頭で理解して、感覚で実践する
小田 伸午 教授

現場の“感覚”を活かすスポーツ科学の研究

頭で理解して、感覚で実践する

二軸感覚、二軸動作、常歩(なみあし)、重力の活用とは?

人間健康学部

小田 伸午 教授

Shingo Oda

スポーツの世界では、これまで常識とされた考え方が覆ることがある。人間健康学部の小田伸午教授は、“主観と客観のずれ”をテーマに、身体運動を総合的に研究している。「教育・コーチングと分析的な理論の追究との間には大きな壁があるが、その壁は見方を変えれば容易に取り除ける」という。頭で理解して、感覚で実践することにより、スポーツの世界は広がる。

主観的・感覚的な真実と客観的・物理的な真実

小田教授は、スポーツ科学や身体運動に関する研究者であるとともに、実際のスポーツ現場でコーチとして指導し、選手の育成に携わってきた。1983~1990年に日本ラグビー協会強化委員、日本代表チームトレーニングコーチを、1984~1989年には京都大学ラグビー部コーチおよび監督を務めた。そもそも小田教授とスポーツとのかかわりは、中学校時代に始めた陸上競技から。中学3年のとき、三段跳びで当時の神奈川県記録を塗り替えた。東京大学(教育学部体育学科)では、ラグビー部員として活躍した。しかし、京大ラグビー部の指導者としては、なかなか成果をあげられなかった。

期待に応えられず、つらかったですよ。それで、いったんラグビーの現場を離れて、研究論文を読むだけではなく、自分で新たな研究を始めたのです。10年ほど続けるうちにいろんなことが見えてきました。
 例えば、右手と左手の握力を同時に発揮すると、1+1=2にならず、5%から10%落ちてしまう。筋電図や脳波の測定を行うと、働く筋は同じでも、両手同時運動の場合は片手運動の場合に比べて神経系の活動レベルが抑制されていることが分かりました。意識(心理)は片手、両手ともに最大のつもりでも、神経系活動(生理)が低下することで、アウトプットされる筋出力(物理)は低下している。このように、身体運動には意識(主観)と結果(客観)がずれるという問題がつきまとうのです。この“主観と客観のずれ”をテーマに、身体運動を総合的に研究する方向に向かいました。
 スポーツ科学でアウトプットされる物理的な結果のデータに対して、選手の方は我関せずということもあるし、全然違うふうに感じていることもあるのです。これはすごいテーマをいただいたと思えて、人生に光が差し込みました。
 野球で150キロ以上の速球を投げても、打者に速いボールだと感じさせないと打たれてしまう。速いか遅いかは主観的な感覚の世界であり、感覚の真実であって、客観的・物理的な真実とは別な分野の真実なのです。スポーツ科学で、現実の感覚をつぶしてはいけない。現場を活かすためのスポーツ科学でなければなりません。

二軸走動作=常歩(なみあし)に注目

小田教授は、運動の基本となる歩き方や走り方、投げ方を研究し、二軸感覚、二軸動作に注目している。それは馬の歩き方からヒントを得たという。

京都大学の馬術部の馬が歩いているのを見たとき、ハッと気づいたのです。馬の大きなお尻が小さく左右に揺れている。馬の動きの軸は、体の中心にあるのではなく、体の左右に二つあるのだと。
 馬は、左の前後肢の2本で体重を支え、右の2本の脚が宙に浮く瞬間があります。逆に、右の前後肢の2本で体重を支え、左の2本の脚が宙に浮く瞬間があります。人間も、体重を左右の股関節に乗せながら、左右の足を地面に着けて歩きます。したがって、左右の股関節に、動作の基点となる2本の軸ができると考えたのです。馬は、右後肢→右前肢→左後肢→左前肢の順に、足を前に出して前進します。それは、右の前後の肢、左の前後の肢における同側感覚の動きです。
 以前、日本人の古来の「なんば」と呼ばれる歩き方が話題になりました。これは、前に出す足(遊脚)と同じ側の手が同時に前に出るというふうに勘違いされています。しかし、本当のなんばとは、体重を乗せた側の足と腕の感覚のことをいうのです。馬の歩きでいえば、後肢を踏み込んで同側の前肢が前に出ていく動きです。
 足と同側の手の感覚がなんば感覚であり、左右軸の感覚です。スポーツの走動作では、左右の軸を巧みに切り換えていく動きになります。私たちの研究グループでは、スポーツ向きの二軸走動作を、なんばと呼ばずに、「常歩(なみあし)」という言い方をしています。


  • 歩くポーズ、走るポーズは自然になんばになる

客観的な知見を自分の問題に翻訳する

「スポーツは筋力・筋肉がすべてではない」という小田教授は、世界のトップアスリートの動きを研究し、二軸動作や常歩などの動作感覚を体得することの重要性を説いている。また、骨・筋肉・関節、脳・神経など、自身の体について理解を深めることは、他人事ではなく、自分の問題につながるという。さらに、体の中の力だけでなく、体の外にある重力を有効に使う体の動かし方もある。

野球のイチロー選手、サッカーのクリスティアーノ・ロナウド選手など、超一流のスポーツ選手は、つま先で蹴るのではなく、膝を抜いて、かかとで押すようにして倒れ込み、重力に引っ張ってもらいながら、瞬時に動き出します。体を前に進めるときのアクセルは、つま先ではなく、かかとなのです。
 陸上・短距離の福島千里選手は、「ヨーイ」でやや高めに腰を上げておき、「ドン」で両手を離したときに、前に置いた脚の膝を抜きます。号砲が鳴ると、膝の高さが低く落ちることが見て取れます。福島選手は、筋力を100%使って意識的に蹴ろうとはしていません。力まずに抜くことで、重力の力を活用して、落下しながら倒れるように出ていきます。だから、低い姿勢のまま、大地を後方に押すことができ、体を前に進める反力を大地から有効にもらって素早いスタートを切ることができます。

6月26日に開催された堺キャンパス祭で、小田教授はスポーツや身体動作に関するワークショップを開き、腕相撲を例に、重力の働きを説明した。最後に、スポーツを学ぶ人へのメッセージを─。

腕相撲は、座ってすると部分的な筋力の問題になりますが、立ってすると、状況が異なります。足の裏をわずかに地面から離すことにより、私の90キロの体重が乗っかった状態になり、一瞬、私が重力を使って落下するのです。体重が丸ごと重力落下するその力が相手の腕にかかるのです。全部、地球とのかかわりで起きます。こうやって感覚的に力という概念を学ぶことができます。スポーツって、こんなに楽しい。物理(客観性)と自分(主観性)の両方がないと、できないことです。
 学びのポイントは、いつでもそこに自分があること、自分が関係していることです。そうでないと、自分の人生の役に立たない。というよりも、学んだことに意味がないじゃないですか。ジコチュウの自己ではなくて、そこに客観という自分以外の第三者的な知見があり、自分がそれをどう翻訳して活かすか、です。自分の問題に置き換える、つまり翻訳することで、自分に無関係なものがなくなってきて、すべて自分の問題になる。こんなのは自分とは関係ないと思っていたことが、自分にいちばん大事な問題かもしれないのです。自分の体を知ることで、動きが変わり、運動の感覚も変わってきます。


  • 堺キャンパス祭で開かれたワークショップ


足の裏を地面から離し、体重が重力落下する力を利用する、立って行う腕相撲。感覚的に力の概念を学ぶことができる