低コストチタン合金の開発
池田 勝彦 教授

チタンの研究

低コストチタン合金の開発

医療・介護福祉分野での利用拡大を目指す

化学生命工学部

池田 勝彦 教授

Katsuhiko Ikeda

関西大学大学院在学中に本格的な研究を始めて30年余り、池田勝彦教授はチタン合金の研究一筋に歩んできた。軽く、強く、さびず、生体適合性に優れるというチタン合金の特性を生かし、より広く社会で利用してもらうために取り組んできた低コスト化の研究は、従来のチタン研究の常識を打ち破る独創的な挑戦だった。

常識にとらわれない研究で低コスト化に挑戦

材料としてのチタン合金の良さとは、どのようなものですか?

まず、比強度が高いことが挙げられます。つまり、同じ強度の物を作る時、より軽くできるということです。航空機にチタン合金が使われるのはこのためです。また耐食性が高く、海水にもさびません。チタン合金の優れた特性は、まずこの2点だと私は考えています。
 さらに良いところを挙げれば、生体適合性に優れ、身体に優しいということ。人工関節や骨折した骨を固定し、治癒を促すためのプレートなどがチタン合金で作られています。

チタンの特性は、どのような分野で役立ちますか?

このような特性を持ったチタンは、戦後、各国で軍事目的の需要が伸びました。しかし、日本では平和的な民生用の開発が進められてきたという歴史があります。
 
 チタン合金でいろいろなものを作ることができます。私たちの環境材料研究室では、この軽くて強く、生体との親和性が高い特性を生かして、医療・介護福祉用品への応用の研究に力を入れています。
 ベータチタン合金は、熱処理前は加工性に優れ、処理後はチタン合金の中でも高い強度を得られるので、車椅子のフレームに適しています。しかし、高価なレアメタルであるバナジウムやモリブデンを大量に添加する必要があり、その結果価格が高くなり材料としてはなかなか採用されていません。チタン合金を世の中でより活用してもらうためには、低コスト化が課題となっています。また、限りある資源や素材を利用しながら、持続可能な社会を実現するためには、希少な金属材料ではなく、できるだけ地殻埋蔵量の多い金属を使うことも課題となってきています。この2つの課題に対応するために、私はベータチタン合金の特性はそのままに、バナジウム、モリブデンなどに代えて、クロム、鉄、あるいはアルミニウム、マンガンを添加した合金の開発に長く取り組んできました。

低コストのチタン合金の開発で苦心されたことはありますか?

この研究について、実は批判を受けたこともありました。鉄はチタン合金の特性を劣化させる不純物と見なされていて、そのような物質を大量に添加するのはタブーだったからです。それでも、低コスト化を目指すことを第一の目標に開発を進め、特殊鋼メーカーと共同開発した合金は、一般市場に流通するようになりました。地道に続けていたら、非常識が常識になったのです。

車椅子など介護福祉用のチタン合金の使用は広がっていますか?

まだまだ難しいですね。アルミニウムやプラスチックスに比べるとチタン合金はやはり価格で勝てませんから。今後、市場のニーズがどのように変わっていくかは分かりませんが、チタン合金が必要とされる場面がいつか増えるだろうと思っています。その時に、ニーズに応えられる選択肢となるものを用意しておきたい。それが材料開発者の役目であり、チタン合金にしか実現できない領域は必ずあると考えています。

強く、自由な色で意外な用途

チタン合金にしか実現できない領域とは?

まず、さびたり腐ったりしませんから、水回り製品が考えられます。例えば、障がいのある方を入浴させる時に使うリフトの部品などに適していますし、浴室などの手すりにも向いています。チタン合金は表面を酸化させれば、光触媒による抗菌効果を発揮しますし、他の金属製の手すりに比べて握った時に冷たさを感じにくいです。
 金属であるにもかかわらず、あまり冷たく感じないというのは、チタン合金の熱伝導度と体積比熱が低いという性質から起こる現象ですが、同じ性質からチタン合金は高い滑雪性を得ることができます。例えば、チタン合金製の屋根に雪が積もったとしたら、屋根と積雪の間に水の層ができて、雪下ろしをしなくても、雪が勝手に滑り落ちてくれるのです。

チタン合金は建築の世界ではよく使われているのですか?

ええ、そうですね。面白いところでは、古い茶室などの屋根や樋(とい)で、緑青(ろくしょう)を帯びた銅の代わりに、陽極酸化で緑青のように発色したチタン建材が使われていることがあります。陽極酸化はプラス電極に通電して強制的に酸化膜をつくる加工で、電圧の大きさによって色をコントロールできます。チタン合金は銅よりも耐食性に優れていて長持ちしますから、緑青を帯びた歴史ある風情を出しながら、メンテナンスフリーで葺き替えなどの手間や費用を省くことができます。
 2012年のロンドンオリンピックでは、発色させたチタン合金のモニュメントがメインスタジアムに設置されました。チタンプレートの発色加工をしたのは新潟の会社です。


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若く、夢のある金属だから面白い

先生はチタン合金の話をしているときは、本当に楽しそうですね。

チタンのとりこになる研究者は多いのですよ。チタン合金のある現象が説明できたと思った途端に、全く説明できない現象が現れたりする、どの材料でも同じだと思いますが、この懐の深さが面白さの原点だと思います。
 チタンは工業的に量産されるようになったのが1950年代という若い金属です。若い金属だからこそ、そこにはたくさん夢が詰まっているはずです。若く、柔らかい思考の研究者にどんどん参加してもらい、その夢を追ってほしいです。
 チタンは比重が4.5と小さく、軽金属と言えるのに、融点は鉄の1538℃を超える1668℃で、強度は鉄鋼並みです。ということは、チタンを学ぶことで、実は軽金属という狭い領域だけでなく、金属を学ぶことになります。チタンの専門家を目指さなくても、チタンを理解することで別の金属への理解を深めることができる、チタンはそういう面白い金属です。

今後の抱負をお聞かせください。

私は30年ぐらいチタンの研究をしてきて、4年に1度開催されるチタン研究の世界会議にも大学院の2年次生からずっと参加してきました。これだけ継続して参加している研究者は他にいないので、すっかり世界会議の生き字引のような存在になってしまいました。チタン研究において関西大学は、何代にもわたる優れた先輩研究者に恵まれ、国内有数の歴史と実績のある研究拠点になっています。次の世代にこの研究をどのようにつないで発展させていくかを、考えていきたいと思っています。