叩いて亀裂閉口、当て板接着補修簡易・安価に疲労寿命向上
石川 敏之 准教授

損傷した鋼橋の簡易補修の研究

叩いて亀裂閉口、当て板接着補修簡易・安価に疲労寿命向上

橋梁を安心・安全、長く使うために

環境都市工学部

石川 敏之 准教授

Toshiyuki Ishikawa

日本では、国土交通省が定める設計基準「道路橋示方書」によって、道路橋を100年以上使用できるように設計することが求められるようになった。一方で高度成長期に集中的に建設された橋梁の老朽化が課題となっている。石川敏之准教授が取り組む鋼橋の簡易で安価な補修技術の研究開発は、適切なメンテナンス、維持管理を実施し、道路橋という社会基盤構造物を長く安心して使用できる体制の確立に役立つものと期待されている。

鋼橋を100年使えるようにするための補修技術

橋梁の維持・管理に関する研究をされているそうですね。

100年以上使用できるような橋梁の耐久性を実現するためには、適切な維持・管理が必要です。そこで2014年から、道路橋は5年に1度の頻度で近接目視により点検を行うことが道路法施行規則で義務付けられました。このサイクルで定期点検を行うのであれば、大掛かりな補修工事が必要になる前に、ある程度の効果のある簡易な補修を続けながら、耐久性を維持していくことも可能になります。そのための簡易で安価な補修技術、特に鋼の橋梁に関する技術の研究開発をしています。

具体的に、どんな技術の研究をされているのですか?

大きく分けると2つあります。1つは鋼橋の疲労亀裂近傍を叩いて、亀裂表面を閉口させる技術。ICR処理(Impact Crack ClosureRetrofi t Treatment)といいます。これは、名古屋大学で私が助教をしていた時に、山田健太郎名誉教授と開発した工法で、比較的小さな亀裂に対しては、亀裂の表面を叩くことで、亀裂の進展を遅延させる、場合によっては完全に停止することができるというものです。
 鋼橋は、鋼板を組み立てて溶接して製作しますが、溶接の端部などに力が集中し、繰り返し荷重を受けると亀裂が生じることがあり、この疲労亀裂が耐久性を損なう原因となっています。一般的に、亀裂の先端に孔を開けて亀裂の進展を止める、当て板をするなどの補修方法がありますが、ICR処理は叩いて表面を閉じるだけで亀裂そのものを除去しているわけではないため、積極的には採用されることはありませんでした。しかし、試験データを蓄積することで、適用範囲が明らかになり、阪神高速道路の鋼橋での試験施工やNEXCO中日本の鋼橋で実施されるようになりました。従来の補修に比べ、叩くための空気動工具(フラックスチッパー)、小型のコンプレッサーおよび発電機以外に大掛かりな設備が不用、作業時間も数分、コスト面においてもメリットの大きい工法ではないかと思っています。叩き方は30分程度の講習で、学生でも習得することができます。これまでに、補修作業を行う企業への指導も行い、技術の普及も図ってきました。
 もう一つは、当て板接着補修という技術です。腐食損傷のある箇所に対しては、鋼板を高力ボルトで接合する方法が一般的ですが、より簡易な補修法が望まれています。これに代わって期待されているのが、炭素繊維強化樹脂板(CFRP板)による接着補修法です。この方法は疲労亀裂の進展の防止にも効果が期待できます。接着剤でCFRP板を貼り付けるだけで簡単ですが、当て板の脆性的な剥離や耐久性が懸念されています。しかし、接着の効果を数式で解析することで、どういう条件で剥がれるのか、剥がれやすさの評価もできるようになってきています。
 鋼板で当て板補修をする場合、接着した鋼板の端部をスタッドボルトで軽く締め、接着接合とスタッドボルト接合の併用によって剥離を防止する工法を現在、研究しており、剥離の防止効果が高いことが明らかになっています。CFRP板は軽量で作業現場でのハンドリングが良く、工期の短縮も期待できますが、鋼板でもある程度の大きさまでならば作業の負担になる重さにはなりませんし、CFRP板よりも安価というメリットがあります。今後は、ICR処理か接着補修か、亀裂や腐食の程度や箇所によって補修法を選択できるような技術を開発・提案してきたいと考えています。



  • 愛知県立田大橋


  • 阪神高速道路

ICR 処理を試験施工した橋梁


橋梁ドクターとして、近畿各地の橋梁を診断

こういった技術の開発が急がれるほど、日本の多くの橋梁が問題を抱えた状況なのでしょうか?

遠くから眺めるときれいな橋梁も、近づいて見ると疲労亀裂が発生していたり、塗膜が剥がれてさびが生じていたりしているような状況は多くなっています。特に鋼橋が多く、重交通となる大都市圏には、損傷箇所のある橋梁が多く見られます。近年の橋梁は、金属疲労に対して安全性を確保する疲労設計がされていますが、古い橋はそのような設計を取り入れていませんので、確実な点検が不可欠といえるでしょう。
 使えるものを長く安全に使うために、少しの補修で延命させることは現実的な選択だと考えています。それがまさに私が取り組んでいる研究です。疲労亀裂や腐食損傷のある橋梁は数多くありますが、それらをすべて補修するだけの予算が確保できなければ、小さな亀裂は簡易な補修で延命し、各年度の予算を平準化する。私の研究する技術は、橋梁の持続的な維持管理をするために役立つのではと考えています。

橋梁ドクターをされているということですが、橋梁ドクターとは?

国土交通省近畿地方整備局の委嘱を受けて、近畿地方整備局が管轄する橋梁の損傷判断や補修について、高度な専門的判断を必要とする場合に、技術的な助言や指導を行うのが橋梁ドクターの仕事です。私は2014年から引き受けていて、年に数回、近畿各地の橋梁に足を運び、高所作業車に乗って調査することもあります。点検データは事前にいただく場合もありますが、やはり現場を見ないと判断はできませんから。

理論的な探究を志し、橋梁メーカーから大学へ

そもそも橋梁の研究を始められたきっかけは?

小学生の頃から橋梁が好きで、開通したばかりの大鳴門橋を見に連れて行ってもらったのが、興味を持ったきっかけです。大学では土木工学を修士まで学び、修了後は橋梁メーカーで4年半の間働きました。将来、必ず訪れる橋梁の補修の問題に対して、理論的な方向から考えたいと思い研究の世界に戻ってきました。

今後の抱負を教えてください。

引き続き、簡易で効果的な補修法の研究に取り組んでいきたいと思っています。研究にあたっては、事実をしっかり見つめ、さまざまな角度からデータを分析することを心掛けています。接着補修は多くの人が補修法としては信頼がおけないと思い込んでいましたが、実験データを蓄積し、理論的な評価を行うことで、効果が期待できる接着補修法が明らかになってきました。今後も、多くの人が疑うような簡易で効果的な補修・補強技術を開発したいと思っています。