疎水性シリカ膜で有機物を分離・回収
荒木 貞夫 助教

有機物を選択的に透過する分離技術の開発

疎水性シリカ膜で有機物を分離・回収

膜の細孔を制御し、高レベルの浸透気化分離を実現

環境都市工学部 エネルギー・環境工学科

荒木 貞夫 助教

Sadao Araki

エネルギー・環境工学科の荒木貞夫助教は、さまざまな有機溶媒を含む廃水から有機物質を効率よく分離・回収する技術の開発を進めている。既存の疎水性分離膜の中ではトップクラスの透過流束と有機物選択性を実現。有機物と水の混合物の廃水処理や有機溶媒のリサイクルへの応用が期待される。

シリカ表面を疎水性の高いフェニル基で修飾

廃水などの混合物から、膜を通して有機化合物を分離・回収する「浸透気化分離」とは?

この方法は、膜の片側に液を供給し、回収側を減圧(気相)にすることによって、透過の駆動力を与える方法です。膜を透過する際に気化するので浸透気化分離と呼ばれています。疎水性とは親水性の反対で、水に混じりにくい性質です。疎水性分離膜を用いた場合、有機物だけが透過し、水が残ります。
 この方法を用いると熱をかけて沸点の差で分離する一般的な「蒸留法」では困難だった有機物などの分離が可能になります。沸点が近いところにある混合物(共沸点混合物)の分離、熱によって劣化や分解などが起こる物質(熱分解性有機物)の回収も可能です。膜を使った分離は、装置がコンパクトで、ランニングコストが削減できるという利点もあります。
 膜に必要とされる性能として、速い透過流束、高い分離選択性(特定の有機物しか通さない)、高い安定性が挙げられます。この条件を達成するために、私たちはシリカに着目しました。

膜材料として、シリカにはどのような特徴がありますか。

シリカの表面はさまざまな官能基を導入することができます。例えば、アミノ基を導入すると二酸化炭素を吸着する吸着剤になります。我々はシリカの表面をフェニル基で表面修飾することにより、疎水性の高い膜を開発しました。また、シリカの細孔は、さまざまな方法によって約0.3nm(ナノメートル)から数nmまで制御可能です。そのため、これらの技術を用いれば、水分子よりも大きい有機溶媒を透過できる最適な細孔を膜に作ることができると考えました。

なぜ水は透過せずに有機物が透過するのか

どんな有機化合物が分離・回収の対象となっているのですか。

化学産業において広く用いられている酢酸エチル(EA)、メチルエチルケトン(MEK)、イソプロパノール(IPA)などの有機溶剤を使って研究しています。
 
 例えば、酢酸エチルが選択的に透過するために、シリカに数nmの細孔を形成させるためによく用いられる界面活性剤のセチルトリメチルアンモニウムブロミド(CTAB)を用いて細孔形成を試みています。
 図1に、分離特性に及ぼすCTAB濃度の影響を示しています。グラフの横軸はシリカ膜の合成溶液中のCTAB濃度、左の縦軸が流束(膜面積(1m2)当たりの透過速度(kg/h))、右の縦軸が分離係数(酢酸エチルが水に対してどれだけ透過しやすいかを表す指標)です。水の分子直径が0.29nm、酢酸エチルの分子直径が0.52nmであり、CTABが0に近い濃度では、水の方が多く透過してしまいます。これは酢酸エチルが透過できる大きな細孔が少なく、水が多く透過できる状態だと考えられます。CTABの濃度を増やしていくと、大きな細孔が形成されて酢酸エチルの透過量が上がり、水は逆に少し下がるという現象が起こります。分子の大きさでは水の方が小さいから、細孔が大きくなると水も透過するはずなのに、そうならない。その原因としては、細孔の部分で酢酸エチルがフェニル基とうまく吸着して水の透過を阻害する効果が大きいためだと考えられます。

有機物が水をブロックして分離特性を高めるということは、以前から分かっていたのですか。

そのような現象が起こることは知られていましたが、実際に細孔を形成させてこのような現象を確認できたのは、ユニークな結果だと思います。従来の膜の製造法では、有機物が透過できる細孔を持ったシリカ膜を調製した後、メチル基などの疎水性官能基を表面修飾するための処理を行っていました。私たちはより工業化を意識して、なるべく単純な製造法になるように、1段階で有機物が透過できる細孔を持った疎水性シリカ膜を作り上げました。なおかつ、従来のメチル基より疎水性の高いフェニル基を使って、性能をより向上させました。このような点が我々の研究の独自性だと考えています。

フェニル基の最適な導入量を求めて

疎水性のフェニル基の導入量を増やせば増やすほど、酢酸エチルと水の分離特性は上がるのですか。

フェニル基の導入量と酢酸エチルの分離特性を、図2で示しています。グラフの横軸フェニル基の導入量は、シリカ膜の原料の中でフェニル基を持つシリカ源の占める割合です。フェニル基を増やせば酢酸エチルの透過流束は増加しますが、60%を境に徐々に減少する傾向が見られます。水の方は、フェニル基を含まないシリカだけでは非常に高い透過流束を示しますが、フェニル基を20%入れるだけで急激に下がります。△が分離係数で、結果としてはフェニル基80%のときが最も高くなっています。
 図2の写真は、各フェニル基の導入量で調製した膜について、水の接触角を測定した結果を示しています。水の液滴を落としたときの角度を、疎水性・親水性の指標にしています。フェニル基の割合が増えるにしたがって、角度がどんどん立ち上がっていくのが分かります。これは徐々に疎水性が高まっていることを示しています。ただし、80度ぐらいで飽和している状態ですので、これ以上フェニル基を入れてもあまり効果がなく、やはり80%が最適だと思われます。

細孔を制御し、安定した透過性能を達成

一連の研究・開発から、どのような成果が得られましたか。

酢酸エチルなどの有機溶媒を選択的に分離できる膜の開発に成功しました。供給側の溶液の濃度が変化しても、透過側濃度はほぼ一定で、約90%の濃度のものが回収できています。6時間にわたって測定した結果、耐久性に問題はなく、安定した性能が得られています。また、高温度でも性能を維持しており、温度変化に対しても高い安定性を有しています。
 有機溶媒の浸透気化分離の性能を、他の研究報告と比べてみると、私たちが達成した値はかなり高い水準にあると言えます。細孔をうまく制御し、吸着力を高めたことにより性能が上がったと考えています。

今後の目標をお聞かせください。

有機物質によって分子の大きさが違いますので、それに応じて膜に最適な細孔を作る技術を開発していきたいと思っています。また、フェニル基だけでなく表面修飾する官能基を変更することで、これまで分離が難しかった物質の分離に挑戦していきたいと考えています。