“信頼”のある地域社会を実現するために
与謝野 有紀 教授

社会的信頼システムの実践モデルの追究

“信頼”のある地域社会を実現するために

社会的信頼システム創生プロジェクト

関西大学社会的信頼システム創生センター長

社会学部

与謝野 有紀 教授

Arinori Yosano

文部科学省平成22年度私立大学戦略的研究基盤形成支援事業に、関西大学が申請した4件の研究プロジェクトが採択された。その一つが「社会的信頼システム創生プロジェクト」。新たに社会的信頼システム創生センター(Research center for Social Trust and Empowerment Process:略称STEP)が創設され、地域研究・連携拠点としてリサーチアトリエ「楽歳天三・天満天神楽市楽座」も誕生した。研究代表者の与謝野有紀教授に、プロジェクトの概要と研究について聞いた。

天神橋筋商店街に地域研究・連携の拠点

7月9日に関西大学リサーチアトリエ「楽歳天三・天満天神楽市楽座」のオープニング・セレモニーが開かれました。開設の趣旨や今後の活動内容は?

関西大学リサーチアトリエは、社会的信頼システム創生センターが関西大学社会連携部と協力しながら、天神橋筋3丁目商店街内に設立した地域研究、社会連携の拠点です。
 「楽歳天三」とは、Research Atelier of Kansai University forSocial Association and Interactionの頭文字からRAKUSAIと略称される地域研究の拠点です。日本一長い商店街である天神橋筋商店街は、人通りが多く、活気のある商店街として全国的な注目をあつめていますが、高齢化やチェーン店の増加など、その魅力を維持していくために解決しなければならない課題もあります。そこでアクションリサーチを展開して、どこに問題があり、どう考えていったらよいのか、地域の人たちと一緒に持続的に解決法を探っていきます。通行量や店舗変化の分析、顧客の回遊状況の把握などに必要な情報も収集できます。また「楽市楽座」では、商店連合会と協力し、さまざまな連携活動を行います。
 リサーチアトリエは天神橋筋のみならず、センター研究員が現在フィールドとしている地域や、関西大学が連携している自治体がかかえている問題を検討する拠点にもなります。例えば、里山の保全や限界集落の問題、都市部の高齢化対策などもその対象です。
 研究の拠点と地域連携の場が同居することで、観察やデータ収集を効率的に展開できます。地域の諸問題の解決に向けて、「知識と文化のハブ」の役割を果たしていきたいと考えています。


  • 天神橋筋商店街に誕生したリサーチアトリエ「楽歳天三・天満天神楽市楽座」


  • オープニングイベントで7月9日から11日まで公開された「豊臣期大坂図屏風」のレプリカ

信頼創生を特定地域で実践、改善例を提示

「社会的信頼システム創生プロジェクト」の研究代表者として、5年計画のプロジェクトの狙いや目的を説明してください。

ソーシャルキャピタル(社会関係資本)の主要素である「社会的信頼」は、満足感や幸福感といった人々の意識、自殺のような社会病理現象、里山の保全のような協力行動など、地域にさまざまな影響を与えることが、近年実証的に議論されています。他者に対する信頼があれば、自殺や犯罪が減少する、平均余命が延びる、企業の効率が上がるなど、いろいろ言われていますが、ではその信頼を誰がどうやってつくるのかということは、ほとんど明らかにされていませんし、実践もできていません。
 本プロジェクトでは「信頼はどのようにして創生することができるか」を実証的に検討し、「持続的な信頼のある地域社会システム」を具体的に設計し、設計したシステムを「アクションリサーチの立場から現実のフィールドで展開する」ことを目的としています。また、信頼の生成によって、自殺などの社会病理現象、里山の荒廃など地域の環境・経済問題をどの程度減少でき、社会・経済的効率をどの程度改善できるかを計量的に測定、評価します。机上の理論に終わることなく、特定地域において実践し、改善例を提示することを目指しています。

3つの方法で相互に連携・補完し、課題解決へ

具体的な研究の方法と体制は?

社会的信頼の機能に関する研究は、社会学、社会心理学、臨床心理学、経済学、人類学の人文社会科学、そして都市工学などで横断的に展開されています。本プロジェクトでは「信頼データベース構築と分析」、「信頼実験、シミュレーションゲーミング」「信頼をめぐるアクションリサーチ」 、 の3つの方法的支柱を立て、相互に連携して課題解決にあたります。それぞれの方法ごとにワーキング・グループを構成し、各リーダーを中心に知識を互いにフィードバックしながら相互に補完し、円環的に連携を継続していきます。
 私がリーダーを務める「信頼データベース構築と分析」チームは、地域横断的、時系列的な定量的データと人々の言説などの定性的データをデータベース化し、その統計的分析によって、日本における信頼の機能と信頼の生成・維持・発展の条件を解明します。
 「信頼実験、シミュレーションゲーミング」チーム(リーダー:林直保子社会学部教授)は、一般社会人の実験協力を得ながら、現実の場面で信頼の生成あるいは破壊がどのようにして行われるかについての基本モデルを作成します。
 「信頼をめぐるアクションリサーチ」チーム(リーダー:草郷孝好社会学部教授)は、研究者と地域住民が議論を共有して地域の状況と問題を理解し、データ解析および実験で得られた知見と社会モデルを参照しながら、地域の信頼システムの構築を実践します。
 最終的には、地域の信頼から国家レベルに至るマクロな社会的信頼システムを創生する実践モデルを提案します。

信頼感と自殺率の連関構造を解明

与謝野先生が特に力を入れている研究について。

私は社会階層と信頼の問題、階層的不平等や格差の問題に取り組んできました。格差と信頼感、自殺・犯罪など社会病理現象の間の連関構造を明らかにしたいのです。社会的信頼システムをつくることについてはいまだ明らかにされていませんが、壊れるほうに関しては少しずつ分かってきています。格差があるところでは、信頼は壊れます。また、格差は共感を壊します。
 日本は1998年以来、毎年3万人を超える人が自殺するという世界的な高自殺率国となっています。このような高い自殺率は、歴史的にみても特異的ですが、自殺率の抑制には社会的信頼が大きく寄与するという実証結果が出されています。
 高い社会的信頼感のある地域では自殺率が低くなることは、アメリカの州単位の分析結果にも示されています。「人々は信頼できるか?」という質問に「はい」と答える人の多い州のほうが、平均余命が長く、罹患率も少ないのです。私は日本で県単位の自殺率と信頼感の関連性を調査してきました。信頼感の高い県は自殺が少なく、信頼感の低い県、例えば青森県や秋田県などは自殺が多いことが分かりました。
 自殺という社会病理現象が信頼によってどんなふうに変化するのかを統計的に明らかにしたい。新しい計量モデルを適用して分析し、なんとか解決の方向を示したいと思っています。