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【執行部リレーコラム】「ライフ・シフト」の時代の大学

2017.09.06

学長 芝井敬司

 『LIFE SHIFT―100年時代の人生戦略―』を読んだ。池内理事長が教育後援会の会合の挨拶で触れられたこともあって、それではと思い買い求めて読んだところ、かなり面白い本とめぐり合えた次第。7月には『週刊東洋経済』6738号でも、「ライフ・シフト実践編」というタイトルで特集が組まれたので、すでに読まれた方も少なくないだろう。
 著者であるロンドン・ビジネススクールの教授グラットンとスコットは、私たちが長寿化の恩恵に最大限浴するためにどのような選択をすべきかを、いますぐに考える必要があるという。20世紀に当たり前に考えていた3ステージの人生、つまり「教育のステージ」「仕事のステージ」「引退のステージ」からなる人生設計は、長寿化によって生まれる100年時代には通用しなくなり、私たちは70歳を超えて80歳くらいまで働かなくてはならないことになる。
 そして、仕事のステージの長期化は、必然的に学び直しとスキルへの本格的な再投資をもたらし、長期化した仕事のステージは生涯に2つないし3つのキャリアをもつマルチステージによって構成されるようになるだろう。その時には、仕事のステージは途中で中断され、新しい知識、新しい思考様式、新しい視点、新しい人的ネットワークを獲得して、組みなおされなくてはならない。若者=教育、中年=仕事、老人=引退といった「エイジ=ステージ」の図式は単純に当てはまらなくなり、選択の可能性が増し大勢のパイオニアが生まれる。
 大企業の周りには中小企業や新興企業があつまりエコシステムを形成することになる。高度な創造性を備えた集積地としてスマート・シティが発展し、その核には創造的人材を生み出す大学が存在する。テクノロジーの進歩が進行すると、高スキル労働者を目指して大学院への進学者が増加する。生涯を通じて新しいスキルと専門技能を獲得し続けることが一般的になるだろう。
 一方で、機械学習と人工知能の進歩によって、人間が身につけるべきスキルや知識は、簡単に模倣されるものや、機械によって代替されにくいものでなくてはならない。つまり、新しいアイディアと創造性、人間ならではのスキルと共感能力、思考の柔軟性と敏捷性などのあらゆる分野で通用する重要な汎用スキルがいっそう重要になる。学校教育に求められるのは、こうした種類の知識とスキルでなくてはならない。
 以上のように、本書は深く考えさせられる内容やはっとさせる指摘を含んでいる。そもそも、人生100年時代が来るのかどうかの点で根本的な疑問がないわけではないが、本当に100歳を超える人が同世代の半数に達する時代が確実に到来するかどうかはともかく、時間の経過にしたがって進行する長寿化自体は疑うことのできない事実であろう。そして、100年時代には、従来と異なる人生の送り方が、戦略的に構想・実践されるべきだとする主張は、一人ひとりへのアドヴァイスとして、まことに説得的である。
 さて、問題は大学である。100年人生の時代に関西大学は、そこから創造的人材を生み出しスマート・シティのコアとして機能する存在になっているだろうか。テクノロジーの進歩に応じて、生涯を通じて新しいスキルと専門技能を獲得しようと考える高スキル労働者の需要にこたえる大学院を用意できているだろうか。新しいアイディアと創造性、人間ならではのスキルと共感能力、思考の柔軟性と敏捷性などのあらゆる分野で通用する重要な汎用スキルを、高等教育を通じて学生に与えることができているだろうか。そして今、以上の変化に向けた準備が、関西大学に用意されているだろうか。
 さて、もう一つの問題は私たち日本社会である。これまでは、「教育のステージ」「仕事のステージ」「引退のステージ」の3ステージの人生を自明のことと考え、多くが終身雇用と年功序列の慣行に支えられる「仕事のステージ」に、ある種の安心を見出してきた国である。日々の仕事に向き合って、こつこつとたゆまず真面目に努力することに、他にまして価値を置いてきた国民にとっては、そもそも会社や仕事を簡単に変わることへの抵抗が強い。基本的にどうして転職したのかが気になる社会である。人事採用の場面では、会社も学生も新卒対象の一括採用を当然と考え、大学院修了者のスキルや知識への正当な評価がなかなか定着してこない。こうした状況下で、たとえば「社会人学び直し」の事業に本学は本格的に資源を投入していくことができるのだろうか。
 以上のように、「ライフ・シフト」の時代の関西大学を構想する作業は、楽しくもあり苦しくもある。明るい希望もあり不安も小さくない。ただ、どうしても今しておかないといけないことは、次の3点だろう。一つは、「ライフ・シフト」の時代の関西大学というこの問題を粘り強く考え続けること。二つに、この問題についてアンテナの受信力を上げながら、多くの人と継続的な意見交換をしていくこと。最後に本格的な100年時代の到来に備えて、最低限いくつかの「小さな種」を、今まいておくこと。
 私としては、一緒にこの問題を考えてくれる人からのご連絡を、お待ちしております。