小学校英語指導のための校内教員研修システムを構築
池田 真生子 教授

外国語の学習方略に関する研究

小学校英語指導のための校内教員研修システムを構築

英語活動における教員の不安軽減に焦点をあてて

外国語学部

池田 真生子 教授

Maiko Ikeda

急速に進むグローバル化に対応するため、今年3月、文部科学省は新学習指導要領を公示。2020年度より、小学校における英語に親しむ活動の開始時期を現在の5年生から3年生に早め、5年生からは英語を教科化することとなった。活動の本格化に伴い、指導する小学校教員の不安が多く報告されていることを受け、池田真生子教授は、小学校校内での教員研修システムの構築について研究を進めている。

追い付いていない小学校英語の教育現場

先生はさまざまな教育機関で講演や研修を担当されています。新学習指導要領導入を前に、小学校における英語教育の現状はいかがでしょうか?

現場では先生方への研修が間に合っていないと感じます。小学校英語の教科化は2018年度からの先行実施も認められており、社会のニーズなどから、ほとんどの小学校はなるべく早く取り組みたいと考えています。しかし、それを実施する小学校の先生方は、英語を教える資格を持っていません。British Council(英国の公的国際文化交流機関)による中央研修や、中学校の外国語(英語)2種免許を小学校の先生方に取得してもらうための講習等が、文部科学省の肝いりで実施されていますが、日本の公立小学校の数と、そこで教える小学校教員の数を考えた時、焼け石に水の状態です。このため、今の状態で果たしてきちんと教えていけるのか、つまりサステナビリティ(持続可能性)があるのかを、学校管理職の先生方や教育委員会指導主事の皆さんはもちろんのこと、現場の先生方が大変不安に思っていらっしゃいます。

その不安を軽減するために、英語指導のための校内教員研修システムの研究を開始されたのですね。

はい。世界的に見ると日本の状況は特殊です。海外では新しいカリキュラムが導入される際、夏休み期間等を利用し、場合によっては何年も掛け、事前にしっかりと必修の教員研修を実施します。日本でも文部科学省が中心となって研修を計画・実施されていますが、なかなか追い付いていないのが現状です。
 課題として見えてきたのは、研修成果が、据野(教室で授業をする小学校教員一人一人)まで広がっていないということです。その一因は、研修の多くが夕方に研修センターなど学校外で行われていることにあります。この時間帯は児童や保護者の急な対応が入ることも多く、先生方が学校を離れること自体が大変です。また、センターなどでの研修には各校の代表者が参加されるケースが多く、その情報が校内で十二分に共有されていないことも要因と考えられます。そこで、私を含め本学の英語教育学専門の教授3人で、持続可能な校内教員研修システム構築の研究を始めました。

学生を派遣する新しい校内教員研修システム

校内教員研修システムの特徴を教えてください。

最も特徴的なのは、大学教員の指導の下、大学院生・学部生が小学校を訪問し、校内教員研修を支援するということです。学生がTA(ティーチング・アシスタント)として授業に入り児童を支援することはありますが、教員の研究を支援するケースは他にありません。特に本学の場合、外国語学部で教員免許取得のために勉強している学部生や外国語教育学研究科で、中・高等学校の英語教師になることを目指している大学院生が多くいます。彼らにとっては学校現場を垣間見られる大きな学びの機会であり、小学校教員からは研修支援のニーズがある。両者を結び付けることで、互助の関係を築けるのではと考えました。

システムの導入はいつからですか?

吹田市の教育委員会と提携し、2014年度からプロジェクトとして導入を開始しました。現在の派遣校は3校で、各校のニーズに合わせ、年に3~7回の研修を実施しています。本当はもっと多くの小学校に学生を派遣したいのですが、それだけの準備を整えた学生を育てるのが難しいところ。研修では学生をペアで行動させているため、派遣校数が増えればそれなりの人数が必要です。そのため、研修システムを構築できるまでは、研修の質を保証できる範囲で実施しています。

どのような流れで学生を派遣するのですか?

まず、学習意欲が高い教職志望の学生を中心に声を掛け、事前研修を夏休みに5日間集中で受講してもらいます。これは、小学校英語を専門分野の一つとした本学研究科修了生が担当します。その後、9月頃から各校へ派遣を開始します。
 校内教員研修の内容は学生に負担がかかりすぎないよう、活動案と教室英語の効果的活用の紹介という2つに設定(小学校からの要望に基づく)。事前のあいさつや打ち合わせにも学生が赴き、各小学校別の細かなリクエスト等も勘案して研修を支援します。

実施後の手応えはいかがですか?

小学校教員は、自校内で研修を受けられるようになって負担が軽減されました。研修後の反応としては、多数の参加者が満足と表明しており、知識・技能の習得に加え、「明日からの授業に役立つ内容を練習できた」「さまざまな活動案を知り、授業をイメージ出来るようになってきた」「教員同士のコミュニケーションの場になった」などの評価を頂いています。また、外国語活動の目標には、「文化についての理解を深める」ことも挙げられていますが、小学校教員にとっては、異文化を活動に取り入れるのが難しいようです。その点、本学の学生は、英語を専攻し、留学経験者も多く、異文化に対する知識や経験も豊富。その強みを生かした活動案を提供できたことも、好評を得られた要因だったと思います。
 一方、学生は現場の教員の考え方を間近で感じ、事後アンケートでは「とても勉強になった」と全員一致で述べています。もちろん、プロの前で話すという負担はあるため、それに関しては「完成した活動案を持って行く必要はなく、元ネタを準備しディスカッションの機会を提供するという意識で臨むように」と随時伝えています。
 また、実施して初めて分かったのですが、大学教員が直接関与するより学生を派遣した方が、小学校教員同士の議論がより活発になるようです。その一方で小学校教員からは教育者の先輩として学生にアドバイスもたくさん頂いており、より良い関係性が生じていると感じます。

今後の課題をお聞かせください。

現在、校内教員研修システムの実施は吹田市内の3校のみなので、もっと多くの学校で出来るよう学生の人数を補強したいですね。

 また、何年も同じ小学校で研修すれば需要も変わるはずです。英語教育の受け入れ準備が出来ている小学校とそうでない小学校の違いもあります。それにこうした異なるニーズに応じて、研修の在り方を変化させることも、今後の検討課題です。研修の最大の目的は先生方の不安を軽減することであり、それには先生方の自主性が重要。ゆくゆくはリクエストの割合がもっと高くなっても良いと思っています。
 これまでの研究で、学生派遣型の校内教員研修では、管理職のリーダーシップや教員間のチームワークが鍵となることが分かってきました。こうした研究知見を統合して、最終的にはサステナビリティのある研修システムを構築し、先生方が不安なく児童と授業をできることに貢献できればと思っています。

人生の早い段階から自身の学習をマネジメントできるように

今後の抱負をお聞かせください。

専門の外国語学習方略では、どのように英語を学習するのが効果的か、その学習方法をどのように学習者に伝授すればよいかを、指導方法、教材、学習環境などの観点から研究しています。この道に進んだのは、私自身が学生時代に英語の学習方法で苦労し、大学院で英語教育学を学んだ際に、「もっと早く、この内容を教えて欲しかった!」と強く感じたから。学生が私と同じ思いをしないよう、少しでも早い時期に英語の学習方法と、その方法が良い理由を伝えたいと思ったのです。このことは、広い意味では教員研修や小学校英語にも応用できます。より効果的な学び方を知ることは、「魚をもらう」だけではなく「魚の釣り方を教えてもらう」ということです。釣り方が分かれば、研修以外の場でも自分で学ぶことができます。また、釣り方を小学校の早い時期から徐々に学ぶことで、長い道程となる英語学習を自分でマネジメントする力が付くでしょう。今後はその意義や共同学習についても先生方にお伝えしていきたいですね。
 英語は他教科と違って新たな方針が提示されることが多く、その度に現場の先生方は大変な思いをされています。けれど、児童の成長を思い、懸命に努力されています。だからこそ、私たちは支援員の役割を果たせる学生をしっかりと養成し、先生方の自主性を更に高め、持続性のある研修システムを提供していきたいと思います。私にとって学生の育成は後進の指導にも相当します。彼らの成長する姿を見ることは、一番の楽しみでもあります。


小学校で行われる校内教員研修の様子。教職を志望する外国語学部の学生が研修を実施する