交通機関の安全性を追求し、事故防止対策を提案
安部 誠治 教授 (副学長)

主張する研究者として安全学の体系を目指す

交通機関の安全性を追求し、事故防止対策を提案

ヒューマンエラー、システムの欠陥などが連鎖して起こる組織事故を防ぐために

商学部

安部 誠治 教授 (副学長)

Seiji Abe

商学部で公企業論や非営利組織論の授業を担当している安部誠治教授は、交通機関の安全性とリスクマネジメントの専門家として知られています。2005年4月に発生したJR西日本・福知山線の大惨事は、鉄道の事故防止対策の不備を浮き彫りにしました。公共交通システムや公益事業のあり方について研究し、社会的な活動にも取り組んでいる安部教授に聞きました。

フランスの「交通権」を紹介、公共性を研究

昨年3月に、いわゆる「運輸安全一括法」が衆議院で可決されました。その際、安部教授は国土交通委員会の審議に参考人として召喚され、意見を公述しました。また、パロマ社製のガス瞬間湯沸かし器で相次いだ一酸化炭素中毒事故では、事故原因調査を目的に設置された第三者委員会の委員長を務めています。安部先生が安全をテーマに、交通機関のマネジメントの研究にかかわるようになったのは

大阪市立大学の大学院生だった1979年から80年にかけて、パリ第10大学に留学していた時、「交通権」という考え方、理念に出会いました。その考え方は82年12月に施行された「国内交通基本法」の中に盛り込まれました。それを私が、わが国に翻訳し紹介しました。それ以来、市民の権利という視点から交通の公共性とはどういうものかを研究テーマとしてきました。
 日本では80年代、破たんに瀕した国鉄の経営再建をめぐる問題が一大争点となっていました。私はフランスの公企業の問題を中心に研究しつつ、国鉄の問題にも関心を持っていました。結局、国鉄は1987年4月に分割・民営化され、JR各社が誕生しました。その際、経営再建の面ばかりに目がやられ、安全の確保という極めて重要な問題は十分な検討が加えられないまま来ました。

最近の主な鉄道事故
2005年 3月 土佐くろしお鉄道・宿毛駅衝突脱線事故(1名死亡、11名負傷)
4月 JR西日本・福知山線脱線事故(107名死亡、562名負傷)
12月 JR東日本・羽越線脱線事故(5名死亡、33名負傷)
2006年 1月 JR西日本・伯備線接触事故(3名死亡、1名負傷)
9月 JR九州・日豊線脱線事故(6名負傷)
11月 JR西日本・津山線脱線事故(25名負傷)
2007年 3月 JR北海道・石北線踏切障害事故(51名負傷)

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国鉄の分割・民営化で安全性は向上したか

民営化の4年後、1991年5月に信楽高原鐵道の正面衝突事故が発生しています。民営化により、日本の鉄道の安全性はどう変化したのでしょうか。鉄道の民営化と安全性の関係について

JR各社の経営陣は、分割・民営化後、JRの安全性は向上したと主張しています。その根拠となっているのは、鉄道運転事故が総件数で減少したという点です。確かに運転事故の総件数は、87年以降、大きく減少しています。しかし、これは踏切の施設改善などが進み、踏切事故が大幅に減少したことによるものです。踏切事故を除いた事故の件数はほぼ横ばいで、減少はしていません。運転事故の総件数が減ったから鉄道の安全性が向上したとは言えないのです。
 また、安全に影響を及ぼす恐れのある事故以外の事象、インシデントといわれる小さなトラブルについては、全く考慮されていないのが問題です。国土交通省のデータによれば、JRの列車百万km当たりの輸送障害件数は、87年以降、著しく増加しており、2005年度は87年度の実に2.8倍となっています。輸送障害件数の推移を在来線と新幹線別に分けて詳しく見てみると、在来線のそれは87年度の1,398件から05年度には3,870件へと激増しており、新幹線も同じ期間に43件から68件へと増加しています。
 インシデントに当たる輸送障害は事故の予兆であり、輸送障害件数の増減は鉄道の安全性の現況を映し出す一つの指標です。輸送障害の現状から見る限り、分割・民営化以降、むしろ鉄道の安全性は低下していると言わざるをえません。


●出所=国土交通省「平成17年度鉄道事故等の発生状況について」などにより作成。

起こりうる事故の芽を事前に摘み取るために

JR西日本の福知山線事故は、国鉄の分割・民営化以降、最悪の鉄道事故になりました。107人が死亡し、562人の乗客が重軽傷を負ったこの脱線転覆事故は、時速70kmの制限速度が設定されたカーブ区間に、110kmを超える速度で列車が突入したことが直接の引き金となって発生しました。この区間に仮に速度を強制的に減速させる保安システム(速度照査式のATS)が導入されていたら、この事故は起こらなかった可能性が高いと言われています。また、速度超過の背景にある規制緩和による競争激化、運転士の労働条件やストレスなども指摘されています。今後、このような事故を防ぐためには

運転士のヒューマンエラーをバックアップする仕組みが講じられていたら脱線は起こらなかったはずで、それを怠っていたJR西日本に組織としての瑕疵があったと言えます。ただし、運賃やダイヤに至るまで許認可制や届け出制である以上、国土交通省の監督や指導が適切であったかどうかも問われるべきです。鉄道事業者任せにするだけでは、鉄道の安全は担保できないのです。政府の適切な規制や所管官庁の適正な監督、さらには事故調査機関による事故調査活動や研究機関による安全研究の推進なども必要です。
 鉄道事故は、ヒューマンエラーや車両・装置・機器の故障、システムの欠陥、環境的要因などが複雑に連鎖して発生する組織事故です。事故の原因を徹底的に調査し、そこで得られた知見・教訓を再発防止のために活用することができれば、鉄道の安全性は大きく向上します。つまり、鉄道の技術やシステム、マネジメントの欠陥を洗い直し、事故原因となった諸要因を改善することで、起こりうる事故の芽を事前に摘み取るのです。
 その場合、事故調査は当事者である鉄道事業者や刑事事件捜査を行う警察ではなく、専門的な第三者機関の手によって行われなければなりません。公平かつ中立、科学的な立場で行われる第三者機関による事故調査こそが、真に事故の再発防止に役立つからです。

独立した第三者機関による事故調査が必要

鉄道や航空機の事故が起こった時、事故調査機関の代表としてアメリカのNTSB(National Transportation Safety Board)が話題になります。日本の調査機関との違いは? また、安部先生の今後の研究や社会活動などについて

NTSBと同種の事故調査機関は、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、スウェーデン、フィンランド、オランダなどでも設置されています。日本では2001年に航空事故調査委員会を改組する形で、航空・鉄道事故調査委員会が発足し、鉄道事故の分野でも専門的な事故調査機関の活動がスタートしました。
 日本の場合は、NTSBなどと比較すると、いくつかの難点があります。第 1 に、委員会は国土交通省内に置かれており、運輸行政からの独立性という点で不十分です。航空も鉄道も、被規制事業ですから、運輸行政のあり方が安全性の確保に大きく影響します。事故調査を行う場合、運輸行政の適否の問題点を検証する必要があります。NTSBの場合、運輸の安全性向上を目的として出される「勧告」の相手先の 7 割弱がアメリカの運輸省など行政機関に対するもの、残りがメーカーや航空・鉄道会社に対するものです。
 第2に、組織規模が貧弱である点です。NTSBの予算規模は、日本の60倍ぐらいの差があります。私たちは、消防活動のために納税者 1 人当たり年間 1 万円ほどの税金を払っていますが、航空・鉄道事故調査委員会の年間予算を国民の数で割ると、わずか 1 円ほどです。事故防止のために予算を拡充し、調査部門をはじめ各部門を充実させる必要があります。
 アメリカでもNTSBは当初は運輸省の下にあったのですが、独立しました。日本の事故調査委員会も国土交通省から独立させ、真の第三者機関にしていく活動に取り組みたいと考えています。そして、研究者としての大きな課題は、安全学の体系をつくり上げることです。安全を確保するためには、技術だけでなく、インシデントの分析などソフトの分野、マネジメントや組織の問題も重要です。その成果を事業経営の中に組み込むべきだと主張していくつもりです。