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【芝井の目】春学期の卒業生へのメッセージ

2019.09.20

 9月19日(木)は少し慌しい1日となりました。春学期の卒業式・学位記授与式、学位(博士)記授与式に加え、秋学期の入学式が行われたからです。ご存知のように、卒業式も入学式も春に行われるのが風物詩となっている日本です。それぞれこじんまりした式典でしたが、学長の責任を考えると、たとえ短くても何かみなさんの心に訴えるものを伝えたいと思い、瀧本哲史(たきもと・てつふみ)さんのことを取り上げました。
 以下は、春学期に学部、大学院を卒業したみなさんにたいするメッセージです。


「瀧本さんのメッセージ」

 8月10日に、瀧本哲史(たきもと・てつふみ)さんが、お亡くなりになりました。47歳、まことに短い人生でした。瀧本さんは、東京大学法学部を卒業した後、将来を嘱望されて東大の民法の助手に就きながら、3年で辞めてコンサルティング会社のマッキンゼーに入社。企業コンサルタントとして活躍し、また経営不振に陥った企業の再建にも取り組みました。
 その後、瀧本さんは独立し、若手起業家を支援するエンジェル投資家として活動しながら、2007年には京都大学産官学連携センターの客員准教授として、社会とどう向き合って生きていくのかという問題を、受講する学生たちに考えさせる授業をしてきました。2006年から始まったNHKのニュース番組、「NEWS WEB 24」で初代のネットナビゲーターを務めたり、TBS「情報7days」でコメンテーターを務めたりしたので、皆さんの中にも知っている人が、いるかもしれません。 
 瀧本さんが書いた本は、いずれも鋭く私たちの心を打つ内容です。2011年に刊行されてベストセラーになった『僕は君たちに武器を配りたい』をはじめとして、『武器としての交渉思考』、『君に友だちはいらない』、『ミライの授業』など、多くの作品を通じて、瀧本さんはもっぱら20代30代の若者にたいして語りかけています。
 瀧本さんは、日本の将来に危機を感じ取ります。経済はどんどんグローバル化してゆき、アジア各国も力をつけているなかで、日本ではバブル崩壊後の「失われた30年」と言われるほどの経済の停滞が続く。政治も経済もなかなか明るい兆しが見えない状況で、大人たち自身が閉塞感に包まれるなか、若者もまた自分たちの未来の姿を、希望をもって思い描くことができなくなっている。現在の日本社会を覆っている閉塞感のありようをこんなふうに示しながら、これからグローバル化する世界で生きる若者は、どうすればよいのかという問題をめぐって、彼の議論が展開されます。
 彼の認識によれば、「いまの日本は、地縁や血縁や会社の社縁でつながった古いタイプの組織が瓦解して、新しい組織やルールを自分たちで作っていく社会へと変化していく、ちょうどその入口の段階にあるように見える」といいます。またこれまで人がやっていた仕事が、今後急速にコンピュータによって置き換えられていく以上、人はますます、どんな高性能のコンピュータでも代替できない領域、ゼロから新しいものを生み出すことができる領域、つまり、意識、主観、価値に関わる領域の仕事、あるいは夢とロマン、希望やヴィジョンを生み出し、魂を揺さぶられる仕事に取り組むことになる、瀧本さんはそう考えます。
 「社会が大きく変わるときに、その変革を担うのは若者である」「何かを恐れずに、新しく大胆なチャレンジができるのは、若い人だけだ」と、瀧本さんは言いました。彼が生命を削って訴えてきたことに、いちど耳を傾けてもらえれば幸いです。本日、こうして春学期の卒業式・学位記授与式に臨まれた若い皆さんに、大いに期待しています。本日は、おめでとうございます。そして、どうぞこれから、がんばってください。

学長 芝井 敬司