医療費の給付と負担の可能性を探る
佐藤 雅代 准教授

経済学の立場から見た社会保障政策

医療費の給付と負担の可能性を探る

データから見えてくる医療保険制度

経済学部

佐藤 雅代 准教授

Masayo Sato

高齢化社会を迎えた日本において、本来、経済的にも精神的にも不安を軽減してくれるはずの社会保障制度は、複雑であるがゆえに理解しにくく、さらに不安を強める原因にもなっています。制度の充実・改革・見直しについての可能性を経済学の立場から模索し、国や国民一人ひとりが判断し選択できるよう、医療経済の全体像と各制度についてわかりやすく情報発信している経済学部の佐藤雅代准教授に話を聞きました。

経済学をベースに医療を研究

どのような活動をされているのですか?

以前取り組んでいた産業連関モデルという経済モデルによる分析には、年金や医療といった社会保障を反映するのが難しいという弱点がありました。また、一般的には医療関係者と経済学者が同じ土俵で話す機会もなかなかありません。そこで、社会保障を踏まえた上でモデル分析ができたら面白いのでは、と研究を始めたのが約10年前です。国立社会保障・人口問題研究所の研究員という経歴を活かし、各省庁のデータを調べたり、現地調査を行い、データの背後に何があるのか、現状とどこが異なるのか、医療にまつわる様々な可能性を探っています。

生涯医療費を推計し、保険料負担について考える

老人医療費の増加などが問題となり、医療保険制度の見直しが議論されていますが。

まず、私たちはどの程度の医療費が使われており、どの程度の負担がなされているのかを正しく知っておく必要があります。実際かかった医療費がどのくらいなのか、保険にカバーされているため知らない人も多く、「私は保険給付よりも保険料支払いが多い」と漠然と不満に思っている人は少なくありません。
 『年齢別未受診率』を算出したところ、20~30歳代までの人はあまり医療機関にかかっておらず、40歳代から受診率が上がることがわかりました。つまり、保険料を多く払っている世代の人たちは確かにあまり医療サービスを受けていないのです。

若い世代は、いわゆる払い損なのでしょうか?

「貰えないから払わない」では制度は崩壊します。1~2年間でみると未受診者は多いですが、6年のスパンでみると未受診者は全体の約6%でした。大きな病気をして高額の医療費がかかることもありますし、年齢を経るにつれ医療費が必要となってくるという事実を知れば、一概に払い損とは言えないはずです。現状、所得以上の医療費を必要とした人は約4.1%を占め、自分や家族がその立場にならない可能性はありません。“支え合い”が必要であることもデータから読み取れます。

個人差はあると思いますが、現在の日本では一人につきどのくらいの医療費がかかるものなのでしょうか?

生涯医療費を推計するために、健康保険の支払業務データ(個票)などを用い、個人及び世帯における医療費を計算してみました。『年齢別医療費』を見ると、実際に今自分が使っている医療費、今後使う予定の医療費がどれくらいなのかが予想できます。日本人は生まれてから死ぬまでに、平均で約2000万円の医療費がかかり、そのうち約1000万円は60歳頃までに、残りの1000万円はそれ以降にかかるとされています。その総額に対して負担を算出してみると、多くの人が低い負担(保険料負担と自己負担)で医療サービスを受けていることがわかります。

私たちが考えなくてはならないことは?

今後、お金があっても医師がいない、医療器材が無いという事態になることも想定されます。なぜなら、医師をはじめとするサービス提供者や医療設備は、金額を変更するように一瞬で増減することはできないからです。どのような医療制度を選択するかは国民の判断に委ねられています。サービスを受ける側としては、ある程度は保険として将来のリスク回避ができるもの、自分だけでなく親や子、孫もフォローし、なおかつ経済も圧縮しない形で…と考えると、相応にかなりの金額が必要なはずです。公的な医療としてどこまで許容し負担すべきかを考えなければなりません。健康状態も所得も医療費も人それぞれであり、どのあたりで落ち着けるかは大きな課題でしょう。

データを見るにあたり、隠れている注意点とは?

示された数値はあくまでも平均値であり、幅があるということも知っておいて欲しいと思います。そして、医療費は病気などで医療機関を受診した人にかかった金額であるということも忘れてはいけません。健康診断やメタボリックシンドローム対策などの保健指導、感染症予防のワクチン接種などにかかった費用は医療費に含まれておらず、病気になる手前で食い止めた人たちは評価されていないという現状があります。

現役世代の医療給付削減による負担軽減について

制度の見直しにあたり、どのような試みを?

仮に医療保険制度を、かかった医療費が少額であれば保険給付なしという軽費免責にした場合、どれくらい保険料を下げられるのか簡単なシミュレーションを行いました。結果、所得の5%以下の医療費を軽費として全額自己負担にした場合、42.2%分の保険給付が不要となり、保険料率を1%程度引き下げることが可能とわかりました。必ずしも個人の負担が軽くなるとは言えませんが、「病気を予防しよう」という意識が芽生え、「暇だから病院に行く」という考えはなくなると思われます。現在の日本で所得を捕捉するのは現実的ではありませんので、所得に応じた給付制限は困難ですが、不可能ではないと思っています。公費負担分や高齢者の医療費に対する拠出金などの財政調整の分を含めて、各人が自分の財布の中身を把握し管理するように、医療に関する給付と負担を把握するための方法なども検討しています。

正しい情報を得て、自分で考える

医療経済学の研究者として、学生へのアドバイスを。

一度も病気にならない人はいません。医療をはじめとする社会保障問題は、私たち自身の将来の問題であると知り、意識して欲しいと思います。いたずらに問題だと騒ぐのではなく、様々な面から見て、知って、判断してください。疑問に思った際は誰に聞くのか、何で調べるのか。データを含め、感情論ではない正しい情報を得てください。今後、自分や家族がいかに人生の最期を迎えるのかにも関わってきます。社会人の一人として、身近な問題として、制度や政策について考えていきましょう。