身体に優しいマテリアルの開発
岩﨑 泰彦 教授

生体に倣うマテリアルデザイン

身体に優しいマテリアルの開発

化学の力で疾患に挑む!

化学生命工学部

岩﨑 泰彦 教授

Yasuhiko Iwasaki

KU-SMART PROJECTのメンバーである岩﨑泰彦教授は、大学時の卒業研究以来20年余にわたって、生体になじむポリマーの開発に取り組んできた。細胞膜表面の構造を模倣した血液凝固を起こさないポリマーの開発から、最近では生きている細胞の表面を改変し、その機能を操作する新たな挑戦まで、研究の歩みを進めている。

生体の中にあるものをまねて、ポリマーを合成

ご専門は生体材料とお聞きしていますが、“生体材料”とは何でしょう?

古典的には医療機器に用いられる人工の材料と定義されています。今日では人工物に限らず、生体分子や細胞などを組み込んだ材料設計が進められ、目的も医療機器に加え、薬物輸送、診断、計測、分析に至るまで生体(成分)と触れて用いられるあらゆる材料として認識されています。その中で私たちは、生体と接触したときに異物と認識されないように、我々の体内で認められる分子をまねて、身体になじむ材料をつくることに取り組んできました。

具体的に、どんな生体材料を作って来られたのですか?

一つは、血液と接触して、凝固反応を誘起しないポリマーを作っています。このポリマーは、人工の血管、心臓、肺などの循環器系医療機器の表面改質に応用できます。血液は異物と触れると、固まる性質があります。つまり、もともと生体に存在しない人工の材料に触れると血液は固まってしまいます。今の医療では、それを防止するため、血液が固まらないように患者に薬を投与するなどの方法をとっています。しかし、血液が固まらない素材が作れたら、投薬量の軽減にとどまらず医療機器の安全性も高まると考えられます。健全な血管の中では、血液は固まりません。そこで、血管の内側にある細胞の表面に着目しました。
 細胞の表面は、タンパク質と糖鎖とリン脂質から構成されています。そのリン脂質の構造をまねて合成したポリマーが、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)ポリマーです。材料表面で起こる凝固反応は、血中のタンパク質が表面に吸着することから始まります。しかし、MPCポリマーを塗った表面にはタンパク質が吸着しなくなり、凝固反応が進みません。MPCポリマーは、それ自体で人工血管のようなチューブをつくることも、血液と接触する医療機器の内側をコーティングすることもできます。
 もう一つ、核酸と同様の構造を持ち、生体内で分解しても毒性が出ないポリリン酸エステルポリマーの合成に成功しました。このポリマーは、骨の主成分であるアパタイトに対し高い親和性を示すので、骨の疾患の治療に活用することができるのではないかと、研究を進めています。例えば、骨粗しょう症。健康な骨は、古い骨が吸収され、新しい骨が作られるリモデリングによって維持されています。しかし、骨粗しょう症になると、骨を溶かす破骨細胞が活性化し、骨を作る骨芽細胞の働きが追いつかなくなり、骨密度が低下してしまいます。ポリリン酸エステルポリマーを投与することで、この破骨細胞と骨芽細胞の活性のバランスを上手く調節することが期待できます。今、大阪医科大学との共同研究の中で、その効果を検証しているところです。

骨吸着性ポリマー


蛍光修飾ポリマーが骨に吸着している様子
〈上〉: 蛍光物質を複合化したポリマー
〈下〉:蛍光物質のみ(骨への集積が見られない)

生細胞の表面を修飾し、がん治療へ展開

前述では、生体分子の構造と機能に着目した材料設計に関する研究に触れましたが、生きている細胞を材料と捉えて、その表面を化学的に操作し、新たな機能が付与された細胞の難治性疾患治療における有用性を見出す研究にも取り組んでいます。
 具体的には、白血球の一種、マクロファージの表面改質を行い、がんの免疫治療に展開しようというものです。
 マクロファージは、体の中に入ってきた異物や、死んだ細胞を食べて消化し、体内で清掃屋の役割を果たす細胞です。この細胞の表面に、がんの細胞表面に高発現しているタンパク質と結合する核酸アプタマーを修飾しました。
 元来生体には、免疫機能が働いてがん細胞が排除される仕組みが備わっています。しかし、免疫を回避するがん細胞が出現すると、がん細胞を排除する仕組みが破綻し、がんが発症すると言われています。マクロファージの表面を改変することによって、がん細胞との親和性を高め、より多くのがん細胞を捕捉させることが可能になると期待されます。さらに、マクロファージに修飾するアプタマーの構造を変えることで、この技術が種類の異なるがん細胞や他の病原物質の排除に応用できると考えています。
 生体内で生じる疾患の機構はとても複雑で、人工の材料だけでは十分に対処できないものも数多くあります。細胞資源が充実化し、細胞医療製品の開発も盛んになってきている今日、生体の力を利用する革新的な治療法の開拓は、今後ますます重要になっていくと思っています。

  • アプタマー修飾マクロファージ


    蛍光アプタマーを修飾したマクロファージの
    蛍光顕微鏡写真
    〈緑〉:蛍光アプタマー 〈青〉:核

  • マクロファージとがん細胞


    表面にアプタマーを修飾したマクロファージが
    がん細胞を貪食する様子

分子が作れる!卒業研究で感じた驚きが原点

そもそも、生体材料の研究に興味を持ったきっかけは?

きっかけは大学4年次の卒業研究です。私は理工学部の学生でしたが、とある縁でMPCポリマーのプロジェクトに携わる機会を得ました。そこでは、有機化学的手法による化合物の合成から細胞等を用いた生化学的な解析に至るまで、循環器系医療機器の抗血栓化を目的とした研究が系統的に行われていました。当時、座学で得た知識が、どう人のために役立つのかと疑問に思っていた私にとってそれは衝撃でした。20年以上にわたって生体材料に関わる研究を続けていますが、研究を始めた頃のワクワク感は今も鮮明に覚えています。

岩﨑先生は、関大メディカルポリマー(KUMP)※1を基軸とする「KU-SMART PROJECT」※2のメンバーでもありますが、現在の研究環境についてはどうお感じですか?

関西大学ではポリマーおよび生体材料に関する研究を行っている教員が大勢います。そのため、これらの研究を進めるために欠かせない設備も最先端のものが揃っています。教員同士の横のつながりも強く、また、学外の医師などとの連携も活発で、非常に良い環境で研究活動を行っています。
 また、2019年度入試から、化学生命工学部のAO入試において、「関大メディカルポリマー型」の募集枠が新設されます。化学をベースとして、医療や生命工学に携わりたい、研究をしたい、将来、そういう分野で活躍をしたいという人に、ぜひここで学んでもらいたいですね。

KUMP

  • ※1 KUMP……関大メディカルポリマー:本学が開発した医療用の高分子材料。温度などを感知・認識して形を変えたり、溶液からゲルに変化したり、体内で狙った速度で分解吸収されたりと、治療と診断における患者の肉体的・精神的・経済的負担を軽減することが可能な革新的素材。
  • ※2 KU-SMART PROJECT……Kansai University Smart Materials for Advanced and Reliable Therapeutics projectの略称。KUMPを基軸とし、3つのM(Materials、Mechanics、Medicine)で「人に届く」医療器材および治療・診断システムを開発し、社会への貢献を目指し、化学生命工学部、システム理工学部と大阪医科大学が連携して展開するプロジェクト。