困難を抱えた子ども、若者、家庭を地域で支援する
石田 陽彦 教授

臨床心理士の在り方を研究

困難を抱えた子ども、若者、家庭を地域で支援する

切れ目のない自立支援の実現に向けて

心理学研究科(臨床心理専門職大学院)

石田 陽彦 教授

Haruhiko Ishida

特別支援教育の組織化をはじめ、発達障害者の社会参加や不登校、青年のひきこもり対策など、自立支援に関する多様な活動に日々奔走してきた石田教授。現在は、「有能で有用な地域支援臨床心理士」の育成に尽力している。内閣府子ども若者・子育て施策推進室調査検討委員としても、困難を抱える子ども達が早い段階で社会復帰できるよう地域支援の組織作りにまい進する。

不登校の子ども達とその家族を地域が支援

先生は地域支援臨床心理士として、奈良県葛城市を中心に幅広く活動されています。その背景や内容とは?

奈良県とのかかわりは、1996年に「文部科学省スクールカウンセラー(SC)活用調査研究事業」のSCとして、中学校へ登用されたことが始まりです。2年限定の勤務でしたが、町長から町のSCとして残ってほしいとの申し出があり、喜んで了承しました。そこから地域の不登校児童の全戸家庭訪問を行い、実態を把握したうえで、99年に全国初となる町立適応指導教室を開設しました。
 この適応指導教室は、子ども達に何かを強制したり、子ども達が嫌がることを無理にさせたりせず、本当に好きなことをし、そこから意欲を持って生活できるよう導くという点で、一般的な指導教室とは大きく異なるものとなりました。また、保健センターなどと連携したことも特徴の一つ。というのも実は教育委員会には子ども達の生活背景に関する情報がわずかしかなく、手掛かりの多くは保健センター等にあるためです。例えば、怠けていると思われていたとある不登校の中学生の話ですが、保健センターの情報を開示してみると、3歳から歯が無かったことが分かりました。つまり、幼少期から養育放棄されていたのです。このように、不登校の背景に潜む家庭問題等を察知することで、根深い部分からケアすることが可能になりました。

地域でかかわり、支援する意義とは?

医師による治療とは違い、臨床心理士はその人の成長発達を支援し、社会へ戻れるようにすることが仕事です。この町の適応指導教室では、子どもを関連機関などに任せっきりにする名ばかりの連携ではなく、関連機関で対応しても、必ず地域の学校や適応指導教室が抱え直し、地域で育てあげる体制(リーチング・アウト・イン)をとっています。一般的な教育委員会による支援は中学校までで、問題を抱えた子ども達は卒業すると行き場を失います。しかし、適応指導教室を出た子どもは、開設以来ほぼ全員が進学。ひきこもりはゼロです。それが地域でかかわる意義と言えるでしょう。

それらの取り組みが、2010年に施行された「子ども・若者育成支援推進法」の流れと合致し、内閣府に注目されたのですね。

当時、35歳までの若者達の不登校やひきこもりの総数は、全国で80万人に達すると言われていました。私達は奈良県や葛城市のひきこもり調査を行い、不登校やひきこもりの中には多くの発達障害と呼ばれる人達がいる事実も確認しました。そこで、彼らのレジリエンス(心の回復力)を高めることを重視したキャンプの実施等を開始したところ、それを後押しするように、内閣府が「子ども・若者育成支援推進法」を施行したのです。これは、困難を抱えた子どもや若者を、子育てから社会復帰まで一貫して地域が支援しようという法律です。葛城市は奈良県初のモデル地区となり、それを関西大学が支援。学内の社会的信頼システム創生センターと協働して、子ども・若者支援ネットワーク形成のための研修会を開催したことは、全国初の試みとして高く評価されました。

発達障害の子ども達を安心して育てられる町作り

一方で、先生は発達障害の子ども達を対象とする特別支援教育にも携わられています。活動の経緯をお聞かせください。

発達障害は正しい診断が難しい。そのため、私達は診断を不要とし、ニューロダイバーシティ(脳の多様性)、個性の問題としてかかわっています。

 「特別支援教育法」が施行されたのは07年ですが、私達はそれに先駆ける形で、04年から葛城市教育委員会、児童福祉課と協働して幼稚園や保育施設、小学校への巡回相談を開始しました。また、文部科学省の研究事業で国立曽爾(そに)青少年自然の家で軽度発達障害児への野外キャンプを実施。保健センターと協働し、就園前療育も始めました。それらの活動が広まったことや中学生までの医療費免除等の利点から、葛城市は子育ての町として知られるようになり、今も子育て世代の人口が増え続けています。

野外キャンプとはどのような内容なのでしょう?

沢登りなどの冒険的な活動を通し、達成感を積み重ねながら、子ども達の社会性や自己肯定感、レジリエンスを養います。沢登りをすると、水は降ってくるし足元は気持ち悪いしで、子ども達は最初、とても嫌がります。発達障害の子はバランス感覚が不安定で、岩の苔で転びそうにもなる。すると、自然に横にいる人の腕をつかみ、他人の必要性を理解する。手を取ってもらい進むうちに「僕だってできるもん」と自ら楽しむようになってくる。だめな子、出来ない子と言われ続け疲弊していた子ども達は、どんどん変化していきます。
 一方で保護者には、一般的な訓練キャンプのように、子どもの扱い方を指導するということはしません。子ども達の面倒のほとんどを学生が見ますから、とにかくリフレッシュしてくださいというスタンスです。親も相当疲弊しており、「この子が生まれてから、初めてゆっくりご飯を食べられる」とおっしゃる方や、何も出来ないと思っていた我が子の一生懸命な様子を見て「私もまた明日から頑張ります」という言葉が出る方もいらっしゃいます。


  • 沢登りにチャレンジ


  • お餅つき体験


  • 竹工作のワークショップ

子育て世代を包括支援するセンターを設立

現在、先生が統括カウンセラーを務める葛城市のこども・若者サポートセンターとは?

子育てや教育、不登校などの相談窓口を一元化し、臨床心理士や保健師などの専門職員が常駐して相談に応じるセンターで、16年に開設しました。これにより、関係部署や医療機関等との連携がスムーズに。利用者は相談先を迷うことがなくなり、年代が変わっても切れ目のない相談が可能になりました。また、心理職のスタッフがすべての幼稚園や小学校を巡回。子ども達をじっくり観察して教員との指導を進めています。関西大学の学生も実習で入っていますよ。

関西大学は、11年に葛城市との連携協定を締結していますね。

はい。それ以来、前述のキャンプをはじめ、新生児全戸訪問調査への同行や養育相談等の実習など、さまざまな活動に学生が参加しています。ありがたいことに関西大学の学生が一生懸命に取り組む姿が評価され、葛城市だけでなく大阪市や豊中市など多くの市町村から要請があります。学生にとっては社会に出る前の良い訓練であり、学生と連携先の双方が成長していると感じますね。

現在も多岐に渡ってご活躍されていますが、今後の展望は?

7年前から携わっている奈良県下北山村の自殺対策事業を進めます。下北山村は人口900人ほど。高等学校はなく、中学校を卒業して村を下り進学すると、そのまま社会へ出て行きます。以前は村に戻ってきた人が自殺することがあったのですが、今は自殺を防ぐため、小学生の間に心の中に「ふるさと」を作る活動をしています。親は皆仕事を持ち、夏休みになると子ども達は生活が乱れる。そこで、寺子屋教室を開きます。子どもだけでは入れない川で思い切り遊び、寺子屋教室主催の夏祭りでは自作の神輿を担いで練り歩く。さらに夜には星空の下で映画を楽しみます。子ども達はどんどん村を好きになります。そうすることで、自分には帰れる場所があると思えるようになるのです。大事なのは心を生かすこと。その活動に注力します。
 また、近い将来、内閣府をはじめ他大学とも協力し、若い人材を育成するトレーニングシステムも構築したいと考えています。大人は合理的で効果のありそうな説明や、早く解決しそうな方法を選びがちですが、それを子どもにあてはめても仕方ありません。大切なのは“かかわりながら待つ”こと。ほとんどご飯を食べない子どもも、せかすから食べられなかっただけで、こちらが待っていればちゃんと食べます。そうしたことも学べる場にしたいですね。


  • 自作の神輿を担ぐ地元の子どもたち


  • 下北山村の『寺子屋教室』


  • 10年前までレースに参戦していた石田教授


  • 鈴鹿サーキットのライセンスカード