子どもの知識と方略を引き出す具体物
石井 康博 教授

算数科教育の研究

子どもの知識と方略を引き出す具体物

インフォーマルな知識と合わさって理解促進

文学部

石井 康博 教授

Yasuhiro Ishii

50歳を過ぎて、大学の研究者となった石井康博教授は、それまでの長い年月を小学校の先生として過ごしてきた。さらにそのうちの13年間は大学院で学ぶ学生でもあった。学校現場の現実に即した行動観察を、研究の場で分析し、それをまた現場で確認・検証する。石井教授は実践的な研究で、算数における子ども達の生き生きとした学びを引き出す具体物の力について、独自の考察を深めてきた。

小学校の教壇から大学の研究者へ

石井先生は長年、小学校の先生をされていたそうですね。

教師として27年間、2年間は中学校でしたが、あとはずっと小学校で教えていました。小さな子ども達はこちらが思いもしないとっぴな反応や意外な表情を見せてくれるから教えていて面白かったです。教師を志望したきっかけは、大学のサークルで、夏休みに小学生と一緒に水泳大会や縁日などを楽しむ活動に参加したことです。そこで、子ども達に関わることに興味を覚えて小学校教師を目指しました。ところが、私の通っていた大学には初等教育科がなく、別の大学で教員免許資格を取りました。

そんな石井先生がどのような経緯で大学の研究者になられたのですか?

初等・中等教育における指導方法を考える研修に参加したときのことです。事前に自分の算数の授業を録音し、分析していました。研修会でその分析結果が話題になり、私の授業では具体物を利用することで子ども達の自主的な発言が活発になっているという発言が講師からありました。そこから、具体物の使い方に関心を持つようになり、教師を続けながら夜間でも授業が受けられる大学院へ通うことにしました。
 結局、修士課程を修了するのに7年。さらに博士課程は別の大学院で6年間もの長い間ご指導いただきました。指導教官には、働きながら学び、学んだことを実際に自分の職場で実践・検証するという私のような研究スタイルは珍しいと言われました。博士(人間科学)の学位は2012年に受けました。その時の論文を加筆し、関西大学出版部から『小学校算数科で利用されてきた具体物』として出版してもらいました。

具体物が子どもの“わかる”を助ける

“具体物”とはどのようなものを指すのですか?

例えばブロック、タイル、おはじきなど、算数セットに入っているものや鉛筆、碁石、実物をまねて色紙で作ったお金や食べ物など、手で扱うことができるもののことです。教科書に描かれた絵や図も具体物に含めて考えてよいと私は思っています。
 小学校の算数では具体物を利用することで子ども達が「わかる場面」を作ることができるとされています。しかし、具体物を使えば、子どもは必ずわかるというわけでもなく、子どもによって、あるいは状況によって、かえって混乱することもあります。子どもは教師が思っているように具体物を使わず、意図したように学ばないことも含めて、具体物を使った教授法について改めて見直したいというのが、私が博士課程まで学ぼうとした動機でした。

子ども達は具体物を使って、どのように“わかる”体験をするのですか?

小学校入学前の家庭、学校、保育園、幼稚園での体験で得られた知識を「インフォーマルな知識」と呼びます。具体物は子どもの持っているインフォーマルな知識を引き出す働きがあり、子どもは具体物と自分のインフォーマルな知識を合わせて、「こうやって解決しよう」という方略を考え出します。
 例えば、1つの物を等分するという数的活動であれば、紙で作ったピザという具体物を使った時に、等分の概念がうまく飲み込めていなかった子どもに効果があったということが、私の教えていた授業でもありました。ピザは家庭で食べたことがあるだろうし、その際に「4人で分けなさい」と言われたら、子どもは何も教わらなくても同じ大きさに切り分けていたと思います。そのインフォーマルな知識がピザをまねた具体物で引き出され、紙のピザを半分に折って、それをまた半分に折って切ると同じ大きさになるといった方略を子どもは導き出します。
 算数で子どもにとって理解が難しい内容として「分数」が挙げられますが、分数は基本的に全体をいくつかに等分割することで引き出される数です。身近な具体物を利用することで、分数の基礎になる等分割という概念を理解することに、インフォーマルな知識が活用されたのです。

子どもは具体物を想定外の方法で扱うこともあるのでは?

おはじきを10個並べて数えさせようとすると、一列に並べるのではなく、花の形にきれいに並べる子どもがいました。若い頃の私だったら「今は横に並べるんだよ」と注意してしまったでしょう。でも、その子どもは花びらが5枚のお花が2つだから、10個とちゃんと数えるんですよ。
 低学年の子どもは特に、遊びながら学びます。だから、教師も遊びを大事にして子どもの学びをみなければいけません。そのことを私は子ども達に教わりました。
 算数の教科書は、実物ではなく、数字で計算ができるように早くしたいという編集意図を感じます、しかし、1年生の「数える」などは、具体物を使ったり、図を描いたり、いろいろな方法を体験させてあげることにもっと時間をかけてもよいのでは、と思います。

教える力を大学の間に付けさせたい

大学教授になって新たに関心を持っている研究テーマなどはありますか?

私が担当している講義の1つに「算数科教育法」があります。授業期間の前半は理論や算数の内容に、後半は学生が生徒役と先生役に分かれて行う模擬授業に重点を置く計画で進めています。
 模擬授業に入ると、学生はどうしても「板書はどうしよう」など、実践的な授業の手法に関心が集中してしまいます。前半で学んだ算数科の内容を反芻しながら、学生が自分で指導案まで考える模擬授業のやり方を工夫できないかと、今考えています。子どもに教える力を大学生の間に身に付けられるような模擬授業の形を作りたいと思います。

学生達は良い先生になりそうですか?

初等教育学専修は小学校教員養成を目指す専修ですから、学生には全員、小学校の教師になってほしいと願っています。学生は学校現場で上手くやるにはどうすればいいのかという心配をしがちです。実際、私も教師時代は指導方針で悩んだこともありました。うまくいかずに悩むことも教師の醍醐味なのだということは伝えていきたいです。
 学生達はきっと良い先生になると思います。「君たちは今のままでやっていけばよい」と常に私は言っています。技術的には先輩のようなことはできなくても、子どもは若く、前向きな先生が大好きです。課題は多く、たくさんの苦労も経験せざるを得ないかもしれませんが、若さを武器に臆することなく、自信を持ってチャレンジしてほしいです。新卒の若い先生が担任になると、子ども達は「やったー」と大騒ぎしますから。
 児童の保護者は若い先生の経験不足を心配するかもしれません。そのためにも、保護者役と先生役に分かれて行う模擬保護者会を私の講義で取り入れています。学生の時から、私の教育方針はこうだというものをもって、自分が担任を持ったらこんなクラスにしたいということを視野に入れて、それぞれの持ち前のいいところを発揮して頑張ってほしいですね。


  • 教育実習中の様子


  • 学生がそれぞれ保護者役と先生役に分かれて行う「模擬保護者会」