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【芝井の目】湧水のまち越前大野を訪れて

2018.07.10

 福井県の大野市をご存知でしょうか。県庁のある福井市から電車あるいはバスで1時間、市の中心部は典型的な盆地。そこには豊富な地下水が蓄えられ、清水(しょうず)と呼ばれる湧水が人びとの生活を支えています。人間だけではありません。絶滅危惧種に指定されているイトヨ、営巣行動で知られるかわいい淡水魚もまた、湧水の恵みをうけて生きています。
 近年は越前大野城が、竹田城址に続く「天空の城」として取り上げられ、観光客も増えているようです。ただし、日本社会の少子高齢化の傾向は、ここ大野でも加速し、漸進的な人口減少と地域活力の低下を招いていると。応対していただいた市職員の言です。

 このたび関西大学は、大野市と「連携協力に関する協定」を結ぶことになり、私 も学長として6月13日に現地を訪れ、岡田高大(おかだ・たかお)市長との間で、協定書を交わしてきました。締結式のご挨拶のなかで、私は大野市とのささやかな偶然のつながりについて、以下のように触れました。
 一つは、4,5年前でしょうか、テレビでイトヨの生態を紹介する映像を見て、大野の名前を深く記憶したこと、そしてもう一つは、やはり今回の協定のお話が出る以前のことです。私は大野市と株式会社電通が協力するプロジェクト「大野へ帰ろう」の経緯を聞き知る機会を得たのです。進学や就職のために故郷を出る大野の高校卒業生に、保護者のみなさんが「いつか帰っておいで」と歌で呼びかける、電通の仕掛けた優れものの企画でした。保護者のコーラスという卒業式のサプライズ映像を見て、その時に私もちょっと涙ぐみました(ぜひ、YouTube「大野へかえろう 卒業式プロジェクト」をご覧ください)。

 さらに、協定締結の運びとなった5月には、葉上太郎氏のルポ「地方は消滅しない」(『文藝春秋』2018年6月号)を偶然に読むことになりました。昔ながらのイトヨが棲む清水を整備して豊かな地下水を守る運動、ここにしかない水でここにしかないコーヒーやパンを出すために都会を離れて故郷に戻った人たちのビジネス活動、水汲み労働で学校に行けない子どもたちを無くすための東チモール水道建設支援行動などが紹介されています。
 つまり住民が、その土地の本物の価値を見つけて誇りを持ち、その価値を大事に守り育てることができるのであれば、けっして「地方は消滅しない」ということです。そして、大野にとって「それは水だ」ということを、このルポが私たちに伝えてくれています。

 今回の協定で、関西大学と地方自治体が結ぶ連携協定は、21件を数えることになりました。私たち関西大学は、それぞれの自治体の持つ優れた個性や持ち味をしっかりと学んでいきたいと考えます。新年のごあいさつで申し上げたように、幅広い連携活動を通じた「むすび」と「つながり」が、いま私たち関西大学を創りあげていると言っても過言ではないでしょうから。


7月10日 学長 芝井 敬司