金融業のIT戦略で世界の最先端に立つ
鵜飼 康東 教授

「ソシオネットワーク戦略研究センター」トップレベルの実証分析で情報技術の政策研究を先導

金融業のIT戦略で世界の最先端に立つ

ソシオネットワーク戦略研究センター長 総合情報学部

鵜飼 康東 教授

Yasuharu Ukai

関西大学ソシオネットワーク戦略研究センター(略称:RCSS)は、2002年4月に文部科学省より学術フロンティア推進拠点の選定を受けて設立されました。経済・企業・社会基盤の3部門のネットワーク戦略研究班に分かれている研究組織は、従来の日本の研究機関と異なる斬新な運営形態をとっています。世界におけるインターネット戦略研究の中心になることを目指して、強力なリーダーシップを発揮している鵜飼康東センター長に話を伺いました。

ネットワーク戦略研究はネットワークの活用から

ソシオネットワーク戦略研究センターは、829㎡のスペースに共同研究室5室、外国人客員研究室、データ室、図書資料室、マルチメディア・ラボなどが配置されています。自由な発想で研究を進めることができるように設計された、ゆったりとした研究空間が広がっています。
 それでも、ここは研究センターの一部にすぎないのです。なぜなら、この研究センターは「世界最初のバーチャル研究所」だからです。内外に多数の優れた共同研究社が存在し、各拠点がネットワークで結ばれています。世界中を飛び回っているようなアクティブな第一線級の研究者を1カ所に集めることは困難ですが、寄り集まって議論するのと同等の機能を実現するインターネット会議システムを構築しています。
 関西大学以外にハーバード大学、大阪大学、早稲田大学、奈良先端科学技術大学院大学など、すでに8カ所を同時に結んで研究会を開催しており、理論的には13カ所まで可能です。
 研究スタッフは、その専門分野を代表するそうそうたるメンバーがそろっています。例えば、RCSSフェローには世界計量経済学会元会長であるDale.W.Jorgensonハーバード大学サミュル W.モリス記念特任教授。経済ネットワーク戦略研究班には、日本を代表する官庁出身エコノミストである貞廣彰・早稲田大学教授をはじめ、篠崎彰彦・九州大学助教授など5名。企業ネットワーク戦略研究班には、バイオグリッド構築の第一人者である下條真司・大阪大学教授、情報開示研究の大家である柴健次・関西大学商学部教授など4名。社会基盤ネットワーク戦略研究班には、インターネット・セキュリティ研究の世界的権威である山口英・奈良先端科学技術大学院大学教授など7名。
 これらの研究者が参加した活発な研究の成果として、すでに14冊のRCSSディスカッションペーパーを刊行。それに修正を加えて発刊する「ソシオネットワーク戦略研究叢書」は、第1巻の鵜飼康東・編著『銀行業情報システム投資の経済分析』、第2巻の矢田勝俊・著『データマイニングと組織能力』(ともに多賀出版)が出版されています。
 「この分野の研究で最も必要なことは、地道で報われないようなデータの収集と現場の聞き取り調査の二つです。決して大上段に振りかざした学説ではありません。私たちの研究が世界で注目されているとすれば、この8年をかけてコツコツと集めたITに関する企業データを持っていることです。こういう泥臭い仕事を日本の社会科学者はなかなかしません。しかし、世界の学問はそうではありません。本当に必要なのは労をいとわない作業です。最先端の成果は、根気よく積み上げたデータの中からしか生まれてきません」


第1回ソシオネットワーク戦略研究国際会議(2003年5月26・27日、本学)

銀行業・郵政事業の研究を踏まえて世界の情報戦略・政策論争に参加

●鵜飼康東教授に聞く

「ソシオネットワーク戦略」とは?

ソシオネットワーク戦略研究センターを設立された狙いは?

コンピュータ科学の研究で欠けているのは、情報システムの効率性や経済的評価、社会全体に与える影響の定量的分析です。費用対効果という観点が抜けています。これは日本だけではなくて世界的な傾向です。こういう経済的評価の研究は1993年ごろからアメリカのマサチューセッツ工科大学とこの関西大学で始まりました。
 「ソシオネットワーク戦略研究」という言葉は、私たちが世界で最初に作り出しました。今のところ普及している言葉は、「インターネットの政策研究」ですが、私たちはインターネットやコンピュータのハードウェア、ソフトウェアにとどまらず、経営方法、法律、制度、生活環境すべてを含めて考えるために新しい言葉を作りました。ただし、効率性の研究は決して私たちだけの専売特許ではなく、マサチューセッツ工科大学では製造業やサービス産業の分析を行っています。当センターが世界に誇れるのは、世界で最初に金融業のコンピュータシステムの効率性の研究を始めたことです。
 正確に言うと、1994年からほぼ8年にわたって文部科学省の科学研究費に基づく金融業の研究を進めてきました。それが認められてこのセンターができたのです。

世界の最先端を走っているということですか。

今から5、6年前まで、いわゆる第3次オンライン化が終了するまでは、銀行のコンピュータシステムの効率性は、どの程度費用が削減できるかということで計っていました。例えば、人件費や設備経費がどのくらい安くなるかです。私たちはそれを「後ろ向きの効率性」と呼んでいます。
 私たちが考えているのは「前向きの効率性」であり、どの程度生産性が上がるか、例えば従業員1人当たりの生産性がどの程度上がるか、また企業の株式価値および資産評価がどの程度上昇するかということを、世界で最初に精密に計算しました。

実証研究をどのように応用するのですか。

コンピュータと経営制度の関係について、いま激しい論争があります。一つはマサチューセッツ工科大学を中心に、コンピュータシステムの導入は経営組織そのものを改めてしまう、一口で言えば分権化が進む、現場に権限が移されて、経営者権限は非常に小さくなるという考え方です。これに対して東北大学を中心に、アジアにおけるコンピュータ化はアメリカとは全く違う、逆に現場の権限がはく奪されて、中央の経営組織に強大な権限が集まってくるという考え方です。RCSSはこの論争に参戦します。

この研究センターの考え方は?

私たちは「製造業の研究では本当のことが分からない」という発想から出発します。なぜなら製造業の時代は終わりましたから。成熟社会ではサービス産業や金融業、ソフトウェア産業など、従来の製造業ではとらえられない新しい産業が続々と興っています。
 例えば、私たちは今、郵政事業の研究に取り組んでいます。日本郵政公社が完全に民営化されれば、世界最大の銀行が日本にできあがるわけです。そこでコンピュータ化と経営組織の問題はどのようになっていくのか。私たちの結論はまだ暫定的ですが、金融業においては少なくともマサチューセッツ工科大学の学者が言うように分権化が進んでいるのではないか、すなわち日本の製造業において進展している集権化は、他の非製造業においては見られないのではないかという見通しを持っています。

厳しい論文審査で若手研究者を育成

IT化で世界はどう変わっていくのでしょうか。

IT化が果たして世界一体化に進むのか、それともアジアはアジアのIT化があり、ヨーロッパはヨーロッパの、アメリカはアメリカのIT化がある、いわゆる棲み分けの社会をもたらすのか。また、製造業と非製造業で情報化の進展に、何か決定的な違いがあるのか。これが二大論点です。RCSSの回答は「真実は実証研究の中にある」というものです。予言は出来ませんが、大胆な示唆はしたい。

若手研究者には論文報告などで厳しい基準が設けられています。

日本の学者は自分の専門分野に閉じこもりがちです。これを打ち破るために、すでに18回にわたる全体テレビ会議を行い、研究員は全部の会議に参加しなければならないという形をとってきました。これは成功したと思いますが、個別分野で議論が深まっていかないという難点がありました。
 このために、今は並行して小さな研究会をいくつも発足させています。例えば「情報セキュリティ統計解析研究会」や「ロジスティクス研究会」「情報分散技術評価研究会」など。3〜4人の研究者が集まって密度の濃い議論をし、ディスカッションペーパーを必ず作成します。1年以内に最低1冊その研究会は論文をまとめて報告し、それを審査員付き学術雑誌に投稿しなければなりません。
 当初は日本語で学術雑誌刊行を考えていました。しかし、世界最先端の研究を発信するためには、やはり英語です。欧米の大きな科学技術出版社と査読付き雑誌刊行の提携が成立して2004年9月に季刊誌“ The Review of Socio network Strategies”を発刊します。
 この英文雑誌を舞台に研究を展開し、3年後にはSociety of Socio network Strategiesという国際学会を設立し、世界におけるインターネット戦略研究の中心になることを目指しています。

そうなれば、Socio network Strategyという名の講座が世界中の大学や大学院にできますね。