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【執行部リレーコラム】「時間」の相対性――本川達雄『ゾウの時間 ネズミの時間』を読む

2019.12.20

学長補佐 高作正博

 遅ればせながら、本川達雄『ゾウの時間 ネズミの時間』(中公新書、1992)を拝読した。理科系の書物の中でも大ベストセラーの読み物であり、2017年12月25日出版のもので78版を数える。動物には、体の大きさと時間との間に関係があるのであり、「サイズ」によって時間の進み方が変わるという。「体重が増えると時間は長くなる」。「大きな動物ほど、何をするにも時間がかかる」(4頁)。寿命から始まって、大人のサイズに成長するまでの時間、息をする時間間隔、心臓の鼓動の時間間隔、血液が体内を回る時間等、全てが一定の法則に従って変わってくるというのだ。

 「ゾウにはゾウの時間、イヌにはイヌの時間、ネコにはネコの時間、そして、ネズミにはネズミの時間と、それぞれ体のサイズに応じて、違う時間の単位がある」(5頁)。

 しかも、体が大きいということには、様々な点でメリットがある。「環境に左右されにくく、自立性を保っていられるという利点がある」(10頁)。体温が一定に保たれ、乾燥にも強く、飢えにも強い。「定住性の動物がふつうに行動する範囲を行動圏という。大きい動物ほど広い行動圏をもつが、この広さは、ほぼ体重に比例する」(53頁)。それ故、生命維持にとって過酷な環境となっても、体内の脂肪を使いながら新しい環境を求めて動き回り、生き延びる確率を高めることが可能となるのである。

 この書物を読みながら、大学の時間を考えてみた。よく「大学の意思決定が遅い」とか「手続に時間がかかりすぎる」とか言われることがある。これまでは、「それこそ大学が民主的に運用されている証左だ」と考えてきたし、実際に口にもしてきた。でも、もしかしたら、組織にも時間との間に関係があり、まさに「サイズ」の大きい組織ほど時間がかかると言いうるのではないか。関西大学は創立130年を超え、現在では13学部・13研究科・3専門職大学院・留学生別科で組織される。学生数は、学部・大学院・専門職大学院・留学生別科で合計30,452人、大学の教員数は740人を数える。大所帯の組織である
(いずれも2019年5月1日現在。http://www.kansai-u.ac.jp/global/guide/numberstd.html)。


 「関大には関大の時間、別の大学には別の大学の時間、A社にはA社の時間、B社にはB社の時間と、それぞれの組織のサイズに応じて、違う時間の単位がある」のかもしれない。

 「サイズ」の大きい大学ほど時間がかかるとすれば、その原因を探る必要があろう。そもそも、ある事柄について決定する場合、様々な要素を考えなければならない。1つの決定を「点」とすれば、「点」の繰り返しが大学という組織を作っている。但し、「点」を決定する場合、「点」だけを考えればよいというのではない。「線」の中での「点」を考えなければならず、「線」の中に収まるように「点」の決断を下さなければならない。その判断を行うための時間が必要であるが故に、時間がかかるというのが真相であろう。では、「線」の中に収まるように「点」を決断するには、どのような考慮が必要なのであろうか。

 第1に、「ヨコ」の整合性である。大学という組織では、多くの部局がある。それぞれの部局がバラバラに決定するのでは、統一性のとれた組織運営ができない。組織全体の整合性を確保し得るように、1つの決定を行うことが求められる。第2に、「タテ」の整合性である。創立してから130年を超えるようになると、過去の多くの決定との整合性を図る必要もある。担当者によって方針や運用が変わるようでは組織のあり方がまずいことになる。執行部や担当者の交代にもかかわらず、時間軸での整合性を図ることが求められる。「タテ」と「ヨコ」の整合性を図るには、全体を見通す目と蓄積された前例が必要だ。前例の調査という点では、大学職員の尽力なくしては叶わない。その意味では、関西大学の職員の方は本当によく働いておられる。役職に就くと、そのことがよく分かる(働きすぎて、関大版「働き方改革」(!)が必要という声もある)。

 「サイズ」の大きい大学では時間が長くなる。それでも、環境の変化に耐えることができ、寿命も長い。そう言ってしまえば、大学の「サイズ」の大きさは、良いことだらけのようにも思われる。ただ、その裏に潜む危険性については、『ゾウの時間 ネズミの時間』も次のように指摘する。「安定性があだとなり、新しいものを生み出しにくい」。「ひとたび克服できないような大きな環境の変化に出会うと、新しい変異種を生みだすこともできずに絶滅してしまう」(15頁)。大学も、環境の変化に柔軟に対応して、新しいものを生み出す工夫を続けていかなければならない。「ヨコ」と「タテ」の整合性を図ることが重要だからといっても、「線」を適宜見直して変更し、新しい課題に対処するような新しい発想を形にしていくこともまた必要な対応であろう。

 「線」の見直し・変更の際には、既に整備されているはずの次の3つのルールを根拠として、制度変更のプロセスが進められることとなる。第1に、権限の主体に関するルールである。「誰が」、「どの組織が」、決定するのかを決めるルールである。法律学の世界では、それを「組織法」と呼ぶ。特定の目的のために特定の組織を作ること、それが組織法の役割である。第2に、権限の内容に関するルールである。設置した組織に権限を与え、その権限を行使する条件を定めるルールである。これは通常、「作用法」と呼ばれている。第3に、権限行使の手続に関するルールである。権限の主体が、自らの権限を行使する際に、従わなければならない手続を定めるルールである。これは、「手続法」と呼ばれている。

 これら3つのルールに従いつつ、新しい課題に取り組んでいる一例として、「持続可能な開発目標」(SDGs)を挙げる。関西大学では、芝井敬司学長を座長とする「SDGs推進プロジェクト」が設置され、SDGsの推進活動に積極的に取り組んでいる(http://www.kansai-u.ac.jp/sdgs/)。こうした新しい課題への対処については、全学に関わることは学部長・研究科長会議、授業の設置については教育推進部、研究に関わる場合には研究推進部、自治体や企業との連携については社会連携部等が、それぞれ具体的に実施している。決められた組織法、作用法、手続法の下で、「線」を作りながら新しい「点」を刻んでいるのである。このような試みは、安定性と創造性を備えながら、今後も進められるであろう。

 なお、冒頭では「遅ればせながら」と書いた。それは、法学部の同僚に「こんな面白い本がありました!」と得意げに話をしたところ、「え?! 先生、ご存じなかったんですか???」と驚かれてしまったからである。少し恥ずかしい思いをしたが、それでも私にとっては、書物との出会いが物事を考える「始まり」になった。まぁ、何にでも「始まり」があれば「終わり」もある。このコラムを担当するのも、今回で最後となる。芝井学長は、読書の大切さや面白さを説き、学生にも積極的に本を読むことを推奨してきた。本稿も、読書推奨の方針に沿って書かれたものであり、改めて1冊の本との出会いへの感謝を記し、本コラムの結びとしたい。

【参考】関西大学学長室HP「芝井の目」掲載の『新入生に贈る100冊』