社会の共通認識になっていない。それで、予知への期待が高まっているところがあるのでは。私は一般の人々が可能だと考える地震予知の数字と、地震学者が考えている数字との間に、大きなギャップがあると感じています。そこで昨年、地震学者を対象に南海トラフ地震の事前予測に関するアンケート調査を実施しました。

どんなアンケートですか?

このアンケートは、社会安全学部で災害心理学が専門の元吉忠寛教授に助言を受けながら作成しました。予測情報を発表するまでのプロセスを、「1.地震前の異常現象がある」「2.異常現象を観測できる」「3.観測されたデータから短時間で異常を判定できる」「4.判定した結果を即座に社会に向けて発表できる」の4段階に分け、それぞれについて0%から100%まで、10%刻みで回答してもらう、また、地震の発生を予測する情報が出た時に地震が発生する確率、つまり的中率についても、同じように10%刻みで回答してもらうというものです。
 2018年10月の日本地震学会で、理事と代議員を対象に実施し、138人中90人から回答がありました。

アンケートの結果はどうでしたか?

4つの段階のいずれについても回答の数値の幅は広く、地震研究者の統一見解は得られませんでした。例えば、地震前の異常現象の有無についてであれば、そんな現象などないという0%から、必ずあるという100%まで幅があります。
 各段階を一つ一つ見ると、例えば2の異常現象の観測ならば、平均で48.4%できるという評価になっていますが、地震予知を成功させるためには、異常な現象があって、観測、判定、発表ができると、全部成功させなければいけない。だから、各研究者の評価した予知を出せる確率を整理すると、平均値で5.8%、中央値で1.2%と極めて低い値になりました。一方、予知の的中率は平均で19.7%という結果。つまり、100回地震予知を試みても、予知情報を出せるのは5、6回程度で、そのうち、予知が当たるのは1回程度しかなく、予知情報を出してもおおむね地震が起こらないだろうという評価になりました。

  • 予知発表までの段階ごとの確率を調査した
  • 地震予知に至るプロセスの分解
  • アンケート結果

予知ができない前提で、被害を軽減する対策を

予知はやはり難しいんですね。

地震学者の多くはそう考えています。それを定量化して示そうとしたのが今回のアンケートでした。
 地震はいつ起きるか分からないから、家を丈夫にするとか、危険なブロック塀を撤去するとか、地震対策はまずは目の前のできることを、少しずつやっていくしかない。しかし、常日頃から、地震対策に注力ばかりもできませんよね。地味だし、手間ばかり掛かるから、ついつい先送りしてしまう。そこに、地震予知ができるという根拠のない期待が入ると、予知が出てから考えればいいと地震への備えをしない、あるいは、地震が発生した時に予知情報がもらえると思っていたと、備えがなく被害を受けた時の言い訳にするといった、良くない心理的な影響を及ぼすことが考えられます。

でも以前、地震予知に取り組む組織がありましたね?

そのような組織がたくさんあって、大きな誤解を与えていました。東日本大震災以降は、確度の高い予測は困難と判断され、国も予知前提の防災対策を見直し、そういう組織も見直され、業務としての地震予知は終了しました。
 それなのに、予知ができる確率がゼロではないのならば、といって、今も非現実的な避難体制を考える人が出てくるわけです。それが、世の中をどんどんミスリーディングしているように見えます。予知ができる確率も的中率も非常に低いということを前提に、予知情報が出されることなく、地震が突然発生しても被害が最小限となるように、日頃から地震対策を推進することが現実的な対応だと思います。

梅田キャンパスで「災害と都市交通」について講演をする林教授

梅田キャンパスで「災害と都市交通」について講演をする林教授

科学者と市民のズレを埋めたい

一度勤務経験をお持ちですね。その経験は生かされていますか?

JR東海で5年間勤務し、新幹線の運転免許も持っています。JRでの主な仕事は、地震学で解明されたことを、新幹線に求められる運行クオリティの中で、活用するマニュアルを考えることでした。とかく大学の理学部出身の研究者は、地震のメカニズムの解明に関心が集中しがちですが、被災する側を常に意識するようになったという点では、企業での勤務を経験したことは大きかったと思います。

今後の抱負をお願いします。

科学者と市民の間の認識のギャップはどうして生まれるのかを明らかにすること、そのギャップをうまく解消する方法を見つけることは、研究者の側の経験がないと、なかなかできないと思います。この問題は、地震以外にも工業製品や原子力発電所などいろいろなところにあります。専門家と一般の人の間のギャップをうまく埋める方法や、世間が漠然と感じている不安を見出す指標などを考え出せたらと思っています。