公共交通を見直し、地域再生へ
宇都宮 浄人 教授

経済学をベースに交通問題を研究

公共交通を見直し、地域再生へ

路面電車による新しいまちづくり

経済学部

宇都宮 浄人 教授

Kiyohito Utsunomiya

路面電車を昔の乗り物と思い込んではいないだろうか? ヨーロッパやアメリカでは、路面電車を新世紀の都市交通の主役として積極的に導入している。宇都宮浄人教授は前職の日本銀行勤務時代に海外を経験、街のにぎわいに公共交通が影響していることを実感。日本で応用すれば、街の衰退や交通渋滞など現在の都市が抱える問題を解決し、地域再生の切り札にもなると提唱する。

再考すべき日本の交通システム

専門分野の一つ、交通経済学とはどのような学問なのでしょう?

交通という身近な現象を解明し、政策提言も行うことで、豊かで幸せな社会を築こうという実践的な学問です。交通は物品を売買するビジネスとは違い、最初に、トンネルなどの大きな固定資本を要する特殊な経済活動。そして、例えば車を利用する場合、排気ガスによる地球温暖化への影響、騒音被害、渋滞による余分な時間といった見えない「社会的費用」も発生します。一方で、鉄道や道路が通ると利便性は良くなり、人々が行き来することでビジネスも発展、街は繁栄し、幅広い「外部効果」が生まれます。「衣食住交」とも言われるほど、社会生活も経済活動も交通なしでは成り立ちません。

現代の日本が考えるべき交通問題とは?

今 、日本は高齢化が急速に進んでいます。特に地方圏の移動は、大部分、自家用車によって支えられています。しかし、歳をとると必ず運転できなくなる時が訪れます。戦後のモータリゼーションによる社会は転換期に差し掛かっており、これから先の社会がどうあれば幸せなのかを考える必要があるのです。自動車交通は、環境問題の観点からも早急な見直しを迫られています。
 一方、地方圏では経営難により鉄道やバスが次々と廃止され、住民の足が無くなっています。けれども、人口減少が進むこれからの時代、新たな投資をしても回収できません。しかも、道路整備が進められて街がどんどん郊外に拡散する一方、中心市街地が寂れたため、公共交通はますます利用されなくなりました。

人にも環境にも優しい路面電車

海外では、日本のような問題は生じていないのですか?

海外も自動車社会であることに変わりありません。けれども、ヨーロッパの場合、人口20万人以下の街でも中心市街地は非常ににぎわっています。公共交通の計画が都市政策と一体で行われ、特に、人口10万人以上の都市では、LRT(次世代型路面電車)を基幹とした公共交通網が整備されてきました。

路面電車の導入によるまちづくりのメリットとは?

路面電車は、バスよりもゆったり、鉄道よりもコンパクトな中量輸送機関としての役割を果たします。特に新しい車両は、完全バリアフリーで高齢者や車椅子、ベビーカーでも乗りやすく、また、LRTではバスなど他の交通機関との接続にも配慮するなど利便性を重視しているので、人の動きを大きく変える効果があります。設備導入にあたるコストも地下鉄やモノレールよりも圧倒的に安く、線路という軸があるため、日常的に利用しない人や観光客にも分かりやすい。災害時の復旧も早いですね。そのほか、海外では車両や電停自体を街のランドマーク、アートとしてデザインし、魅力的な景観のまちづくりにも活用されています。

日本であまり導入されていないのはなぜですか?

主な理由は3つあります。1つ目は、車社会だから仕方ないという発想があるから。これは先述の通り、運転できなくなってからのことを考えるべきです。2つ目は、線路が邪魔になり、渋滞する車線がさらに混むと思われているから。しかし、車は100台で大渋滞しますが、100人なら路面電車1両に乗れる。便利な路面電車は、逆に渋滞を減らすのです。3つ目は、「採算が取れない」という反論。けれども、それこそがガラパゴス的な考え方で、海外では、交通事業単体で収支を判断しません。海外では、鉄道を道路と同じように社会インフラとみなしており、アメリカの路面電車には、商店街を無料で走るところもあります。百貨店に置き換えて考えてみましょう。百貨店のエレベータは電気代もかかりメンテナンスも必要ですが、利用料金を徴収していません。街の商店街も同じで、その間を移動する公共交通がそれ自身で収益を上げなくても、多くの人が訪れ、街が活性化すれば、都市経営は成功します。


  • 富士ライトレール

路面電車の導入で、人々の生活が変わった

日本で、路面電車によるまちづくりに成功した例はありますか?

富山市が最も注目されています。2006年、赤字で廃止寸前だったローカル線・JR富山港線を、富山市が路面電車化して「富山ライトレール」を開業しました。車両も駅もすべてバリアフリーで、運行頻度も従来の1時間間隔から15分間隔に増便。バス路線ともうまく接続させ、トータルな交通システムを構築したのです。交通に投資し、人々を沿線に引き寄せてコンパクトシティ化しなければ、街はどんどん広がって余計なコストがかさむという判断でした。結果的に富山市の中心市街地の地価下落に歯止めがかかり、税収も増えました。交通事業は赤字でも、都市全体でみると儲けがあったわけです。

コンパクトシティ化により、どんな変化があったのでしょう?

富山ライトールの利用者は、以前に比べて2倍以上。休日は3倍以上になりました。そのうちの1割は、かつて車を使っていた人達。2割は外出していなかった方で、主に中高年齢層の人たちです。以前は21時台だった終電も23時過ぎになり、富山駅近くのコンサートホールでは、幕間にワインなどを飲むおしゃれな人達の姿が増えました。活動の選択肢が増えたということです。
 最近、私が行ったアンケート調査※では、5割以上の人が「ライフスタイルが変わった」、3割以上の人が「他人との関係が変わった」と答えています。公共交通を通じて人と人とのつながり、「絆」ができれば、高齢社会になってもお互いに助け合うことができます。また、高齢者が街へ出ることは健康にも良く、医療費や介護費の節約につながる可能性も高い。お金には換算できませんが、社会の幸せ度は上がったと言えるでしょう。
 ※講演会資料『地方創生と交通まちづくり~ LRTの可能性~』61・62頁/著書「地域再生の戦略」のアンケートデータより

・富山ライトレールの開業で「自分の行動」は変化したか

  合計 年齢別
50歳未満 50~59歳 60~69歳 70歳以上
  本項目回答者に占める構成比:%
何らかの変化あり 54.3 64.1 46.3 52.6 56.8
(うち各種活動に積極的に参加するようになった) (23.4) (12.8) (11.9) (27.6) (26.7)
特に変化なし 40.8 28.2 47.8 44.7 37.5
その他(上記以外) 4.9 7.7 6.0 2.6 5.7
  回収数に占める構成比:%
a. 買い物回数が増えた 10.4 7.7 4.4 9.7 13.4
b. 習い事やクラブへの参加が増えた 4.2 0.0 1.5 1.3 8.0
c. 地元の祭や行事への参加が増えた 5.7 2.6 1.5 9.1 5.9
d. ボランティア、NPO・市民活動への参加が増えた 1.1 0.0 0.0 0.6 2.1
e. 観劇・スポーツなど娯楽に行く回数が増えた 15.3 10.3 8.8 20.1 15.0
f. 気分転換に外出する機会が増えた 18.5 20.5 11.8 14.9 23.5
g. 電車の中で本や雑誌を読む機会が増えた 3.0 5.1 10.3 1.3 1.1
h. 自家用車に乗る回数が減った 25.3 33.3 26.5 26.6 24.6
i. 自家用車に乗せてもらう回数が減った 9.3 10.3 10.3 7.8 9.1
j. 特に変化なし 39.3 28.2 47.1 44.2 35.3
k. その他 8.5 15.4 13.2 4.5 8.6

※横スクロールします

注)「各種活動に積極的に参加するようになった」は、b~eのいずれかを選択した回答者の合計

アンケートは宇都宮研究室が富山市と共同で2015年1月に実施。有効回答は471。

・富山ライトレールの開業で「自分と他人の関わり合い」は変化したか

  合計 年齢別
50歳未満 50~59歳 60~69歳 70歳以上
  本項目回答者に占める構成比:%
何らかの変化あり 30.1 27.0 16.4 27.9 38.2
特に変化なし 66.5 67.6 83.6 70.7 56.2
その他(上記以外) 3.3 5.4 0.0 1.4 5.6
  回収数に占める構成比:%
a. 友人・知人と会う回数が増えた 20.0 20.5 5.9 18.2 26.7
b. 親戚・家族に会う回数が増えた 4.7 0.0 2.9 3.9 7.5
c. 近隣のお付合いが増えた 3.6 2.6 0.0 4.5 4.8
d. 新たな知り合いが増えた 6.2 2.6 7.4 5.2 7.5
e. 特に変化なし 63.3 64.1 82.4 67.5 53.5
f. その他 4.5 10.3 0.0 3.2 5.9

※横スクロールします

日本全体が元気になるまちづくりを

今後の展望をお聞かせください。

地域鉄道に関して言えば、日本も海外で普及している「上下分離」の導入が必要だと思います。これは、線路や駅などのインフラ部分は公的資金で建設・維持管理を行い、線路の上を走る車両の運行は民間企業が担い、一定の線路使用料を支払うという手法。2009年にできた富山の路面電車の新線にも採用されました。
 交通は身近なだけに、水や空気のような存在です。けれども、時代が変化する中で、さまざまな問題が発生します。一方、そうした問題を克服してきた事例も数多くあります。交通問題をしっかり解明して、社会全体を良くしていくことが、研究者としての役目だと思っています。
 私達の身体は大動脈だけあっても動かず、毛細血管を含む全体で機能して初めて元気に動きます。私がもどかしく思うのは、新幹線のような大動脈は注目されやすいのですが、本来、元気になれるはずの街で地域の公共交通が十分に生かされていないこと。各地のNPOの方たちとも連携しながら、地方が元気になるまちづくりに注力していきます。