微生物の生産する化合物から薬を
山中 一也 准教授

ポストゲノム時代の天然物創薬

微生物の生産する化合物から薬を

遺伝情報から予測、効率的な探索を行う

化学生命工学部

山中 一也 准教授

Kazuya Yamanaka

多くの薬は微生物が生産する化合物からつくられている。化学生命工学部酵素工学研究室の山中一也准教授は、生命科学分野の技術進歩によって、飛躍的に登録数が増えた微生物の遺伝情報の公共データベースを活用し、微生物が生産する有用な化合物を独自の方法論で合理的に探索して成果を上げている。それは、創薬の過程をスピードアップし、多くの人が新しい薬の恩恵を受けられる未来を、より近いものにする挑戦だ。

ゲノムマイニングによる天然化合物探索

微生物がつくり出す物質の中から、新しい薬になる化合物を探し出す研究をされているとお聞きしました。どのように探し出すのですか?

医薬の中で微生物由来の薬は、今も多くの割合を占めています。人間の知識や技術ではつくり出せない、複雑な化学構造の化合物を微生物がたくさん産み出しているからです。
 微生物など天然物由来の化合物から薬をつくり出す天然物創薬という分野の研究者は、土壌を中心とした環境中から微生物を採取し、その微生物が今まで知られていない化合物を産み出していないかを探す作業をずっと続けてきました。これは確かに根気の要る研究です。
 ところが、2000年頃にはいくら土を掘り返しても、すでに発見されている化合物を生み出す微生物が採れるばかりで、このやり方では新しい化合物は見つからないと、製薬会社も次々とこの手法の研究から撤退してしまいました。
 しかし、生物資源や化合物資源が枯渇したわけではありません。近年、生物の遺伝情報(ゲノム)を解読する技術が急速に発達しました。その結果、化合物をつくっている遺伝子は微生物のほんの一部にしか過ぎず、実はもっと多くの遺伝子を持っていて、何らかの新しい化合物をつくり得ることが分かってきました。そこで、私達は遺伝情報に基づいて、新しい生理活性を持つ化合物を合理的に探す方法で研究を進めることにしました。このような方法をゲノムマイニングと言います。

遺伝情報から化合物を予測、効率良く探索

微生物の遺伝情報はどうやって得るのですか?

本学にもある次世代シーケンサーなどを使って、微生物の遺伝子を自身で解読して得ることもできますが、今は微生物の遺伝情報の公共的なデータベースが整備されていて、これを主に利用しています。データベースに登録された遺伝情報を探索・特定し、その遺伝情報を持つ微生物を入手したうえで新しい化合物を探します。微生物は、微生物を集めているライブラリーから調達して培養します。
 ここで重要なのが、ターゲットとする化合物です。新しいものであれば何でもいいのではなく、薬になる生理活性がなければ意味がありません。そういう観点から、私達はアミノ酸が重合したポリアミノ酸に注目して探索してきました。

新しい化合物は見つかりました?

2016年頃から着手して2年余りの間に、放線菌という微生物から、新しい生理活性を持ったポリアミノ酸をすでに2つ見つけることに成功しました。ゲノムマイニングをしている研究者は他にもいますが、私達は遺伝子から化合物の生理活性を予測する独自の方法論を作り上げており、それが早く結果を導くことができたポイントかもしれません。
 見つけた化合物の1つは、抗ウィルス活性があることを突き止めました。もう1つも病原性のカビなどに強い効果を示すことが分かってきています。
 また、新しい化合物を探すだけでなく、見つかった化合物が微生物の中でどのように合成されるのか、その仕組みを理解することにも並行して取り組んでいます。化合物は多段階の反応を経て合成されるものです。その過程がどのように制御され、どんな反応工程を経てできているかを明らかにできれば、一部遺伝子を改変して構造の違う化合物をつくる、あるいは反応にかかわる酵素の機能を一部改変して量産できるようにするといった更なる技術の開発にもつながっていくことが期待できます。

土壌微生物スクリーニングを起点とした生理活性分子探索

視野は広く。思い込みが可能性を狭める

研究は地道な作業が続きうまくいかないこともあると思いますが、どのように気持ちを維持しているのですか?

まず、社会生活に何か貢献できる素材を生み出すことに非常にやりがいを感じています。そして、科学的な仕組みを深く知りたいという好奇心があるから続けられるではないでしょうか。結果が出るまで9割は思い通りに行かなくても、残り1割ほどの時間で、こういうことかもしれないというのが分かってくる。それが次の研究に向かうモチベーションにつながっていくのだろうと思います。

この研究に興味を持ったきっかけは?

関西大学大学院を修了後、私は社会に出て企業に入りました。その会社はポリアミノ酸の1つのポリ-L-リジンを製造販売していたのですが、これが放線菌によってどうやってつくられるのか、発見から20年以上経っていたのにまだ分かっていませんでした。誰も明らかにしていない、その仕組みを解き明かしたいと研究を始めました。ところがやってみると、放線菌はいろいろな化合物をつくるもののハンドリングが難しく、学生時代に学んだ手法もほとんど歯が立ちませんでした。うまくいかないのはなぜだろうと考え進めていくうちに、放線菌に魅せられて。それが今の研究につながるきっかけになりました。

研究の今後の課題は?

私達が確立しつつある、化合物を合理的に探索する方法論で、新しい活性のある化合物を見つけ出せることは実証できました。とはいえ、まだ見つけた化合物は2つにとどまっています。また、試験管の中で強い活性が確認できても、最終的に実用化されるものは非常に少ないわけですから、実際に薬を世に送り出す速度としては明らかに遅い。多種多様な化合物を発掘するスピードをいかにアップしていくかが、今後は大事です。
 そのためには機械工学分野の専門家に入ってもらい、機器の自動化を進めることも必要です。また、私達は化合物の抗菌、抗ウィルス、抗がんなどの活性を評価してきましたが、免疫抑制効果など、異なる活性を評価する研究をしている先生方と一緒にやっていく必要もあると思っています。分野を越えた、複合的な協力体制ができて初めて、新しい医薬を合理的に生み出すという最終目標が達成できるのではないでしょうか。

研究を続けていく上で、心がけていることはありますか?

1つのことに固執しないこと。視野はできるだけ広く持つことを心がけています。こうであるに違いないという思い込みが、可能性を狭めてしまうと思い、学生にも同じように指導しています。私からのアドバイスだけにとらわれず、他の良い方法を探索し、主体的に新しい扉を開けてほしいですね。

新規ポリアミノ酸生産放線菌の顕微鏡写真