微生物を用いた環境浄化法を探求
松村 吉信 准教授

土壌から単離した AO1株の能力解析

微生物を用いた環境浄化法を探求

生態系と共存できる浄化システムの構築にむけて

化学生命工学部 生命・生物工学科

松村 吉信 准教授

Yoshinobu Matsumura

現在、人工合成化合物による環境汚染は、人体への影響だけでなく、生態系維持の観点からも問題となっています。その対応策として、汚染物質の排出規制や合成規制、焼却法の改善などによる人工的処理法の開発が進められていますが、これらでは生態系への負荷を軽減できません。自然界で生育する微生物を用い、生態系に優しい環境浄化法についての研究を進めている化学生命工学部の松村吉信准教授に話を聞きました。

微生物の環境汚染物質分解能力を解析

地球環境において、微生物がもつ能力にはどのような可能性があるのでしょうか?

微生物は、生態系の中の物質循環を円滑に進める能力を持っています。人間を含む高等生物は様々な物質を栄養分として摂取しますが、その多くは高分子のまま環境に放出してしまいます。微生物はこの食べ残しとなる高分子の化合物を細かな分子にまで分解し、動植物や人間が再使用できる形に変えています。つまり、環境を浄化する“生態系のお掃除屋さん”のようなものです。現在では人工合成された化合物の浄化にも微生物が働いていると考えられています。しかし、この浄化能力は個々では非常に弱く、特に人工合成された化合物を分解する微生物は数少ないと考えられています。私の研究は、微生物の「環境浄化の仕組みを理解」し、さらに「能力を高める」というものです。なかでも、プラスティックの原料に使用され、環境ホルモンの疑いがあるビスフェノールA(以下、BPA)を効率よく分解するAO1株という菌についての研究を進めています。

数多く存在する微生物のなかから、AO1株に着目した理由は?

BPAを単独で分解する菌は私たちだけでも約30種採取しており、その中で土壌から単離したAO1株は特に高い分解活性能力を持っていることがわかりました。実験室レベルでは、10㎎/gのBPA汚染土壌においてBPA量が1/2になるのに約20日、1/100になるのに60日要するのに対し、AO1株に特化しなかった場合は、1/2になるのに60日要し、また、それ以上は浄化できません。このことからもAO1株の物質分解能力の高さが窺えます。
 まだ原因は研究中ですが、他の菌は時間の経過と共に簡単にBPA分解能を失っていくことも理由のひとつです。


  • AO1株細胞の電子顕微鏡写真
    AO1株は円柱状の桿菌、長さは約1~3μ m。畑土壌より単離された


  • AO1株に含まれるプラスミド pBAR1の構造
    プラスミドとは宿主染色体外の環状 DNA。
    様々な生理機能を細菌に付与している。
    pBAR1はビスフェノール Aを含む様々な環境汚染物質の分解に関与する遺伝子をコードしている

世界初、BPA分解酵素とその構造遺伝子を取得

AO1株のBPA分解機能とは?

AO1株の能力を解析するためには、まずAO1株が持つ機能とそれに関わる遺伝子を調べなくてはなりません。私たちは、AO1株より、BPA分解に関わる酵素やその構造遺伝子を発見し、取得に成功しました。これは世界でも初めてのことです。AO1株は他の菌に比べると安定にBPA分解能を持っているものの、やはり時間の経過と共にその能力を失っていきます。AO1株の構造遺伝子を解析する過程で、遺伝子の周りに多数のトランスポゾン(可動因子)が見つかっており、このトランスポゾンの機能が中途半端に働いて遺伝子の一部が切れ、欠落して分解機能を不安定にしていると考えています。そうであれば、トランスポゾンの機能を消すことで、分解機能の安定化は可能となるはずであり、どのトランスポゾンに対しアプローチすればよいのかなどの研究も進めています。
 通常、遺伝子は染色体にあると言われていますが、物質分解能力をAO1株に付与する遺伝子はプラスミド(核外遺伝子)にあることも明確になりました。これらの結果から、BPA分解酵素やその構造遺伝子は、菌が本来持っている能力ではなく、別の菌から受け取った進化途中の産物であると推察できます。


  • •ビスフェノール A(BPA)を含む栄養培地での AO1株の培養
    (A)培養中のビスフェノール残存量と細胞増殖、
    (B)培養液中に含まれるビスフェノール Aとその代謝物の HPLC分析。


  • AO1株のビスフェノール A分解の経路
    AO1株細胞は、ビスフェノール Aを細胞成分やエネルギーに変換している。

AO1株の物質分解能力の実用化に向けて

AO1株の能力はほかの汚染物質にも応用できますか?

AO1株は、フェノール系化合物や、ダイオキシンのような塩素系化合物も分解できます。これはAO1株単独で“ゴミ焼却場”と同じ働きができる可能性を示しています。また、AO1株のこの能力は前述の酵素が担っており、プラスミドが重要であることも判明しました。現在、この酵素そのものやプラスミドの環境浄化への利用も検討しています。
 また、人工的な組換え体を使わず、自然にその能力を生物へと与える方法も検討中です。遺伝子の鎖の一部が切れて欠落するということは、逆にほかの遺伝子が生物に入ってくるという現象も起こっているはずです。AO1株の機能は、全てプラスミドの中にパッケージされており、これを環境中に存在するほかの菌に入れることで、その菌にも環境浄化能力を持たせることが可能ではないかと考えています。

実際の土壌環境において、完全にBPAを分解することは可能ですか?

実験室レベルでは、通常の汚染よりも少し高い濃度の汚染程度であれば分解可能であることを確認しています。しかし、実験と違い、実際の土壌のなかには様々な孔があります。BPAが小さな孔に入ることができるのに対し、AO1株は大き過ぎて入っていけないため、一部の孔には分解できなかったBPAが残ります。
 ただ、BPAが廃棄される場所は、実際に使用している場や工場、焼却炉、ゴミ処理場が中心です。そのため、土壌等に入り込む前に処理することは可能と思われます。また、AO1株は生態系への影響も低いため、現在の浄化システムのなかに安定的に保持させる方法も検討しています。

そのほか、今後の展望は?

AO1株の遺伝情報をしっかりと解析し、それぞれの遺伝子がどういう働きを持っているか、その中でプラスミドの変化に関わるもの、汚染物質の分解に関与するものを分類していきたいと思います。同時に、どの程度の環境浄化機能を保持させることができるのかも調べたいと思います。
 また、これは私の夢ですが、AO1株をさらに進化させ、環境浄化に特化した“Ultimate Bacterium (究極の細菌)”にしたいと考えています。BPAが大量に利用されるようになってまだ数十年程しか経っておらず、それ以前にBPAを分解する菌がいたとは考えられません。AO1株の分解能がBPAに特化していることを考えても、AO1株は、自身が直接進化したもの、もしくは別の菌の遺伝子と組み合わさって完成したものと推察できます。その過程が判れば、進化がどのように起こっているのかも理解できるのではないでしょうか。