自動車排出ナノ粒子をモニタリングする
岡田 芳樹 教授

環境ナノ粒子の計測技術を開発

自動車排出ナノ粒子をモニタリングする

ナノ粒子の個数濃度の時間変化を高感度に計測

工学部 化学工学科

岡田 芳樹 教授

Yoshiki Okada

現在、各国で自動車排出ガスを規制する動きが広がっています。生体への影響を科学的に評価し、環境保全のための施策の方向性を決めるためには、自動車排出ナノ粒子の計測法を確立することが重要です。化学工学科の岡田芳樹教授は、排出されるナノ粒子の個数濃度の時間的な変化に対応する計測装置を開発し、この分野をリードしています。

目に見えないナノ粒子の個数濃度と表面積濃度は増加

自動車排出ガスに対して、ヨーロッパでは2010年ごろからの新しい排出規制を念頭に、ナノ粒子の計測法の検討が行われています。日本の環境省でも、2003年度から「環境ナノ粒子の生体影響に関する調査研究費」による動物実験でナノ粒子のリスク評価を始めています。独立行政法人国立環境研究所、(社)日本自動車工業会、(財)日本自動車研究所などにおいて、2003年度から5カ年の予定で「自動車排出ガスに起因するナノ粒子の生体影響」に関する共同研究も進行中です。排出ガス規制の現状に関して問題点は

排出ガスの規制強化などに伴って、エンジンの新燃焼技術や触媒技術の開発、燃料の改良が進み、自動車から排出される粒子状物質(PM)の重量濃度は低減されています。問題はその一方で、50ナノメートル(nm)以下のナノ粒子は、低減対策がなされておらず、逆にその個数濃度と表面積濃度は増加する傾向にあることです。
 科学的な定義としては、 100nmよりも小さな粒子をナノ粒子と呼んでいます。ナノ粒子が発生するとそのまま拡散していろんなところに付着します。例えば、たばこの煙の粒子は直径100nmぐらいです。最初は密度が濃いから目に見えますが、広がってしまうと目に見えない。人間が目に見える限界が100nmといわれており、それより小さいと見えない。重力沈降もしないので、いつまでたっても床に沈むことはなく、拡散してカーテンなどに付着します。
 ディーゼルパーティクルフィルターをつけると、目に見える黒いすす、すなわち Accumulation mode の粒子は全く出なくなります。しかし、排出粒子の粒径分布を個数濃度で見ると図の実線のカーブになり、黒いすすよりも小さな、およそ10nmあたりを粒径の中心としたNuclei modeは、粒子個数では排出粒子の90%以上を占めます。

ナノ粒子が血液に入り、肺胞や気管支に付着

自動車から排出されるナノ粒子が、健康被害をもたらすことが指摘されています。ナノ粒子の生体への影響を、科学的に評価する必要がありますが、その危険性は

ナノ粒子は肺の肺胞の奥深くまで到達し、かつ血液中に直接進入するために、重大な問題となっています。以前は大きな粒子は人体に沈着するが、1マイクロメートル(μm)になるとほとんど沈着しないと言われていました。最近はそれよりも小さなところまで調べられる実験技術が開発されたので実際に測ってみると、1μmより小さくなるにつれて逆に沈着率が上がっていくことが分かりました。ガスを吸ってしまったら肺の奥にナノ粒子が入り、肺胞といわれる肺の先の細胞に拡散してしまうので、肺胞や気管支に付着したら、呼気と同時に排出することがなかなかできないということです。
 また、免疫システムを担うマクロファージは、生体内に侵入した異物を食べて体外に出す働きをするのですが、大きさが20nmくらいになるとマクロファージには認識できないそうです。そのまま血液に入って、肝臓や脳などに蓄積するのではないかと警鐘を鳴らす研究者もいます。


  • Nuclei mode粒子を分級する S-DMAと Accumulation mode粒子を分級する L-DMAの2つの分級部を持つ

DMA(微分型電気移動度測定装置)で粒径分布を測る

自動車の排出ガスだけでなく、工業現場でナノ粒子が発生し作業員が吸ってしまう健康被害も指摘されています。また、半導体の集積回路にナノ粒子が付くと汚染物質となり生産を妨げる、いわゆる粒子汚染が問題になっています。ナノ粒子の個数濃度基準での粒径分布を計測する必要性が高まっていますが、有効な計測法は

ナノ粒子はその粒径が非常に小さいために、フィルターで捕集し重量を測定する手法では、誤差が大きく正確な測定ができません。現在、10nm以下までも精度よく粒径分布を測定できる唯一の装置としてDMA(Differential Mobility Analyzer:微分型電気移動度測定装置)があります。
 DMA は、帯電微粒子の電気移動度の粒子径依存性を利用した静電分級器です。分級部は二重円筒になっており、内部にはガスが層流の状態で流れています。粒子が内筒に到達する位置は、粒子のサイズによって異なり、内筒にスリットを設けて、そこに到達した粒子のみを取り出すことにより、特定のサイズの粒子を得ることができます。


同じ NaCl粒子を L-DMAと標準型 DMAで測定した結果

個数濃度の時間変化を約0.8Hzの応答速度で測定

そこまでは既存の技術ですね。その段階での問題点とそれを解決するために開発された新技術とは

現状のDMAは定常粒子濃度を測る装置であるため、粒子濃度の時間的な変化(過渡応答)は測れず、そのままでは自動車排出ガス計測には有効でありません。なぜなら、自動車加速減速時に有害ナノ粒子の排出が増加するので、運転条件によって過渡的に変化する非定常粒子濃度を測らなければならないからです。
 そこで、私たちは排出粒子濃度の過渡応答の測定が可能となる新しい構造を持つDMA装置を考案し、実用化するための開発研究を行ってきました。
 分級長というパラメータがあり、それが短いと小さな粒子、長いと大きな粒子を測ることができます。1つの装置の中に、Nuclei mode粒子を分級するS-DMAとAccumulation mode粒子を分級するL-DMAの2つの分級部を持っています。小さな粒径、大きな粒径に対応し、粒子を選別する分級部に別々の電圧をかけて、それぞれの粒子の濃度変化を測れるようにしたのです。
 その結果、ナノ粒子の個数濃度の時間変化を、約0.8Hzの応答速度で測定できる装置を開発することができました。ナノ粒子の個数濃度を高感度に計測するために開発している「高効率ナノ粒子帯電装置」とともに、自動車排出ナノ粒子のモニタリング装置となります。これは健康被害をもたらさない新たな内燃機関の開発に必要不可欠であり、自動車産業の発展に大きく寄与することができると思います。