運動継続を制限する体温調節機能
河端 隆志 教授

身体の仕組みと制限因子の研究

運動継続を制限する体温調節機能

機能解剖学とスポーツ生理学の視点から探る

人間健康学部

河端 隆志 教授

Takashi Kawabata

運動中の選手の身体の中では、どのようなことが起こっているのか? 過酷な環境に適応し、高いパフォーマンスを維持するためにはどのように動き、どのようなトレーニングをすればよいのか。身体動作をホールボディ(Whole Body)でとらえ、その研究成果をスポーツの現場や日常生活へ還元することに取り組んできた河端隆志教授に、恒温恒湿室やトレッドミルなどの実験・測定装置がそろった堺キャンパス人間健康学部の実験室で話を聴いた。

バテた時に身体の中で起こっていること

この「恒温恒湿室」は先生の希望もあって設置された特別な施設だそうですが、この施設を利用してどのような研究をされているのですか?

ヒトの身体は環境の変化に対応して、自分で意識しなくても一定の状態を維持する自律的な恒常性機能を持っています。運動が激しくなったり、環境が厳しくなると運動を止めざるを得なくなります。いわゆる、「バテた」状態になるわけですが、その理由は、身体を守るために運動を制限する因子の情報が発せられ(末梢)、脳(中枢)が運動を抑制する指示を出すからです。逆に考えると、制限因子の働きを理解すれば、バテにくい運動の方法を見つけることができます。私は、制限因子の中でも主に体温調節と体液バランスについて研究してきました。この施設では、温度を-20~40℃、湿度を20~90%の範囲でコントロールすることができるので、さまざまな条件を設定し、体温調節にかかわる生体の生理的な機能や適応のメカニズムについて研究をしています。

運動をすると体温が上がりますが、その時、ヒトの体温調節機能はどのように働くのですか?

体温調節を考える時には、血液の循環が重要な要素になります。運動中の熱は、筋肉で産生されます。この熱は血液に伝わります。血液が温められ体温が上昇すると、身体は外気に近い皮膚の血管に流れる血の量(皮膚血流)を多くして、その温度差により熱を外に放出します。さらには、汗をかき、その汗が蒸発するときの気化熱で熱を奪い、皮膚の表面の温度を下げます(有効発汗)。しかし、汗は血液の血漿の水ですので、大量の汗をかくことにより、血液の量が減ってしまいます。そのまま運動を続けて体温が下がらないと、血液量は減っているのに、筋肉は血液の供給を要求する上に、放熱の為の皮膚血流も要求され、汗もかかなければいけないという状態になり、脳が「もう運動を止めて」と身体に命令するわけです。その時に、無理やり運動を続けさせると、熱中症につながってしまいます。

バテずに運動を続けられる選手は何が違うのですか?

持久力の高い選手は、血液量が多いことが分かっています。つまり、高い運動量を長く保つことができる身体をつくるためには、血液量を増やすトレーニングを考えることが大事です。暑さの中での運動に向けて、その前にトレーニングをして暑熱適応を図ることができます。運動の負荷を高めると、4日目ごろに血漿が増えることが分かっています。この仕組みを理解しているフィジカルコーチがいれば、大事な試合に向けて、計画的に練習予定を組み立てることも可能でしょう。
 このような生理学的な視点で、先日のサッカー・ワールドカップを見ると大変興味深い。今大会では高温多湿の気候に慣れている南米のチームと、スポーツ科学が発達しているドイツ、アメリカなどが好成績を収めたことには理由があると思います。また、脚がつる選手が多かったのですが、あれは、汗と一緒にカリウムが出てしまうからです。カリウムが不足すると、筋肉が収縮してつりやすくなります。しかし、通常のスポーツドリンクにはカリウムが含まれていないので、あの場でどのようなドリンクが用意されていたか推量すると面白いですね。運動に長く持ちこたえられる身体づくりには、身体の仕組みと機能を生理学的に理解することが大切なのです。


  • 恒温恒湿室


  • 血液量と持久力の関係


  • 運動時の血流分配

足裏全体で着地すれば、効率的な歩き方に

サッカーがお好きなのでしょうか?

好きというよりも、少年のころから私の心の中には常にサッカーがありました。学生の間は選手としてプレーし、教員となってからも学生チームの監督などをしてきました。現在、スポーツ環境生理学の研究をしているのも、きっかけは高校の終わりに、西ドイツを訪ねた際、京都サンガF.C.の現ゼネラルマネージャーである祖母井秀隆さんと出会うというサッカーを通した人の縁でした。祖母井さんは選手としてドイツの下部リーグでプレーした後、私が出会った当時はケルン体育大学の学生をしていました。彼の生き方に刺激を受け、将来は海外に渡り、サッカーのフィジカルコーチになることを目指し、日本体育大学で学ぶことにしたのです。

最初に目指されていたのは、研究者ではなく現場のコーチだったということですか。

スポーツの現場に役立ちたいという気持ちは今も変わりません。スポーツ動作あるいは日常の動作を効率的にする機能解剖学の研究にも取り組んできました。
 
 ヒトの特徴である二足歩行ですが、現代の日本人はロスの大きい、もったいない歩き方、走り方をしている人が多くみられます。大半の人が踵から踏み込んで、つま先で蹴り出して前に進みますが、これでは前へ進もうとしているのに、一歩ごとに踵でブレーキをかけているようなものです。ヒト本来の歩き方は足裏全体でべたっと着地する感覚の歩き方で、着地面からの反力を利用して進むので疲れません。

昨年の大阪マラソン2013ではブースを出されていましたね。

大会直前に開催された「大阪マラソンEXPO」に、この歩き方と「インターバル速歩」というトレーニング方法を体験していただくブースを、研究室の学生と出展しました。
 インターバル速歩は、「ややきつい」と感じる速歩きと普通の歩き方を3分間ずつ交互に繰り返すトレーニング法です。筋肉に負荷をかける速歩きと負荷の少ない歩き方を繰り返すことで、無理なく体力、筋力の強化を図ることができます。私たち人間健康学部は昨年3月から、インターバル速歩を考案した能勢博教授が所属する信州大学大学院医学系研究科と学術連携協定を締結し、インターバル速歩トレーニングの普及啓発などを通じて、堺市民はもとより、西日本の拠点として健康増進事業に取り組んでいます。


  • 【左図】踵から着地すると前へ進むことにブレーキをかけることとなり効率の悪い歩き方になる
    【右図】足裏全体で着地し地面から反力を利用する効率のよい歩き方


  • 「大阪マラソン EXPO」に出展したブース


「疲れにくい歩き方」を実演する河端教授

身体を全体像でとらえ、学際的に探求する

今後の抱負をお聞かせください。

私が取り組んできた体温調節などの生理学的な研究と、骨や筋肉の使い方などの機能解剖学的な研究は、従来は別々の学問領域とされてきました。私はこれらを融合し、身体の全体像=ホールボディでとらえ、理解を深めていく学際的な研究をしていきたいと考えています。
 2020年開催の東京オリンピックでは、日本人が本当にスポーツを理解しているかが問われることになるでしょう。スポーツをどのように理解し、どのように1つの文化として取り入れていくのかに日本の力量が発揮されます。健康増進のための「スポーツ」、トップアスリートが競い合う「チャンピオンスポーツ」、スポーツを通じて社会に必要なことを学ぶ「エデュケーション・スポーツ」など、いろいろな形のスポーツが盛り上がり、日本人が健康で元気になっていくための一助になれば、と考えています。