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【執行部リレーコラム】教科書が読めない子どもたち?

2018.07.20

副学長 良永 康平

 芝井学長が今年の春に発表した「新入生に贈る100冊の本」が話題である。夏の地方教育懇談会でも、御父母から「100冊の本のリストはどうやったら入手できますか」とよく質問される。学長がどのような本をリストアップしているのかという興味もさることながら、「読書」がいかに大事なことであるかを御父母が理解されているからだろう。
 ところでその「100冊の本」にも入っているが、最近、AI(人工知能)やディープラーニング、シンギュラリティ等に関する紹介本が多くなってきた。AIに期待するものもあれば、逆にAI社会到来への不安や不満に関するものもある。ここに紹介するのは、新井紀子氏による話題の『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社、2018年)である。
 筆者は数理論理学を専門とする数学者であるが、AIで東大に合格できるかを実験するために、2011年に「東ロボくん」をいうAIロボットのプロジェクトを立ち上げた。「東ロボくん」を鍛えるなかでAIは進化を遂げ、MARCHや関関同立であれば80%の合格率まできている。ところが一方で、現段階でも特に国語の読解力は低く、AIは「問題文が読めない」こと、「文脈を理解できない」ことが改めて浮き彫りになったという。筆者は、人工知能とはいっても基本的にコンピュータがしているのは計算であり、四則演算に過ぎないと繰り返し主張している。問題文の意味を理解できずに、ビッグデータをもとに計算してそれらしい解答を導いても、東大に合格できるレベルの読解力は身につけられないとして、「東ロボくん」の開発は2016年に凍結されたとのことである。
 このようにAIには未だ東大に入る力はないにしても、既に関大には合格できる力があり、また近未来には従来ホワイトカラーが担ってきた仕事の多くをAIに奪われる可能性が他の多くの書物でも指摘されている。これに対して筆者は、「東ロボくん」の実験から、AIに肩代わりできないのは、とりわけ高度な読解力や常識、人間らしい柔軟な判断が要求される分野であり、これらの能力があれば本来、AIは現状では恐れるに足りない存在のはずだが、実際には日本の多くの中高生の、これらの能力の欠如は危機的状況であるという。筆者が2016年から独自に開発・実施している基礎的読解力を調査するための「リーディングスキルテスト」(RST)によると、なんと3人に1人の中高生が、教科書の文章すら正しく理解できない。そして教科書を読む能力も身につけないまま大学に入学してくる。このように本来はAIに対して優位に立てるはずの読解力が実は十分ではなく、日本の教育が育てているのは、記憶力や計算力、統計力といったAIによって代替可能な能力だという。
 筆者はアクティブ・ラーニングについてもその問題点を指摘する。アクティブ・ラーニングとは、教員の一方的な知識提供型の講義ではなく、生徒・学生の自発的な問題の発見や解決策の提案・ディベート等を通して、よりアクティブに学ぶ手法で、小中高から近年では大学でも導入が進んでいる。関西大学でもPBL(Project or Problem Based Learning)科目等で採用されている。これに対して筆者は、教科書に書いてあることが理解できない学生達がどうして自ら調べることができるのか、さらには自分の考えを論理的に説明したり相手の意見を正確に理解したりできない学生が、どうして議論をすることができるのか、と問うている。要するに、読解力の養成こそがアクティブ・ラーニングよりもまず先行して重要なのではないか、ということである。確かにそのような側面はある。ただ、自分で問題を探し、解決法を考える時の学生達の目の輝きを見ていると、逆にアクティブ・ラーニングを上手く使って、読解力の必要性を改めて認識させ、養成もできたら素晴らしいとも思う。
 筆者は、読解力を決める要因は何かを探るために、要因と思しきものを網羅したアンケート調査をもとに調べた。しかしその結果は、読書や学習の習慣でもなければ、得意科目でもなく、さらには新聞購読の有無や性別でもなかったと述べている。そして中学生の間は平均的に向上するが、高校生での向上はみられないことも指摘している。それでは、大学生の読解力向上も絶望的なのだろうか?私はそうは思わない、可能性を信じたい。社会に出たらありえないぐらい長い大学生としての夏休みや春休みを、海外への短期留学やクラブ・サークルの合宿、アルバイトだけで過ごすのではなく、学長の「100冊の本」を参考に何冊か読んでみてはどうだろうか。とりわけ彼らは一生の半分以上を今後、AIと併存・競合しなくてはならないこともあり、AIを越える真の読解と感動を味わってほしいものである。


AI VS.教科書が読めない子どもたち
AI VS.教科書が読めない子どもたち