キラル分子の効率的な分離法を探求
矢島 辰雄 助教

結晶化により光学活性アミノ酸を得る研究

キラル分子の効率的な分離法を探求

安価な医薬品等の開発に貢献

化学生命工学部

矢島 辰雄 助教

Tatsuo Yajima

医薬品や化粧品などを合成するための原料として用いられる非天然アミノ酸は、各業界から低コストでの供給が望まれています。多くの研究者が不斉合成や酵素法による調製の研究を進めているなか、化学生命工学部の矢島辰雄助教は、結晶化を用いることで抗がん剤の原料を作る際に重要なD-アロイソロイシンを、安全に、安価に、効率よく調製することに成功しました。

光学分割法を用い、光学活性体を分離

まず基本的な質問ですが、キラル分子とは?

見た目は同じに見えるけれど空間的な位置関係が違い、例えば右手と左手のように重ね合わすことができない2つの分子のことをキラルな分子と言います。アミノ酸の場合はL体─D体が左手─右手のような関係になっており、通常、体内ではL体が使われています。皆さんが食事から摂るたんぱく質もアミノ酸からできており、そのほとんどがL-アミノ酸からできています。
 キラルな分子は同じ物理的・化学的性質を持っていますが、体内では違うものとして認識され、異なる働きをします。そのまま使うと一方は良い働きをするけれど、もう一方は全く使えない、ともすると害になるものもあります。アミノ酸をはじめ、光学活性物質は医薬品や化粧品などに多く使われます。その際、体に良い作用をする方を使わないと悪影響が出るため、完全に分けて使う必要があり、その「分ける」という作業を化学的に行い、使えるものだけを純度よく、効率よく取ろうというのが私たちの研究です。

キラルな分子を一方のみ優先的に取り出すには、どのような方法があるのですか?

不斉合成の研究が盛んに行われています。これは入手可能な光学活性体から、必要な光学活性体を100%作る方法ですが、効率が悪いことから大量な合成が非常に難しく、また大変高価なものになってしまいます。
 それに対して私たちは、光学分割という方法を使っています。まずキラルな分子が50%ずつ混じったラセミ体を調製し、そこから必要な光学活性体を取り出します。比較的安いコストで合成できるため、それを原料とする医薬品や化粧品、農薬などが従来の方法よりも安価で作れるようになります。
 光学分割には、①優先晶出法 ②置換晶出法 ③ジアステレオマー法 ④抱接現象の利用 ⑤クロマトグラフィー法 ⑥酵素法などがあり、そのうちの①②③が結晶化により効率的に大量に目的とする光学活性物質を得る方法です。また、不斉転換により必要な光学活性体を得る方法もあります。

具体的な工程は?

物質は溶解度が決まっており、水などに溶かしていくとある量で溶けなくなります。キラルな分子は物理的・化学的な性質が同じなので溶解度も同じですが、少し違う形にすることで溶解度に差ができます。この差を大きくして物質に水などを加えると、一方は溶け、もう一方は溶け残ります。必要な方を溶け難くし、それを取り出し再度元の形に戻せば、純粋な光学活性物質が取れます。物質によってどういう形にすべきかは違い、どんな方法で溶解度に差を出すのかが重要となります。


キラル分子の模型
D-アロイソロイシン(D-aIle)

非天然アミノ酸を調製し、医薬品等の開発に貢献

光学活性体のなかでも、アミノ酸に着目されていますが。

アミノ酸は食品添加物、医薬品、化粧品などの原料として様々なものに利用されているため、特にアミノ酸に重点を置き、その光学分割法を開発していけば、様々な分野に貢献できると考えています。たとえば、医薬品にはD体のアミノ酸を多く使います。通常体内にあるL体を使うと薬はすぐに分解されてしまいますが、体内に無いD体を使うことで分解されずに残すことができ、効率よく効くからです。天然のアミノ酸としてはほぼL-アミノ酸しか取れないため、このように非天然であるD-アミノ酸が必要な場合は工業的に作る必要があるのです。この時、低コストで大量に作るには化学的な方法が適しており、このような背景により多方面からの要望も受けています。

「L-イソロイシンからのD-アロイソロイシンの調製」について。

非天然アミノ酸 D-アロイソロイシンは、抗がん剤などの薬を作る際の出発物質の原料として使われます。私たちはL-イソロイシンから単純な方法で調製・分離可能なことを見出し、結晶化による簡単なD-アロイソロイシンの調製に成功しました。
 D-アロイソロイシンの調製には、天然から大量に取れるL-イソロイシンと有機合成に使う安価な試薬を使いますが、最終的には比較的高価なものが得られます。有機合成では高価で特殊な試薬を使って研究するケースも多いですが、この研究ではなるべく一般的で、安価に、工業化する際も簡単に量を増やすことができる効率のよいものを使っています。また、環境に影響を及ぼすものはなるべく使わないことも心がけています。


  • 「L-Ileから D-aIleの調製」方法


  • 結晶を分析する実験装置の先端

金属イオンを使用し、さらに効率のよい調製法へ

その他の研究と今後の展開は?

これまではD-アロイソロイシンの調製を代表例とするように、溶解度の差を利用して目的光学活性体の結晶化を、有機化学的な手法で研究してきました。それとは違う新しい光学活性体の調製法を目指すものとして、金属イオンを使った研究「キラルな配位子を用いた金属錯体によるアミノ酸のキラル認識」も進めています。溶液中においてL体とD体のアミノ酸への結合力が異なる金属錯体を作り、溶液中で結合するアミノ酸としないアミノ酸を分離することを目指しています。
 また、このことを基に、ほぼ全てのアミノ酸が分けられるといった汎用的に分離が可能な膜や、キラルな分子の50%ずつの混合物であるラセミ体を、必要とする光学活性体100%へと変換できる金属錯体の開発へと発展できればと考えています。