水素を安全・ コンパクトに貯蔵する
竹下 博之 助教授

固体に次ぐ液体の新しい「水素貯蔵材料」を開発

水素を安全・ コンパクトに貯蔵する

工学部 先端マテリアル工学科

水素エネルギー材料研究室

竹下 博之 助教授

Hiroyuki Takeshita

環境破壊の原因となる石油やガソリン、ガスなどの化石燃料に代わるクリーンなエネルギーとして、「水素」が注目されています。水素で走る自動車など、水素エネルギーシステムの実用化が始まりつつありますが、普及のためには解決しなければならない大きな課題が残されています。水素を安全かつコンパクトに貯蔵し、取り出して活用するためには̶̶。新しい「水素貯蔵材料」の開発に取り組んでいる竹下博之助教授の研究室を取材しました。

クリーンな燃料=水素を輸送・貯蔵するために

いま、なぜ「水素」なのでしょうか。

化石燃料の使用量が年々増加し、このままでは資源が枯渇してしまいます。もう一つ大きな問題は、燃焼時に二酸化炭素や窒素・イオウ酸化物などの有害物質が発生することです。二酸化炭素は地球温暖化の原因であり、窒素・イオウ酸化物は酸性雨の原因となって森林破壊などの悪影響を与えます。
 一方、水素は燃焼しても水(水蒸気)にしかならず、環境への影響が小さい。つまり、環境破壊につながる化石燃料に対して、水素はクリーンな燃料というわけです。そのため、水素を燃料としたエネルギーシステムの実用化・普及のための研究開発が世界中で行われています。例えば、水素を燃料とし、電気を起こしてモーターで走行する「燃料電池自動車」が、すでにリース販売されています。

水素エネルギーを実用化するのに、解決しなければならない課題は?

水素エネルギーのシステム化は、大きく分けて製造、輸送・貯蔵、利用というステップに分かれます。我々の研究は、輸送・貯蔵の部分です。水素は環境への悪影響が少ない、エネルギーの利用効率が高いなどのメリットがあるのですが、コンパクトに貯蔵したり輸送したりすることが非常に難しいのです。
 水素は常温で気体であり、そのままでは石油の場合よりずっと大きな燃料タンクが必要となり、自動車などには適しません。水素を液体にするとコンパクトになりますが、水素の沸点は-253℃なので、冷やすのに大きなエネルギーが必要になってしまいます。気体の水素を圧縮すればコンパクトになりますが、数百気圧という高い圧力が必要な上、万一ガス漏れしたら爆発の危険さえあります。

常温常圧で貯蔵できる水素吸蔵合金(金属水素化物)

水素を効率よく液体にするか、あるいは固体にして貯蔵し、エネルギーに転換する時に気体に戻す必要があるわけですね。

水素という気体の燃料を固体または液体の状態で貯蔵するために、我々は水素を集中的に吸収してくれるような材料、つまり自動車でいえば燃料タンクを開発しているのです。まず、固体材料の水素吸蔵合金(金属水素化物)の研究を始めました。水素吸蔵合金とは、室温・数気圧の比較的穏やかな条件下で、水素ガスを貯蔵し、外部へ取り出すことのできる合金のことをいいます。水素吸蔵合金を使うと、液体水素以上にコンパクトになり、ほとんどの水素が固体状態で貯蔵され、かつ圧力も低いので安全性が高いのです。
 金属は独自の結晶構造を持っています。金属を一つのボールと考えると、ボールとボールを並べていくとすき間ができます。水素は金属に比べるとはるかに小さいので、金属と金属の大きなボールの間に入り込む小さなボールのような存在です。水素をそのすき間に埋め込むことによって、固体の中に取り込むことができます。
 気体の水素を液体にすることによって体積が800分の1程度になり、金属水素化物を使うと1000分の1かそれ以上に圧縮できます。また、金属水素化物のいいところは、常温・常圧などの比較的穏やかな条件で、水素を中に取り込んだり取り出したりすることができる点です。その典型的なものがニッケル水素電池に使われています。

融解温度を下げて、液体で水素を貯蔵する新研究

金属水素化物は、エネルギーシステムとして問題があるのですか。

最大の欠点は重いことです。一定の場所に置きっぱなしにする用途であればいいのですが、車に乗せる場合は、タンク自身が重くなれば燃費が悪くなってしまいます。それに変わるものとして、錯体水素化物や有機化合物を利用して水素を貯蔵する方法があります。
 錯体水素化物に適当な触媒を加えてやると、水素の出し入れが可能になります。水素ガスに不純物が含まれていると、水素化物自体がダメージを受ける場合と、添加物の触媒のほうがダメージを受ける場合が考えられますから、水素ガスが不純物に対してどのくらい耐久性があるかということを研究しています。水素の貯蔵・輸送を考えると、繰り返し使用で性能が落ちてはいけませんから、例えば CO2ガスに対してどのくらい性能を維持できるかを研究しています。

錯体系水素化物にも問題点はあるのですか。

問題の一つは、水素以外の原子の移動が遅いため、室温よりもかなり高い温度が必要なことです。だいたい150~200℃の温度が必要になります。それを100℃以下、できれば室温にもっていきたい。そこで我々が着目したのは、液体にする方法です。2種類の物質を混ぜた場合に、お互いに反応して別の物質を作るケースと、単純に混ざって混合物を作るケースがある。後者の場合は、混ざることによって融解温度が下がる場合があるのです。低い温度で液体になれば、原子の移動が容易になり、その状態で水素が出入りできるようになるだろうと考え、融解温度を下げて、液体の状態で水素を貯蔵する研究を進めています。
 それに、燃料を取り扱う際、最も都合がよいのは液体なのです。液体であれば、燃料を輸送するのではなく、燃料を含む材料全体を移してしまうことも可能になります。このアイデアを実証して、これから実用化を目指していきたいと考えています。

自分で問題を発見して解決する習慣を!

研究指導にあたって、力を入れていることは?

発表しっぱなしで終わるのではなく、ディスカッションに時間をかけています。討論を通して学生自身も自分の知らなかったことをより深く理解できますし、発表者自身や教員が考えつかないようなアイデアが出て、お互いにいい面があります。また、研究テーマが似たもの同士が集まって自主的に勉強会をやって、情報交換することも大事です。実社会に出ても、自分で問題を発見して、何とかして解決する習慣をつけてもらいたいからです。

危険物取扱者や高圧ガス製造保安責任者など、資格試験に対しては、ポケットマネーを出してサポートされているそうですね。

合格したら受験費用と免許の申請費用などを出しています。資格取得のための勉強をすることによって、危険なものをいかに安全に取り扱うかということを学んでほしいという狙いがあるからです。水素をはじめ扱っている材料は、下手をすれば燃えたり爆発したりする危険性があります。固体材料の構造を知るため、エックス線を利用することもあります。一般の人が使えば危険かもしれないけれども、専門知識でもって安全に扱うことができてこそ技術者です。