学生との対面時間を最大限に生かす
古川 智樹 准教授

日本語教育における反転授業の実践

学生との対面時間を最大限に生かす

理解だけでなくアウトプットが中心の外国語教育を

国際部

古川 智樹 准教授

Tomoki Furukawa

反転授業とは、従来の基本的な学習を予習としてオンライン視聴させ、授業では知識の定着や応用力の育成に必要となる対面学習を中心に行う教育方法。日本の教育関係者の間でも2012年頃から徐々に関心は高まりつつあるが、その適用は一般教養科目が中心だ。日本語教育に反転授業を導入した先駆者である古川准教授は、時代に沿った外国語教育の在り方について模索を続ける。

対話力を重視した日本語教育を

古川先生と留学生別科の手塚まゆ子先生は、日本語教育における反転授業実践についての共同研究論文が高く評価され、2016年度『日本語教育』論文賞を受賞されました。留学生別科における日本語教育に反転授業を導入した背景をお聞かせください。

留学生別科では、大学・大学院への進学を目的とする別科生を対象に、入学に必要な日本語能力を養成するコースを開講しています。このコースでは、1年間で日本語能力を初級から大学進学レベルにまで引き上げなくてはなりません。そのため、当初はどうしても文法や語彙などの知識の詰め込み教育になってしまい、学生は実践の場で日本語を話せないという課題がありました。そこで、新しい試みとして反転授業を導入しました。
 また、関西大学が留学生別科を開講したのは2012年。日本語の予備教育機関としては後発です。当時の日本語教育の中で反転授業の手法はあまり知られておらず、その導入とICTを活用した教育は、大学の特徴を打ち出すという意味でもよいと考えました。

2014年秋学期と2015年度春学期の2期に分けて、実施調査を行ったそうですね。反応はいかがでしたか?

第1期は予習で授業動画の視聴を課し、授業はその動画による説明に対する理解を確認しながら進めました。しかし、教員は動画に「教える」という自分の役割を取られ、授業ですべきことが分からず、結局従来通り教えてしまう。そして、学生はせっかく動画を見ても、同じ内容を授業で説明されると予習をしなくなる。その結果、授業と動画の結び付きが有機的に機能せず、動画は活用されませんでした。そこで、第2期は予習で動画を視聴し、課題に取り組むこととしました。授業で予習の解説やフィードバックをするスタイルに変えたことでうまく機能し始めました。

学生の姿勢はどのように変化したのでしょう?

動画視聴が習慣化され、予習に対する意識が変わったと感じます。肯定的な評価として、「事前に質問を持って授業に臨めるのがよい」という声が多いですね。従来の授業では、その場で学生が質問をすることはほとんどなく、復習する中で分からない点に気づくものの次の日には新しい内容を勉強するので、そのままにしがちでした。一方、反転授業は教員が要点をまとめ、動画の中で分かりやすい言葉で説明していることが重要なポイント。例えば、従来の予習で得られる理解度を50%とすると、繰り返し動画を視聴し70~80%の理解で授業に臨み、解らない点は質問して100%にすることが可能です。学生が学習方法の変化やメリットを認識していることは、アンケート調査の結果にも表れています。

動画視聴と実践で、“底上げ”と“質の保証”を実現

反転授業における一番のメリットとは?

一般的に言われるのは、学習理解度の“底上げ”です。理解に時間がかかる学生にとって、繰り返し動画を視聴して予習し、質問をまとめて授業に臨めること。予習により生まれた時間をアウトプットに使えることは大きな利点です。反転授業実施前、第1期、第2期のテストの点数を比較した調査からも、実際に底上げできていることが確認できました。底上げすることで、希望の進路へと導きたいのです。
 また、私は授業の“質の保証”も大きなメリットと考えます。教員にも文法を教えるのがうまい人、発音や会話指導が得意な人など、それぞれ特長があります。反転授業はどの教員が教えても、学習者は最低限の授業内容を動画で学習できる。視聴さえすれば一定の理解度が担保されるのです。

導入の準備にあたり、工夫した点は?

日本語教育のカリキュラムには、文法、語彙、漢字、聴解、読解、会話、作文があり、それらすべてを反転授業にすると学生がパンクしてしまいます。反転させる項目は説明に最も時間のかかる文法のみとしました。動画は視聴に負担の少ない約12分とコンパクトに編集。練習問題は10問程度にし、予習時間がトータル30分に収まるよう配慮しています。
 また、反転授業がなかなか普及しない理由の一つに、動画の撮影や編集作業、アップデート等、教員への負担の大きさがあります。私たちは、動画で説明する項目を各教員で分担。協力して一気に撮影し、アップデートは関西大学の講義配信システム「関大LMS」にリンクを貼る形で実現しました。反転授業を教員個人で導入している例はありますが、私たちのように一機関全体で行っているところは私の知る限り他にないと思います。

テクノロジーを活用し、時代に即した教育を追求する

今後の課題は何ですか?

私たちの考える授業スタイルは必ずしもすべての教員や学生にマッチするとは限りません。「日本語教育に反転授業はふさわしくない」と考える教員や、従来型の授業を望む学生もいるでしょう。どうやって理解を得るか、妥協点を見出さなくてはなりません。
 また、今は小学生がプログラミングをする時代です。小さな頃からICTを活用して学習してきた学生と教員とでは、世代が全く違う。反転授業は、教員の役割を教える者からファシリテーター(促進者)へと変えるもの。今後は教員の指導能力を高める実践的な研修も必要となり、教員は教育の世代間ギャップを敏感に感じ取りながら教員自身が学習を続けていかなくてはなりません。

先生は、記録をデジタル化して残すe-ポートフォリオ等の研究も並行して進めています。今後の展望をお聞かせください。

私が日本語教員を始めた頃は、まだテストの添削を赤ペンで行う紙の時代。単純な問題のマル付けをする時間が無駄に思え、なんとか効率化できないものかと思っていました。eラーニングの登場で、「将来はもっと便利になり、教員の負担は減るだろう」と思いました。しかし近年、学生に任せきりの学習方法には限界があり、やはり教員がどのようにかかわり、ICTを絡めた学習者の学習をどうデザインするかが重要であると分かってきました。どうすればICTというテクノロジーをうまく使って学習を効率化できるのか? よいツールがあっても使いこなせなければ意味がないので、そこを突き詰めていきたいですね。
 反転授業の先駆者であるBergman & Samsは、その著書で「教師と生徒が顔を合わせる時間を最大限に生かすためには、その時間をどんな風に使うべきだろうか?」と問題提起しています。言語教育では、教員による説明の時間よりも学習者のアウトプットの練習時間を増やす方が教育効果は望めます。今後はICTの果たす役割が大きくなり、それらを駆使した授業をトータルでデザインすることが必要不可欠となります。教員には、知識や教育能力はもちろん、コーディネート能力やファシリテーターとしての能力、学生と信頼関係を構築する能力などが求められるでしょうね。
 現在、私は大学の留学生の授業を担当しており、留学生別科と同じく、文法の習得と定着を目的とする「完全習得学習型」の反転授業を行っています。今後は、実践的な専門知識やスキルの育成を目的とした「高次能力学習型」を導入し、論文や発表に必要な能力を養う授業に取り組んでいこうと思っています。