「安全」を実現する車載コンピュータ間通信
岡田 博美教授

対向車と人の位置・状況確認で事故防止衝突・飛び出しを予測する通信技術開発

「安全」を実現する車載コンピュータ間通信

工学部電子工学科情報ネットワーク研究室

岡田 博美教授

Hiromi Okada

目覚ましく進歩する通信技術を応用して、自動車の衝突事故や人身事故を未然に防止する。このような社会的なテーマに取り組み、車載コンピュータ間通信の研究をリードしているのが、工学部電子工学科の岡田博美教授を中心とする情報ネットワーク研究室です。ここでは従来のカーナビゲーションとはコンセプトを異にする、安全性重視のITS(Intelligent Transport Systems)の研究を進めています。移動通信技術の分野でアクティブに最先端の研究を展開する岡田先生に取材しました。

人と車が共存する安全な社会を

移動通信実験のために改造された車が2台、関大のキャンパスに登場。実験車両にはコンピュータや計測器、モニターなどが積まれ、器具・部品収容棚も用意されています。各スチールプレートは振動吸収設計で、強力なルーフキャリアが付けられた屋根は、数名が乗って作業でき、各種のアンテナ設置も可能です。この車両を用いて、車両間通信による衝突回避実験や車両・歩行者間通信の実証実験を行っています。
 もちろん車両実験による検証に先立って、衝突回避のアルゴリズムの開発や車両・歩行者間通信のソフトウェアの開発が必要です。岡田先生のグループもコンピュータ上のシミュレーションを重ねてきました。しかし、それには限界があり、やはり実際に車を使った実験が不可欠だそうです。
 普及しているカーナビゲーションやETC(自動料金収受システム)は、道路・車両間通信(RVC:Road-Vehicle Communications)ですが、岡田先生が開発に当たっているのは車載コンピュータ間通信(IVC:Inter- Vehicle Communications)です。
 車両間で位置、速度、方向などの走行情報を交換し、車両相互の相対的位置関係とその動的予測値を基本に、衝突の危険性を計算します。また、車両と歩行者、自転車、バイクの間で走行情報を交換し、人と車の共存する安全な社会を可能にします。このシステムが実用化されると、見通しの悪い曲がり角(ブラインド・コーナー)や交差点での出合い頭の衝突をはじめ、子供や自転車の飛び出しなどを事前に予測し、音声と映像で危険を知らせることや、自動で急ブレーキをかけることができます。
 さらに、この研究は交通安全以外に、リアルタイムの交通情報を対向車間で交換したり、近くを走行中の車同士がその地域の情報や生活に便利な情報を交換したりする、夢のあるコミュニケーションにもつながっています。

安全重視の次世代のカーナビゲーション車載コンピュータ間情報ネットワーク技術

この研究を始められたきっかけは?

6年ほど前、自動車会社に勤めていた友人から、車が通信機能を必要としていることを聞き、安全性を高める技術に注目しました。ETCやナビゲーションも便利ですが、通信技術を衝突防止などの安全対策に適用すると社会に役立つのではないか、と考えたのが発端です。
 この車載コンピュータ間通信は、私の研究室が取り組んでいる四つの研究分野の一つです。他には、インターネットのサーバの負荷に対応する大規模分散型情報ネットワーク技術、光ネットワーク技術、無線ネットワーク技術と移動通信技術などを研究しています。

これまでの研究の経過については?

まず、コンピュータの中で車のモデルを作り、衝突回避のシミュレーションを始めました。基地局を介すると時間がかかって実用的ではないので、車と車の直接的な通信を考えました。コンピュータ上ではあくまでも数理モデルですから、理想化された状態で簡単にできてしまうのです。車と車の間でうまく通信する新しい無線通信プロトコルの技術はある程度見通しがつきました。
 それを応用して実際にやってみようということになり、車2台を購入し、実験しているところです。つまり衝突回避のシミュレーションと通信プロトコルのシミュレーションを実際に試したということです。
 オハイオ州立大学では、ラジコンカーに無線装置を積んで実験したそうですし、コンピュータ上で衝突回避のアルゴリズムを考えている研究者はおられますが、本当の車を使って実験している所は他にないでしょう。
 電波の反射を見て距離を判断しハードウェア的にぶつかるかどうかを察知する方法ではなく、私たちの場合は車と車の間で情報交換しています。ビルの陰でお互いに相手が見えなくても、ソフトウェア的に衝突を回避するわけです。
 オハイオ州立大学には、この教室の学生が何人か留学して共同の論文も書いています。また、総合情報学部の堀井康史先生とも共同で研究を進めています。

車両間だけでなく、車対歩行者・自転車の場合も研究対象ですね。

2年ぐらい前から取り組んでいますが、おそらく世界で初めてでしょう。私たちの方式では位置を確認するGPS(衛星利用測位システム)の機能と通信機能があればよいのです。車の方で判断し、危なかったら急ブレーキをかけます。主なターゲットは子供です。ペンダントなどに通信機能を持たせれば、子供が路地から飛び出して起きるような事故を防げます。もちろんウェアラブルコンピュータが小さくなって処理ができるようになれば、歩行者側でも予測しアラームを鳴らすことも可能です。

視力など体に障害のある方も安心できます。今後の課題は?

第一に衝突回避のためのアルゴリズムの問題です。基本はできているのですが、本来ならぶつからないケースでも、接近してくると警告音が鳴ってしまう場合があります。ブラインド・コーナーとか信号のない交差点で鳴るだけでなく、直線で前方が見えていても擦れ違うときに鳴ってしまうのです。安全な時と本当に危ない時とを切り分けるのが難しいのです。なんとかいろいろなアイデアを出して試みた結果、直線ではほぼ鳴らなくなりました。しかし、S字カーブでは鳴ってしまいます。これをどうやって鳴らさないようにするのか、今後の課題です。
 第二に、歩行者が多数その装置を持っていると、どんどんレスポンスが求められて通信環境が壊れる危険性があります。それを抑えて的確に危険信号だけをピックアップしていくことが要求されます。
 三番目の課題は、この装置を全員が持たなければいけない点です。搭載している車としていない車があると信頼性がなくなり、すべての車に積まなければ機能しないようなものには商品価値がないという反対意見があります。それに対する解決法としては、簡便なシステムにするか、あるいは携帯電話に小さなカードを入れると動作可能な装置が考えられます。これなら車載機器の多くが不要になります。また、車載機器を搭載すると保険料が安くなるというような法制的な後押しがあれば、比較的早期に実用可能なのではないでしょうか。
 四番目は、衝突回避がどちらかといえば後ろ向きで、面白さに欠ける点です。カーナビゲーションがあれだけ売れているのは、遊びの要素があるからです。このシステムを使って何か楽しいことができないかと考え、私たちはコンテンツ指向型のコミュニケーションを目指しています。互いに知らない車同士の間で、瞬時に何か面白い情報を交換する。例えば行楽地で催されているイベントについて、向こうから来た車が教えてくれる。あるいは、この先で工事しているとか、2㌔先から渋滞しているとかいう情報交換ができる。便利で遊び心あふれる使い方も可能です。

課題と同時に解決方法もすでに視野に入っています。実用化される日が早く来ることを期待しております。