詩の発展を通して 世界を捉える
鼓 宗 准教授

ラテンアメリカの歴史や文学の継承を研究

の発展を通して 世界を捉える

スペイン語を介するふたつの地域関係に迫る

外国語学部

鼓 宗 准教授

Shu Tsuzumi

ラテンアメリカは、16世紀に植民事業が達成されて以降、独立する19世紀初頭まではスペインであったとも言える立場にありました。外国語学部の鼓宗准教授は、スペインとラテンアメリカの長い歴史を背景に、そこから発展した文化や文学について幅広く研究しています。なかでも、詩をはじめとするラテンアメリカ文学の魅力について、話を聞きました。

スペインとラテンアメリカの影響関係

スペイン語圏のアメリカで書かれている文学をラテンアメリカ文学と捉えて話しますが、スペインとラテンアメリカ文学の関係は?

ラテンアメリカの文学に独自の主義主張が出てくるのは宗主国スペインに対する反発やフランス革命の影響も強く残る19世紀ロマン主義の時代から世紀末にかけてです。面白いのは19世紀末、詩の分野にモデルニスモ(モダニズム)が現れ、スペインの詩に対して強い影響を与えたことです。モデルニスモはニカラグアのルベン・ダリオやキューバのホセ・マルティなど、優れた詩人たちにより展開され、彼らの詩に刺激されたスペインの詩人たちが新しい詩を書き始めたのです。
 20世紀初頭にモデルニスモは陳腐化し、その中からスペインに新しい息吹を持ち込んだのがチリの詩人ビセンテ・ウイドブロです。彼はフランスを中心とした前衛主義の詩に強く呼応し、イタリアの未来主義に反発するなどして、創造主義(クレアシオニスモ)という独自の手法を編み出し、スペインの若い詩人たちに強い刺激を与えました。モデルニスモまでの詩が自然を讃美するものであったのに対し、ウイドブロは「詩の中で自然を唄うのではなく、自然そのものを作り出すのだ」と述べており、言葉による新たな世界を創造しました。ウイドブロの代表的な詩集に『四角い地平線』というものがありますが、これも言語の中でしか存在しえないものの創造と言えるでしょう。当時のラテンアメリカ文学の世界は小さく、文学的な営みは都心のみの保守的な傾向の中、彼はラテンアメリカからマドリード、パリをも拠点に仕事をしています。また、画家であるパブロ・ピカソやファン・グリスたちとも交流があり、非常にコスモポリタンな人物だったと言えます。
 これらのことからもわかるように、ラテンアメリカとスペインには相互的な影響関係があると言えます。大西洋を挟む距離的な隔たりのあるふたつの地域は、スペイン語を介在することにより、我々が考えるよりも近いものだったようです。


ペルーの玩具(左)とサンティアゴ巡礼の記念品(右)

幻想的な要素の多いラテンアメリカ文学

ラテンアメリカ文学の特徴は?

魔術的リアリズム(マジックリアリズム)がひとつのキーワードです。私たちの日常(近代的なヨーロッパ社会)の中ではフィクションとしてしか起こりえない事柄がラテンアメリカの現実の中に息づいており、文学作品の中で語られています。その典型的な例として、ガブリエル・ガルシア=マルケスの作品がよく挙げられます。土の壁を食べる少女の話などがあり、これも彼の妹が実際に土壁を食べたという事実があるようです。
 土着的な要素の強い中南部に対し、アルゼンチンなど南部の文学は知的で観念的です。その代表的な作者がホルヘ・ルイス・ボルヘスであり、長編にできるようなアイデアを凝縮して多くの短編を書き、次々と新しい世界の姿を垣間見せています。彼の作品に地図を作る話がありますが、どんな地図かというと実物の町と同じ大きさなのです。現実の世界を語るための語り口ではなく、世界がいかなる形にありうるか、形而上学的な可能性を提示してみせる面白い作家です。
 このように幻想的な要素がラテンアメリカ文学の大きな特徴であり、20~21世紀にかけて、スペイン語圏だけでなく他の言語圏の読者を持つことに至った理由なのではないでしょうか。

詩はラテンアメリカ文学において重要な位置にあるのですね。

日本において詩は遠い存在のようですが、百人一首や歌も詩のひとつの在り方です。スペインでは日本に比べると驚くほど詩が読まれています。詩は特殊な形態の言葉である一方、言語を豊かにもしてくれます。実学だけで世の中を見るには不完全であり、詩という媒介を経て世界を捉える感覚は、理知的なものだけで捉える世界よりも広いのではないでしょうか。詩を読むことの蓄積により、物の見え方や捉え方、考え方は変わっていくのです。


  • ディエゴ・リベーラによるメキシコ政庁壁画


  • マドリードの目抜き通り、グランビア


  • ローマ時代の遺跡、セゴビアの水道橋

ラテンアメリカ文学の普及について

授業では、スペイン語圏の文化や文学の奥深さをどのように伝えているのですか?

歴史をはじめ、絵画、美術、建築、料理の話など、スペイン語圏の文化について広く紹介しています。一見、文化とは関係ないように思えるジャンルでも、歴史や文学の継承があってはじめて存在し得るのです。例えば、アントニ・ガウディやルイス・バラガンなどの建築物。それらはバルセロナやメキシコの街並みの一部を作っていますが、すべてではありません。また、私達が食べているトマトやジャガイモ。これらはアメリカ大陸からヨーロッパへと渡ったものであり、背景には植民の歴史があるのです。学生それぞれの関心、食指が動くテーマは違うはずです。私自身、スペイン語に関わるようになったのはメキシコ壁画に関心を持ったことがきっかけです。まず、さまざまな角度からスペイン語圏の国を知ってもらい、ラテンアメリカ文学を読みたいという動機やスペインという国についての関心を持って欲しいと思っています。