マイクロ波CTによる乳がん画像診断法の開発
山口 聡一朗 准教授

光・電磁波によるイメージングを医療で活用

マイクロ波CTによる乳がん画像診断法の開発

効果的な乳がんの早期診断を目指して

システム理工学部

山口 聡一朗 准教授

Soichiro Yamaguchi

乳がん患者の増加が止まらない。2017年は1万4000人以上が乳がんで亡くなり、30~64歳の女性のがんによる死因のトップを占めた。乳がんによる死亡を減らすためには、早期発見が重要だ。しかし、日本の乳がん検診の受診率は低く、OECD加盟国の中で最低レベル。社会的課題である乳がん検診の受診率を高めようと、システム理工学部の山口聡一朗准教授が研究開発するのは、マイクロ波CTによる乳がん画像診断システムだ。

定期健診で、気軽に短時間で乳がん検診を

先生のご専門は何でしょうか?

学生時代は、核融合プラズマ物理学を専攻していました。博士課程で大型のX線CT(コンピュータ断層撮影)装置を作るなどして、X線やマイクロ波による測定と画像化・視覚化の経験を積み、2008年に本学に来てからは、X線やマイクロ波の技術を生かした、応用物理の研究ができないかと考え、医療や宇宙工学などの領域のテーマに取り組んでいます。

医療関連では、乳がんの診断システムの研究をされているそうですね。

がん組織は成長するときに、毛細血管を発達させて、酸素や栄養を運ぶ血液を集めます。乳房は脂肪が多く、血液量の多い乳がん組織は、油の中に水が浮かんでいるような状態です。そこにマイクロ波を当てると、油と水の境界でマイクロ波の反射や散乱、回折が起こります。それを測定し、コンピュータで計算することで、がん組織の位置、大きさや形を診断できるのではないか、そういう発想でマイクロ波CTシステムの開発に取り組んでいます。

現行のマンモグラフィの検査などでは、乳がんの診断は不十分なのでしょうか?

マンモグラフィの場合、乳腺外来などの専門病院に行かないと受診できません。そして、X線を当てて診断するマンモグラフィでは、被ばくをなるべく少なくするために、プラスチックの板で乳房を挟んで薄くして検査します。約12キログラムの力で挟むから非常に痛い。しかも、保険が適用されないので、費用がかかる。その上、20代、30代の若いアジア人の女性は乳腺濃度が高く、画像が全体的に白くなってしまい、がんを見逃してしまう可能性もあります。
 私たちが目標としているのは、年1回の定期健診で、例えば20歳以上の女性全員が受診できるような装置です。被ばくしない、痛みもない、そして短時間でたくさんの方を診察できるような、血圧計や体脂肪計ほどの簡単な装置にしたい。できれば大きさ5ミリ、さらに精度を上げて、2~3ミリの乳がんを検出できるものを開発したいと思っています。

画像の精度、正確さを追求する

現在はどの程度まで形になっているのですか?

今は、まだハードウエアを作っている段階です。乳がんの模型を製作し、試作機で試してみましたが、期待するような信号はとれませんでした。いろいろな技術的問題があって、それを改良しているところです。
 真っすぐに体を透過するX線と違って、マイクロ波は複雑に広がっていくので、1つの発振源に対して、周りから患部を取り囲むようにスキャンしなければなりません。また、マイクロ波は振幅と位相という2つの情報が必要で、処理しなければならないデータが膨大なものになります。
 目標は1、2分で計算処理を終わらせること。それを実現するためには、ただハードウエアの性能や計算処理の速度を上げるだけでは解決になりません。物理学における波の現象をもっと深い部分から考え、本当に必要な情報は何か、何を計算すれば一番早く最も近い答えを得られるかということを考えていかなければならないと思っています。

技術的に今、特に苦心している点は何でしょうか?

難しいのは位相の問題です。画像の精度、正確さを追求していきますと、電波の場合は位相をどこまで正確に測るかがポイントになってきます。位相は、接続するケーブルを曲げただけでも、ずれてしまいます。1つのプリント基板の中でも、信号線1本1本の長さが違いますが、これも完璧に合わせないと位相がずれて、画像がうまく出ません。さらに厄介なのは、ハードウエアで使う素子の中には、電力によって位相が動くものがあること。これらを完ぺきに調整して、位相を徹底的に合わせ込んでいかないと、正確には画像が出ないのです。
 逆に考えると、ハードウエアをそこまで追い込むことができれば、ものすごく繊細な測定も可能になるわけです。位相を調整する方法と技術は、乳がん診断だけでなく地球観測やレーダーから食品検査まで、画像システム全般に広く活用できそうだということが見えてきました。

アイデアを形にする面白さ

宇宙工学の領域はどんな研究をされているのですか?

X線CTを使って、固体燃料ロケット推進薬の成分の混ざり方を分析し、理想的な原料配合、混ぜ合わせ方、粒子分散を探り、優れた燃焼特性を持った推進薬の開発と効率的な量産化に役立てようという研究です。量産化によるコストダウンは、日本のロケットビジネスの国際的な競争力の向上にもつながります。X線CT測定では、他の研究室の協力を得て、イノベーション創生センターの装置を利用しています。

先生の感じる研究の面白さとは?

頭の中に描いたアイデアを具体的な形に変えられることですね。自然現象を観察し、物理的に説明できる新しい法則を見つける研究も楽しいですが、物理学から新しいテクノロジーを発明し、実用化するのも面白いです。

今後の抱負をお聞かせください。

まずは、この乳がん診断のプロジェクトを完成させたい。医療機器はエラーが許されず、がんの見落としは論外です。また、がんでない人に「がんの疑いがある」という結果を下すことも問題があります。がんの有無を高い確率で診断する装置の実用化までにはまだ数年かかるでしょうけれど、人を救える分野にかかわる研究をしていることに、とてもやりがいを感じます。
 そして、日本の新しい産業の真ん中に学生をどんどん送り出したいと思っています。日本の産業界で、次に何が来るかと考えたときに、1つは宇宙工学じゃないかと思っています。関大に宇宙工学の拠点を作りたいですね。宇宙関連の研究をしている本学の先生方をはじめ、他の大学とも協力すれば、関西を宇宙分野のシリコンバレーのような、宇宙産業や研究の集積地に育てられるのではないかという期待を持っています。


山口先生がかぶっている青いヘッドギアはマイクロ波で脳を可視化するCT装置を目指して開発しているもの