超音波キャビテーションのメカニズムの解明
山本 健 教授

超音波の振る舞いや利用方法の研究

超音波キャビテーションのメカニズムの解明

菌類や藻類などの微生物を不活性化する作用

システム理工学部

山本 健 教授

Ken Yamamoto

一般に20キロヘルツ以上の周波数の音波は、超音波と呼ばれ、人の耳では聴き取ることができない。聴くことはできないが、超音波は実はさまざまな分野で利用されている。システム理工学部物理・応用物理学科の超音波物理研究室では、物理学に基礎をおきながら、超音波の振る舞いや利用方法の研究を行う。山本健教授はその中でも、未解明なことが多い超音波キャビテーションの研究に今打ち込んでいる。

超音波で水の中に小さな太陽がいっぱい

超音波は身近なところでも利用されているのですか?

超音波には、一般的に波動としての利用とエネルギーとしての利用があります。波動としては、例えば非破壊検査や車のバックセンサー、医療用の超音波診断装置など。エネルギーとしては、超音波キャビテーションという現象を利用する方法があります。キャビテーションとは、小さな気泡がたくさんできる状態のことで、液体に強い超音波を当てるとその状態がつくられます。超音波キャビテーションの身近な応用例にはメガネ洗浄機があります。水槽の下に取り付けられた振動子で超音波を出し、水中に気泡をたくさん発生させ、その中にメガネを入れるときれいになるという装置です。

超音波キャビテーションでは、どういうことが起こっているんですか?

液体に当てる超音波によって圧力が高くなったり低くなったりすると、気泡が大きくなったり小さくなったりします。小さくなった際には、断熱圧縮で気泡の中が、数ナノ秒という非常に短い時間だけ、高温高圧になります。その温度は5,000℃から20,000℃、圧力は数百気圧で、小さい太陽がたくさんあるような状態です。高温高圧になっている気泡の中に何かが入ると、その物質が熱分解します。
 気泡の中の温度を直接計ることはできませんが、極限状態になった気泡は光を出すので、その光のスペクトル(波長成分)を見ると、星の温度を光の色から知ることができるように、気泡内の温度も知ることができるんです。
 また、気泡の収縮速度があまりにも速いので、衝撃波も出ます。高速で振動しているので、そばにあるものにズリの力がかかったりします。
 つまり、キャビテーションでは物理的な作用と化学的な作用の2つが強く働いているわけです。その力を応用して、菌類や藻類などの微生物を壊したり、付着しているゴミを取り払ったりすることも可能です。ただ、気泡の大きさは数ミクロン、小さいときには数十ナノメーターしかなく、それがとんでもないスピードで動くので、観察が難しい。結局、分かっていないことばかりです。

  • キャビテーション発光

    キャビテーション発光

  • 超音波キャビテーション

    超音波キャビテーション

超音波なら、安心安全に殺菌ができる?

今は、どのようにして研究を進めているのですか?

大腸菌などの菌類、プランクトンや藻類に着目して実験をしています。また、微生物に構造やサイズが似ているマイクロカプセルの実験も進めています。菌類を超音波洗浄機に入れると、数分で殺菌できるんです。ところが、超音波の周波数を変えると、必ずしも殺菌できないことがある。キャビテーションの気泡の能力は、周波数によって変わることが分かります。気泡が膨張したり収縮したりする間に、気泡の中に水蒸気が入り込み、熱分解された時に酸化剤ができます。それが側にいる菌類を攻撃する。その仕組みで大腸菌が殺菌されるということは分かっています。でも、パンで使うイースト菌はそれでは死なない。イースト菌の場合は力学的に割れて破壊されます。物理的に死ぬものや酸化剤で死ぬもの、あとは複合的な理由で死ぬものなど、区別できないことも多々ありますが、大分分かってきました。そうすると、「では、数種の菌が混ざっていたときに、この周波数を当てて、この菌だけを殺すこともできるのではないか」といったことも考えられるようになってきます。

なるほど、超音波キャビテーションの実用化がいろいろ考えられそうですね。

応用について企業からよく相談されているのは、汚水の浄化です。菌や藻類が入った汚い水を薬品を使ってきれいにすると、残留薬品の除去など二次処理が必要になりますが、超音波だけできれいにできれば、安全で衛生的にできるのではないかという期待があります。でも正直言うと、企業からそういう依頼が来るなんて思っていませんでした。菌はキャビテーションのメカニズムや能力を知るための、ただの実験素材と思っていましたから。そもそも、なぜ菌などを使った実験をしてきたかというと、安価で入手しやすい小さいサンプルとして都合が良かったからなんです。

マイクロカプセルの超音波破壊

マイクロカプセルの超音波破壊

誰も解明していないから、やりたかった

超音波の研究をしようと思ったきっかけは?

音ですね。小さい頃からピアノをやっていたし、建築音響などにも興味がありました。大学の研究室でも音響の研究をしていました。音響の研究はすごく幅が広く、音楽音響もあるし、建築音響もある。騒音・振動もあります。いろいろ音に関することを取り扱う研究室で、私はたまたま超音波のグループに所属したというのがきっかけです。超音波キャビテーションについては、気泡内の状態が星と同じような状態ということに、非常にロマンを感じました。超音波キャビテーションの研究は、もともと化学の分野だったんです。超音波洗浄機の中に化学物質を入れたときに、通常ではできない化合物ができるのはなぜか、と化学的な解明から始まった。でも、物理的に解明する人がいなかったので、それを私の手でぜひ挑戦してみたいと思いました。

研究者として大事にしていることはありますか?

なぜだろう?を大切にすること。物理は“おもしろい”が根本だと思います。なぜこんな現象が起こるんだ、どうしてだというのを研究するのが物理の立場。それで、予想と違う結果、説明できない結果が出てきた方がおもしろい。どうせなら、さらに不思議なことでも起きてくれればいいなという気持ちもあります。その方が楽しいんですよ。結果が分かっていることをするのはおもしろくない。

今後の抱負をお願いします。

一つでもいいから、超音波キャビテーションの現象はこういうことだとちゃんと立証したい。そのためには、一つの実験だけではダメ。いろんな手法を使って多角的にアプローチしないといけません。
 今回、気泡の振動が全部スローで見られる、高性能なハイスピードカメラを導入しました。これで動きを観察するのが1つ。それから、高温高圧状態で発生する光を見ること。振動から発生する音を探ること。この3つにしっかり取り組んで、キャビテーションの能力を突き止めたいと思っています。