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【執行部リレーコラム】環境小説を読む

2019.05.31

 副学長 良永 康平

 「環境小説」とでもいうべきジャンルが存在する。別に大ヒットしているというわけではないが、一定の注目を集めている。これはまさに「環境の時代」を迎えているからに他ならないだろう。実際に私が読んだのは、マイクル・クライトン『恐怖の存在』やデイヴィッド・クラス『ターニングポイント』、城山明子『地球維新』、西尾兼光『エンジン消失』等であるが、昨年末に北沢栄の『南極メルトダウン』を読み、その臨場性に驚いた。
 北沢のこの小説がユニークなのは、背景説明等に科学的根拠に裏付けられた実際のデータを用いつつ、ティッピング・ポイント(転換点)を越え、急速にメルトダウンしてゆくグリーンランドや南極の最新情勢を、主人公である気象予報官の白井清を中心に描き出しているところである。そのために単なる絵空事ではなく、迫真の展開となっている。
 「ノアの箱舟」に類する洪水伝説が旧約聖書以前にも4つも存在していたという史実あたりから物語はスタートする。このような歴史と現代の気候変動が異なるのは、起因が化石燃料の燃焼に伴う二酸化炭素の排出という人為的な地球温暖化だという点である。しかし、化石燃料を温存しつつ何とか資源開発を押し進めたい国際石油資本は、温暖化研究の成果を否定し、温暖化は大自然の営為によるものとの見解を広く流布し、株主総会でいっそうの開発への誘導を謀ろうとする。「さもありなん」といった感じで、環境懐疑派と環境原理主義者の対立の構図が浮き彫りにされている。ティッピング・ポイントという言葉を使って異常気象の背景の温暖化を説明した白井清も、その煽りで譴責処分を受けることになる。
 物語では、そうこうしているうちに「海の温暖化」にも影響されて南極の棚氷や氷床がメルトダウンし、急激な海面上昇や大津波が次々に引き起こされてゆく。地球が最後にはどうなるのかといった結末までは書かれていないが、「ノアの箱舟」が必要となるような事態であることは間違いない。
 メルトダウンは現実には起こり得ないような作り話ではない。棚氷ラーセンBの崩落やトッテン氷河の溶解はあまりにも有名な現実であるし、アル・ゴアの映画『不都合な真実2』にも鮮明な映像として描写されている。ところが、このままゆくと小島嶼国や海に面した大都市は海に没することになると言われても、多くの一般人にはそれほど切迫した問題であるとは受け止められないかもしれない。それでもこの小説を読むと、いつかはそんな日が来るかもしれないことを実感し、その前にするべきこと、できることがあるのではないかと考えるに違いない。
 さて関西大学では、学長のもとにSDGs推進プロジェクトを設置・推進している。南極がメルトダウンするような地球温暖化に繋がる開発ではなく、将来にわたって持続可能な発展を社会全体として模索すべき時である。産業界ではすでに様々な取組が始まっているが、教育・研究の府であり、将来世代の育成に責任を持つ大学においても、真剣にSDGsに取り組む必要がある。